駄々っ子


「いつもの事とは言え、全く・・・」
清四郎の声に振り返ると、悠理は唇を尖らせて反論した。
「なこと言ったって、こんなの嫌だよ〜。なーんで母ちゃんもこんな似あわないのばっか着せようとすんだかさー」
赤いドレスを引っ張って、また姿見に向き直ると、今度は頬を膨らませた。

パーティー会場になかなかやってこない悠理に、痺れを切らした百合子が清四郎を使いにだした。
……とは結果的な事であって、実際は清四郎自身が「では、僕が」と名乗り出たのだが。
悠理が出てこない理由には張り切っている百合子を見て検討がついていたし、その検討どおりならば、他の人間には行かせたくなかった。
部屋に来てみると、案の上、悠理は百合子に着せられたドレスが嫌だとごねている。

「ちゃんと似合ってますよ。というか、今までのあの奇抜なものよりは、ずっといいですよ」
「フンッ。お前にあたいのセンスがわかって堪るか」
奇抜、と言われた事に腹を立てたのか、元々悪い機嫌が更に悪くなったらしい。
くるぶしが隠れるかどうかという長さの裾を持ち上げると、その中に脚を入れるようにぺたんと座りこんだ。
「もう行かないぞ!あたいはその"奇抜"な恰好じゃないとヤなんだ」

「どうしてそこまで嫌がるんでしょうねぇ」
脚を抱えて頬を膨らませ、本当に子供のように拗ねてしまった悠理の背後にしゃがみ込むと、清四郎は溜息をついた。
鏡に映る悠理は、不貞腐れた顔をドレスと同じ色に染めている。
「だって、こんなのあたいじゃないみたいだろうが。こんな、女っぽい恰好……あたいじゃない……」
膝に顔を隠すと、悠理は呟くように言った。

悠理の意外な言葉に、清四郎は少々面食らった。
ただ、母親の趣味というのが嫌なのだと思っていた。
確かに女性の魅力を引き出す今着ているようなドレスは悠理の趣味ではないし、彼女が自ら選ぶなんてことはこの先もないと思う。
そう言う意味で、「悠理らしくない」と言えばそうだが、決して似合わないと言う意味ではない。
だが、悠理は「似合わない」から、このドレスが嫌なのだという。
白く、だが健康的な肌も、細い腰も、ふくよかとは言い難いがそれなりな胸も、清四郎には十分魅力的にその眼に映っていた。
だからこそ、そんな姿を他の人間に見られる前に、自分が迎えに来たのだ。

「確かに悠理らしくないですな」
清四郎は少し考えると、そう言った。
悠理の肩がビクリと揺れる。
更に顔を膝に埋めようと身動ぐと、「ほらみろ!」と叫んだ。
「やっぱりお前もそう思ってるんじゃないか!あたいのこと笑いモノにする気だったんだろ!」
顔を伏せたまま右腕を姿見に向かって大きく振りあげる。
姿見に映った、清四郎を殴ろうとしたのかもしれない。
「なにバカな事言ってんですか」
清四郎はその腕を掴むと、呆れたように息を吐いた。
「僕が言ってる"らしくない"っていうのは、こんなことぐらいでグチグチ言って拗ねてる今の悠理のことですよ」
力のなくなった腕を掴んだまま、そっと降ろす。
そのまま手を滑らせ、悠理の指先に触れると上から握った。
「悠理はどんな恰好してようと悠理だ。違いますか?なのに、女らしくないだ、なんだとグチグチ、グチグチ。いつものあの根拠もないのに溢れかえってる自信は一体何処に行ったんですかねぇ」

言われている内容は、冷静に考えれば首を捻るところだが、その声と握ってくれている指先が優しくて、悠理は少しだけ顔を上げた。
鏡に映る眼も優しい。
悠理が顔を上げた事に、にっこりと微笑んでいた。
「僕の言ってる意味、わかります?」
「……なんかムカつくけどな」
やっぱり唇を尖らせると、悠理は言った。

「ほら、じゃぁ行きましょう。おばさんも待ってますよ」
悠理の手を引き、立たせる。
それでもまだ、悠理は"やる気なし"な様子だ。
ドレスの裾を引っ張っては、肩を落としている。
「そんなに気になりますか?どう見られるのか」
「だって・・・」
相変わらず拗ねている悠理は、持っていた裾をパタンと落とした。

「…わかりました。じゃぁ、僕がおまじないをしてあげますよ」
清四郎はそう言うと、悠理の真後ろに立った。
「おまじない〜?」
あからさまに不審そうな顔をした悠理が鏡に映っている。
そんな悠理に小さく苦笑を漏らすと、「動かないでくださいよ」ともっともらしい顔を作って言った。
「う…うん」

次の瞬間、悠理は抱きすくめられ、うなじに少し濡れた柔らかい何かを感じた。


悠理が、鏡に映っていた事が、自分の身に起こった事だと漸く気付いた時には、清四郎はもうドアの処にまで離れていた。
「ほら、行きますよ」
何事もなかったかのように、手を差し出している。
「せ、せいしろ・・・」
「おまじない、効いたみたいですね」
呆然としている悠理に、クスリと笑っている。
一気に悠理の顔が真っ赤になった。
「お、おま、おまじないって・・・・」
「今のその顔。僕の事しか頭にないって顔してますよ。これでもう人目なんか気にならないでしょ?」



悪戯が成功した子供のように笑う清四郎に、恥ずかしさのあまり悠理が蹴りを入れるのは、この5秒後の話。

 

 

 

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