「Detour」 −miroku−



「なんだよ、あいつ。嘘つき。嘘つき。嘘つき!」
悠理は教室から鞄を引っつかむと、急いで階段を駆け降りた。
エントランスにかかる曲がり角で、ぴたりと足を止める。
そっと覗きこみ、二人の影がないのを確かめると、また走り出し、表に出た。

「嘘つき!」
アーチをくぐりぬけ、校舎を振り返る。
拳を握り締めると、「いーっだ!」と顔を思いっきり顰めた。
「―――お前、なにやってんの?」
その呆れたような声に振り返ると、今日約束していた魅録が立っていた。
「な、なんでお前がいるんだよ」
悠理が大きく眼を見開き驚いていると、魅録が呆れ顔のまま近付いた。
「迎えにきてやったんだよ。ほら行こうぜ」
魅録は手にしていたヘルメットを悠理に押し付けると、スタスタと歩き出した。
「バイクなのか?」
見渡す限りの場所にはない。
「向こうに止めてある。まさか、ここに乗りつけるわけにもいかねーだろ。一応免許持ってないんだしさ」
魅録はそう言って笑うと、悠理がついてくるのも確かめずまた背を向けて歩き出した。
「魅録!」
振り返った魅録に、悠理はヘルメットを投げ返した。
「こんなもんいらん。あたい、今日はむしゃくしゃしてんだ。そのまま乗せてくれよ」
「いいぜ」
悠理はニヤリと口端を上げた魅録に追いつくと、肩をいからせバイクまで向かった。

「ほら、これ着ろよ。その恰好じゃ寒いからな」
魅録は着ていた革ジャンを脱ぐと、バイクに跨った悠理に軽く投げてよこした。
悠理はそれを両手で抱えるように抱きとってはみたが、何故かすぐに着る事が出来なかった。
「何してんだよ、さっさと着ろよ」
「え?あぁ、うん」
悠理は大きく腕を回し、背中に当てた。だが、袖に通そうとした腕は先に進まなかった。
「どうした?」
悠理の体に先ほどの清四郎の制服の温もりが甦っていた。
硬くて重い制服。
だぶだぶで、暖かい清四郎の制服の感触。
(えぇい!だからなんだってんだ!あんな嘘つき)
悠理は苦虫を噛み潰したような顔になると、ばさっと片腕を通した。

「なぁ、なんだっていうんだよ?お前今日変だぞ」
「だから言ってるだろ。むしゃくしゃしてんだよ」
「なら、乗ればいいだろうが」
悠理は魅録のバイクの横を歩いていた。
というよりも、魅録が、バイクを押しながら悠理の隣を歩いていた。
「気が変わったんだよ」
悠理は学校をでた時よりも数段、機嫌が悪くなっていた。
魅録の上着を着る事が出来なかったのだ。
どうしても先ほどの清四郎の顔がちらつく。
嘘つき男の事が気になって、腹立たしいのに、魅録の上着を着る事を頭も体も拒否したのだ。
ただでさえ、ムカついていたのに、そんな訳のわからない自分にも腹が立つ。
明らかに魅録とバイクに乗れば楽しいことはわかっているのに、その気になれないのだ。
「お前、学校で何があったんだよ?」
「別に」
「別にって事ないだろ。学校から出てくる時から機嫌悪かったじゃねぇか」
「あ〜もう!うるさいな、放っとけよ」
「話してみろよ。なんかイラついてんだろ」
魅録は怒るわけでもなく、肩を竦めると仕方ないとばかりに小さく微笑んで見せた。

「―――それってさ、ヤキモチなんじゃねーの?」
「はぁ?」
「んな顔すんなよ」
顔を顰める悠理に、苦笑すると、魅録は視線を外した。
「お前その男の事好きなんだよ。だからその幼馴染って女が来た時、邪魔されたみたいでムカついたんだろ」
「ち、違うわい、あたいは元々その女の事嫌いなんだ。お高く止まっちゃってさ。あたいの事なんてゴミみたいに思ってるんだ」
「ゴミ・・・そこまで思わないだろ、いくらなんでも」
「あの女はそう言うやつなんだ!」
魅録は肩を竦めると、小さく笑った。
「その女の事は別としてもさ。男の事は素直になっとけば?」
「なんだよ、それ」
「嫌いじゃないんだろ、そいつの事」
「だから、別に好きとか嫌いとか・・・」
だが悠理は自分のその言葉に驚いた。
以前の自分なら即座に否定していただろう。
少なくとも、清四郎に対して、好意的に見た事はなかったのだ。どちらかというとマイナスの感情だったはずだ。
それなのに、その「マイナスの感情」があった事をなかった事にしたいと思っている自分がいる。
腹立たしかったのに、その全てを否定したくないのだ。
それだけ、楽しかった。
急に黙り込んだ悠理に、魅録はその頭を軽くあやすように叩いてやった。
「悪かった。無理に好きとか嫌いとか分ける必要はないよな。ただお前の話を聞いてなんとなくその男の事好きなんじゃねぇのかなぁって思ったからさ」
「魅録・・・」
「ま、とにかく嫌な事はさっさと忘れちまえ。そろそろ、乗るか?後ろ」
魅録はバイクに引っ掛けていたヘルメットを手に悠理を見た。
悠理は暫く考えると、申し訳なさそうに微笑んで首を振った。
「ううん。やっぱ今日はイイや。その辺でタクシーでも拾って帰る」
悠理の中から、怒りは消えていた。だが気持ちが晴れたわけでもない。
それでも、やはり後ろに乗る気にはなれなかった。
楽しかった時間まで忘れたくはなかった。
「わかった。―――なんかあったらいつでも言えよ。バイクもいつでも乗せてやるし」
「うん。ありがと」

じゃぁな、とお互い軽く手を上げると、魅録はバイクで走り去った。
悠理はその後姿が見えなくなるまでその場で見送ると、自分もタクシーを捕まえに歩き出した。

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