「せーしろ?」 厳かに進行する神前式の途中、隣に先ほどまで大人しく座っていた悠理が腕に触れ自分を見上げている。 「静かにしてください、悠理」 嗜めるように形だけ小さく睨む。 だが今にも泣きそうな顔になっている悠理に、瞳を和らげると、添えられている手をそっと上から握ってやった。 式は静かに進んでいく。 新郎の肩が緊張のためか幾分いつもより強張っているように見える事や、新婦のいつにも益してその新郎に寄せる眼差しに、感慨深いモノを感じる。 幼馴染として兄妹のように育ってきた彼女が、今日嫁いでいくのだ。自分の親友の元へ。 兄のような父親のような、そんな心境に我ながら苦笑する。 するとまた悠理が名を呼んだ。 「清四郎」 悠理は痺れを切らしたかのように、清四郎の腕をぎゅっと掴むと、新郎新婦が神主から祈りの詞を受けている真っ最中だと言うのに、式場の外へと連れ出そうとひっぱった。 清四郎も騒ぎ立てるわけにも行かず、理由はわからないが悠理の真剣な眼差しに抗えるものでもないと判断し、そっとその後についていくように席を立った。
「どういうことですか?」 腕を組み、上から睨みを聞かせる。 式場からは神主の声が静かに響き渡っていた。 「いいからちょっと頭下げろ」 先程まであんなに泣きそうな顔をしていたとは思えないほど、悠理は全くその視線にひるむことなく、むしろ気付いてさえいないかのように綺麗さっぱりと無視し、背伸びして清四郎の頭を抱きしめるように引き寄せた。 「ちょっ!悠理!何するんです、いきなり」 突然の事に慌てふためく清四郎を更に無視し、悠理は自らの顔を清四郎の頬に摺り寄せた。 「我慢することなんてないぞ。今はあたいしかいないんだ」 「は?」 清四郎は全く悠理の言動が理解できなかった。 「なんだっていうんですか。熱でも出たんですか?」 「うん、わかってる。そうだよな。お前にとっちゃやっぱ辛いよな」 悠理は一人頷くと清四郎の頭をポンポンと撫でた。 「ゆ、悠理?」 「いいから泣いちまえよ。誰にも言わないからさ」 悠理は漸く少しだけ体を解放すると、清四郎の目を覗きこんだ。 「悠理、一体何の話です?」 だが清四郎は眉間に皺をよせ、怪訝そうな顔で反対に悠理を見つめ返した。 「だって、お前さっきすごい寂しそうな顔してたろ・・・」 「僕がですか?」 確かに、色々感慨深いものはある。が、寂しいかと言われるとどうか・・・。 だが悠理の目にはそう映ったらしい。 すぐに表情の変わる悠理は、また泣きそうな顔になっていた。 (ホントに、コイツは・・・・・・) 言い様のない暖かな気持ちが込み上げる。 その表情が、新郎のためでもなく、新婦のためでもない。 自分のためなのだ。 「悠理・・・」 堪らず名を呼ぶと悠理がまた頭を引き寄せ抱きしめた。 「泣いていいぞ?」 悠理の頬に彼女の物ではない、暖かな雫が流れた。
「・・・・意地っ張り。最初っからそうやって素直になればいいんだよ」 「―――違いますよ」 清四郎は回された腕を外すと、今にも涙が零れんばかりの悠理を優しく見つめ返した。 「何が違うんだよ」 「全く・・・。悠理がそんな顔するからですよ」 「そんな顔って・・・」 「悠理が、僕の為にそんな顔してるのが嬉しかったんですよ」 その目の淵に触れると、今まで堪えていたであろう雫が一気に溢れだした。 「こ、これは、別にお前のために泣いてんじゃないぞ」 腕でぎゅっと乱暴に涙を拭って、睨み付けてくるように下から見上げている。 「じゃあどうして泣いてるんですか?」 「の、野梨子が綺麗で・・・で、幸せそうだったから・・・なんか、嬉しくて」 それも確かにあるのかもしれない。 だが、清四郎にはそればかりとも思えなかったし、思いたくはなかった。 「ほぉ〜」 「なんだよ!お前だって泣いたくせに!」 「だから、僕は違うって言ってるでしょ」 「意地っ張り。そ、そりゃ大きな声で言えることじゃないけどさ。でも・・・・!好き、だったんだろ?野梨子こと」 悠理はぎゅっと清四郎の腕を掴むと、俯いた。 「・・・・・・ホントに、バカですな」 清四郎はそんな悠理にくすりと小さく笑みを漏らした。 「なっ何がだよ。いいんだぞ、わかってるから」 「何がわかってるんですかねぇ、全く」 更に可笑しそうに口端を上げ、むっとして顔を上げた悠理の髪に触れた。 「大きな勘違いですよ。僕の涙の理由は悠理が思っているような事ではありません」 「そう言う事にしといてやるって。無理すんなよ、あたいとお前の仲だろ?」 なおも食い下がる悠理に、清四郎は困ったように、しかしどこか嬉しそうな表情になった。 「過去、耳にタコが出来るほど言ったと思いますが、僕は野梨子のことを女性として意識したことは一度もありません。野梨子は僕にとって妹でしかないんですからね」 「だからっ!・・・・・・いい加減お前も意地っ張りだな。そう言う事にしといてやるって言ってんだろ」 悠理は何故だか苦しげに、声を張り上げた。 あまりの声の大きさに、清四郎は思わずその口を手で塞いだ。 「しっ!静かにしろ。中に聞こえるでしょ」 「お前が素直じゃないからだろ!」 「あのねぇ、いい加減信じてくださいよ。僕にだって、好きな女性ぐらいいるんですよ」 悠理は清四郎の言葉に、一瞬呆気にとられたような顔をしていたがすぐに膨れっ面になった。 「そんな嘘つかなくていいよ。だからいい加減素直になれって」 まるきり信じていないらしい。 大体どうしてそこまで信じられないというのだろうか。 こんなにも素直に、気持ちを出しているというのに。 清四郎は一つ溜息をつくと、悠理を見据えた。 どうやら本当にはっきりと判りやすく言わなくては、目の前の鈍感な相手には気付いてはもらえないらしい。 「わかりました。いいんですね?素直になっても」 「最初っからそう言ってるだろ。ほら胸貸してやるからさ。思いっきり泣けよ」 悠理は泣き笑いの顔でドンと胸を叩くと、清四郎の頭を引き寄せようとした。 だが清四郎は伸びてきた腕を捕まえると、逆に引き寄せた。 「え――――」 悠理を腕の中にすっぽりと収めてしまう。 「お言葉に甘えて、素直に言わせてもらいますよ」 「な、何・・・」 「僕はお前が好きなんだ。愛してる、悠理」
「・・・・・・へ?」 ある程度、想像はしていたとはいえ、そのあまりの間の抜けた声に肩を落とし天井を仰いだ。 体を離しその顔を見つめる。 「僕が好きなのは悠理なんですよ。ずっと、お前だけが好きだったんだ」 悠理は真っ赤になったその大きな目を見開き、まじまじと見つめている。 (ま、流石に唐突すぎたかな) 悠理にとってはまさに青天の霹靂、だったようだ。 今まで野梨子のことを好きだったと思い込んでいたようなのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。 「あ、あたい・・・?」 「そう、悠理です」 清四郎は「愛の告白」をしていると言うのに、全く照れがない事を自分でも不思議に思っていた。 だが、ここまで間の抜けた顔をされては照れも何もないのかもしれない。 およそ「告白」しているという雰囲気ではないのだ。 清四郎は肩を竦めると、呆然としている悠理をもう一度抱きしめた。 「こんな風に鈍感だし、思い込みは激しいし変な勘違いもするけど、それは相手のことをちゃんと考えてるからだろ。そんな悠理が好きなんですよ・・・・・・って、悠理?」 抱きしめてからというもの、悠理はピクリとも動かない。 「聞いてます?悠理?」 清四郎はもう一度、体を少し離してみた。 「悠理・・?」 悠理は相変わらず呆然として固まってしまっている。 「悠理、しっかりしてくださいよ。―――おーい、キスしますよ」 例にそう言って顔を近付けた。 途端。 「う?・・・うわっ、こら!」 ガシっと両手で顔を挟まれた。どうやら全く聞いていなかったわけではないらしい。 「冗談ですよ」 目だけでなく顔も真っ赤になってしまった悠理に挟まれている手を外しながら、苦笑する。 「じょ、じょ、じょ、冗談って!」 「キス。して良いのならしますけど」 パニクッているであろう悠理ににっこり笑ってそう言ってやると、悠理は真っ赤な顔を更に赤くさせてブンブンと横に振った。
「―――で」 「え?」 「僕の気持ち。わかってくれたんですか?」 掴んでいる手に少しだけ力が篭る。 「せーしろ・・・」 悠理には、清四郎の目が先ほどよりも熱を帯びているように見えた。 冗談めかしてはいるが、その目は一心に自分を映している。 悠理の瞳からまた涙が溢れた。 「泣かないで下さいよ。返事はいりません、わかってくれるだけでいいんです。そもそも、こんな風に伝えるつもりなんてなかったんですからね」 清四郎は、掴んでいた手を離すとはにかんだように微笑み、零れ落ちる悠理の涙を人差し指の背でそっと掬ってやった。 「さ、戻りましょう。二人の門出ですからね、ちゃんと最後まで見守らないと」 気持ちを切り替えるようにそう言い、式場へ戻ろうと踵を返した。その時、 「え?」 清四郎の手に柔らかい感触が触れた。 「悠理?」 悠理が引き留めるように清四郎の手を掴んでいた。 「・・・じょ、冗談は、き、き、キスのことだけなん、だよな・・・」 ボソッと聞こえるか聞こえないかぐらいの声は、かろうじて清四郎の耳に届いた。 俯いてしまっていてその表情はわからないが、握られている手は先程の顔と同じように真っ赤になっている。 きっと、顔も耳も真っ赤なのだろう。 清四郎は溢れ出る笑みをそのままに、その手を握り返すと、悠理の耳元に顔を近付けた。 「悠理さえ良ければ、キスも本気なんですけどねぇ」 「ばっ、ばーたれぇっ!」
こっそりと式場に戻ったふたりの手は、式が終わっても離れることはなかった。
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