ケンカの後

今日もあの子はケンカしている。
隣の野梨子ちゃんが、嫌なものを見るような眼でそれを見ていた。
そりゃそうだよね、野梨子ちゃんもあんなケンカしたんだから。
僕だって、今でも悔しいんだ。
でもね、あの子そんな悪い子じゃないと思うんだ。
だって、今あの子がけんかしている相手はさっき他の子をいじめてたんだよ。
僕は止めに入ることできなかったけど、あの子はそれを止めたんだ。
まぁ、確かに楽しそうでもあるけどね。
あっ、叩かれた。
痛そうだな・・・。でも、泣いてない・・。あんなにほっぺた真っ赤になってるのに・・。
僕は思わずハンカチを濡らしに走った。
戻ってくると相手の男の子の方が泣いてた。
あぁ、やっぱり勝ったんだ。
でも、ほっぺたさっきより赤くなってるな。
「ハイ、これで冷やしなよ」
差し出したハンカチを不思議そうな顔して見ている。
「ほっぺた痛そうだよ」
後ろから野梨子ちゃんの呼ぶ声がしたけど、目の前の女の子の方が気になった。
「要らない」
もっと何かからかわれるようなことを言われるかと思ったけど、たった一言それだけ言うと、ふいっと背を向けて行ってしまった。
「清四郎ちゃん!あんな子の事なんて構うことありませんわ」
傍に来た野梨子ちゃんはそう言ってあの子の行った方を見て怒ってる。
でもね、野梨子ちゃん。僕なんだか、放っておけないんだ。
僕は追いかけてハンカチを出した。
「要らないって言ってるだろ。しつこいぞ、お前」
「だって、君痛そうだよ」
「あたいはお前みたいな弱虫じゃないんだ。だからこんなもんちっとも痛くなんかないんだ」
そっか、見てたんだ。僕がさっきの子がいじめられてるのを見てて何もできずにいたの。
だから、僕の事軽蔑してるんだ・・・。


**********

 

剣菱さんは本当にケンカが好きだなぁ・・。
もうこの小等部には彼女に勝てる男子なんていないんじゃないか?
昼休み、午後の授業の準備に職員室に呼ばれて向う僕の耳に彼女の元気な声が聞こえてきた。
野梨子は相変わらず彼女を毛嫌いしているけど、僕はそれほどでもない。
だって、あんなに楽しそうな顔をしているところを見ると、気付けばこっちまで楽しくなってしまうんだ。
それが、ケンカをしているときっていうのはちょっと問題ありだけどね。
彼女の後ろに怯えているような女の子がいるってことは、またただのケンカじゃないってことか。
彼女もちゃんとそうやって理由があることを言えば、いつも先生に怒られる事もないだろうに。
どうして言わないのかなぁ。いじめられてる子を助ける為だって。
言うわけないか、そんな事。言ったって怒られる事には変わりないしな。それにそういうトコが彼女のいいところなんですよね。
それにしても・・・、相手は三人か。
加勢にいってやりたいけど、そうすると怒るんだろうなぁ・・。
って心配する間にやっぱり勝ったみたいですね。
あぁ、口から血を出してるじゃないか。
相手のヤツは確か、隣のクラスのヤツでしたね。
女の子の顔に怪我させるなんて、二度とそんな事しようと思わせないように後で少し話でもしておくか。
それより、彼女の傷だ。
「剣菱さん、来るんだ」
突然僕に腕を掴まれた彼女は驚いたような顔をしている。
近くで見ると、切れたところが少し腫れていた。
「な、なんだよ」
彼女は腕を振り払おうとしたけど、僕だって伊達に和尚の所で武道を習っているわけじゃない。
あの頃とは違うんだ。
「消毒するから」
そう言って無理やり、彼女を保健室に連れていった。
「イイよ、こんぐらい」
「ダメだよ」
保健室の先生はいなかったけど、傷の手当てぐらいお手の物だ。
彼女を無理やり座らせ、血を拭う。
「痛い!」
「これぐらい、我慢できるだろ」
消毒液をつけたときさすがに染みたのか、顔を逸らした。
その頬に手を添えて、こちらを向かせる。
冷たい・・・。
彼女の肌は良く見ると血が通っていないかのように白く冷たい。
女の子ってみんなそうなのだろうか・・・。
不意に自分の手がひどく熱く感じた。
手だけではなく、身体中も。
「どうしたんだよ。終ったんならあたい帰るぞ」
動きの止まってしまった僕の手を払う。
「まだダメだよ。消毒の途中なんだから」
「もうイイよ、こんなのしょっちゅうだから」
彼女はそう言って、席を立った。
ドアを開けて出ていこうとするのを、成す術もなく見ていた。
「・・・・ありがとな・・」
少しだけ立ち止まった彼女は振り返る事もなく、そう言って走っていった。
僕はなんだかとっても嬉しかった。
今まで誰に言われたどんな言葉より、その一言が何故だか無性に嬉しかった。


**********

 



「悠理」
僕は彼女を名前で呼ぶようになっていた。
彼女も僕を名前で呼ぶ。
「なんだよ、清四郎」
南中の奴らとの決闘の後から野梨子や可憐、美童と五人でつるむようになって、彼女のコトが色々わかった。
底無しの胃袋だとか、ロックが好きだとか、やっぱりケンカが好きだとか。
だけど、それ以上に知ったのは表情の豊かさだ。
見れば見るほど色んな表情をする。
それは見ていて飽きないほどに。
「そうだ」
「なんですか?」
「こないだ魅録がお前に会いたいって言ってたぞ」
「魅録が、ですか」
校内では五人だが、外へ出れば魅録という元々悠理の友達だったという男も一緒になる。
僕が唯一ライバルと認める男。
僕の知らない、外での悠理を知っている男。
悠理は魅録のことが好きなんだろうか。
趣味も同じようだし、よく二人で出かけてもいるらしい。
「あぁ、高校はここにするって決めたんだってさ。だから、一応試験勉強しなきゃいけないからって」
「で?」
だから、僕になんだって言うんだ?
「あたい言ったんだ。清四郎に教えてもらえってな。清四郎は頭がイイからって」
あぁ、そう言う事ですか。なんですか、そんな顔を赤くなんかしちゃって。ハイハイ。じゃぁまぁ適当にやりますか。
「わかりました。僕にできることがあればやらせてもらいますよ」
「そっか、良かった」
おーおー、嬉しそうですな。
「アイツ、お前のこと結構好きみたいだから、喜ぶよ、きっと」
彼が好きなのは僕じゃなくて悠理なんじゃないんですか?
「そう言えばさっきお前なにか言いかけなかったか?」
ちゃんと覚えてましたか。彼のことで頭がいっぱいだと思ってましたよ。
「いや、たいしたことじゃありませんよ」
「なんだよ、気になるじゃないか」
そんなに詰め寄ってこなくてもイイでしょうが。
「言えよぉ〜」
全く。こういうトコは子供みたいだな。
「なに笑ってんだよ」
「なんでもありませんよ。そう、で、さっき言いかけたことなんですけど」
「うん、うん」
なんで、そんなに楽しそうなんだ。これでテストの話しでもしたら一発で嫌われそうだな。
「親父の患者さんが、この間レストランをオープンさせたそうなんですよ。で、その御披露目のパーティーがあるんですけど良かったら悠理、一緒に行かないかなと思いましてね」
一瞬悠理の頬に赤味が差した気がした。
だが、すぐに俯いてしまってわからない。
「野梨子は?そういうのっていつも野梨子と行くんじゃないのか?」
野梨子?どうしてここでその名前が出てくるんだ?
「そんな事ありませんよ。第一僕自身あまりそういうのに出席しませんからね」
「じゃなんで今回は行くんだよ」
「悠理、好きでしょ?レストランのオープンパーティーなんて」
嬉そうに頷く彼女を見て、僕も嬉しくなった。



「なぁ・・・」
僕が荷造りをしていると部屋の入り口に、いつのまにか悠理が立っていた。
「あぁ。どうしたんですか?」
和尚に喝を入れられ、自分の身勝手さと高慢さを気付かされた僕は出来れば今は悠理に会いたくなかった。
悠理を愛しているのは確かだ。だけど目の前のことに精一杯で彼女を傷付け苦しめてしまった。
愛していると気付いたのがもっと前ならば、こんなことにならずに済んだのかもしれない。結婚話を持ち出されたときは気付かなかった想い。
だが、よくよく考えてみれば初めて会ったときから悠理がずっと気になっていた。
結婚という現実の前にそのことがだんだん自分の中ではっきりと形となっていって、気付けば彼女を自分の想い通りに束縛しようとしていた。
「ごめんな・・・」
相変わらずドアの所から入ってこようとしない。
ドアに両手を添えて俯いている。
「どうして、悠理が謝るんですか・・・」
そうだ謝ることなんて何一つないはずだろ?
「だって・・お前にヤな思いさせた・・・」
「嫌な思いをしたのは悠理の方でしょ。だから、和尚に頼んだ。違いますか?」
僕は荷造りの手を止めなかった。
敢えて、キツイ言い方をした。
そうしないと、自分を保つことができそうになかったから。
「ごめん・・」
「だから、悠理はなにも謝る必要なんて・・・」
顔をあげて初めて気付いた。悠理が泣いていたことに。
止めてくれ。抱きしめたくなってしまう。
そんな顔しないでくれ。
「どうして、悠理が泣くんですか」
「だって、あたいのこと嫌いになっただろ」
何を言ってるんだ、嫌っているのは悠理の方だろ。
「あたい、ヤだったんだ。お前が、剣菱の名前が目的であたいとの結婚決めたの。だから、決闘までして・・・。でも、やっぱりお前には勝てなくて・・・」
「悠理、もうイイですよ。もう止めましょう、この話は。僕は明日出ていく。そして、また今まで通りの生活が始まるんです」
そう、都合の良い言い方かもしれない。だけど、元の生活に戻ることが出きるなら、悠理が許してくれるのなら、これからもずっと、仲間としてで良い。一緒にいさせて欲しい。
「・・・だから、あたい諦めたんだ。剣菱の名前が目的でも良い。それでもお前は変わらずにいてくれるだろうからって。あたい結構頑張っただろ?お茶も、英会話も、テーブルマナーも。お前が言うレディ教育、頑張ったんだ」
「悠理」
「だけど、見てられなかったんだ。だんだん顔色が悪くなってイライラしてて、そんなお前見てられなかった。あたいも頑張ったけど、何一つ上手にできないし・・。できないあたいを見て、お前またイライラするし・・。あたい、元のお前に戻って欲しかった。お前に目を覚まして欲しかったんだ。とーちゃんたちのワガママで剣菱に縛りつけたくなかったんだ」
僕は気付いたら悠理を抱きしめていた。
「悠理、違うんだ。悠理やおじさんたちはなにも悪くない。悠理を苦しめたのは僕自身だ。僕は剣菱で自分の力を試したかった。自分が何処までできるのかやってみたかった。そのために悠理を利用して、苦しめて、傷付けた―――愛してるんだ、お前を」
全く正反対の言葉だ。
自分でも言ってから辻褄の合わない言葉だと思った。
なんの脈略もないとはこのことだろう。冷静な自分が、今の自分を嘲笑った気がした。
だが、それでも今言葉にしたかった。
もう、止められなかった。
「――――そんなに、剣菱の名前が欲しいのか?」
悠理が僕の胸から両腕を突いて離れる。
今までに見た事もないぐらい哀しげな顔をしていた。
「違う・・・」
首を振るしかできない。
「あたいのことそんな風に言っても構わないぐらい、剣菱の名前って魅力的なのか?」
「違う!そうじゃない!!」
「なら、なんだって言うんだよ!!うち出ていくことになったら急に愛してるだぁ?ふざけんな!!」
泣かないでくれ。その涙を拭う資格は僕にないんだ。だけど、僕以外の誰にもその涙に触れさせたくない。
咄嗟に悠理の腕を掴んで抱きなおした。
「悠理、覚えてるか?幼稚舎のころ悠理がケンカでほっぺたを腫らして、僕がハンカチを差し出したの。あの時、悠理は僕のこと弱虫って言ったんだ。僕はそれがすごくショックだった。悠理にそんな眼で見られたことが」
「なに言ってんだよ」
「小等部の頃も悠理、よくケンカしてましたよね。僕が保健室に連れていったのは覚えてます?あの時、悠理がありがとなって言ってくれたでしょ?あれ、スゴイ嬉しかったんですよ。だって、あのときが初めてだったでしょ、悠理が僕のこと否定しなかったの」
「なに言ってんだよ。もうイイよ。剣菱のことはとーちゃんにあたいから言ってやる。結婚なんてしなくてもお前が継げるように。だから、もうこれ以上・・・・・・止めてくれよ」
悠理は絞り出すような声でそう言った。
「僕はずっと、お前が好きだったんだ。ずっとお前を見つめてきた。中等部の頃にお前が僕に魅録のために勉強を教えてやってくれって頼んだことがありましたよね。あの時、僕がどんな気持ちだったかわかりますか?魅録を妬みましたよ」
「いい加減にしろよ!!なにが、あたいをずっと好きだっただ。何があたいを見つめてきただよ!!あたいの気持ちなんかこれっぽっちもわかってないクセに!あたいが今まで・・どんだけお前のこと見てたかも気づかなかったくせに・・・」
まさか・・・。
「あたいはずっとお前が好きだった。だから、今回の事、すっげーショックだった。お前があたいじゃなく、剣菱を選んだ事が。これがどんなにあたいにとって残酷だったかお前にわかるか?・・・だけど、もう良いんだ。お前がそんなに剣菱が欲しいのなら、もうそれでイイ・・・これ以上あたいを惨めにさせないでくれよ・・・」
身体から力が抜けていく。
悠理の言葉が、頭の中に染み込んでいくのがわかるのに、なにも考えられない。
僕から解放された悠理が哀しげに笑うのが見えた。
――違う。
だけど声が出ない。
悠理はゆっくり振りかえり、部屋を後にした。
ドアが目の前でバタンと音をたてて閉まる。
その音に、身体がびくりと揺れた。
もう、傍にいる事すら許されない?あの笑顔を見る事すら叶わなくなってしまったのか・・・?
――嫌だ。
僕は、頭がすっと冴えていくのを感じた。
これから何をすべきか。
欲しいのは一つだけ。
悠理の心。それだけだ。
僕は、部屋を飛び出した。


「悠理、入りますよ」
悠理の自室のドアをノックして、中に入る。
返事なんて、してもらえるはずもないから。
「まだ、なにか用か?」
ベッドに突っ伏したままの悠理の声は、ともすれば聞き取りにくい。
だが、僕はわかる。彼女の言葉は全て。
「今、おじさんとおばさんと話をしてきました。悠理と結婚したいと」
悠理はなにも言わない。
ただシーツを握る手に力が入ったのはわかった。
「随分、驚かれてましたよ。お二人共」
「だろうな」
「後、和尚にも電話しました。叱られましたよ。まだ懲りないのかってね」
僕は悠理に一歩一歩近づいた。
シーツが手から波を作っていたから。
その波が大きくなっていったから。
「僕は何度でも、和尚と決闘しますよ。何度倒されても、向っていきます」
「だから、もうイイよ。そんな事しなくても、剣菱はお前のモンだから」
「剣菱はいりません。悠理をください」
僕は悠理の肩を掴み無理やり起き上がらせた。
眼は真っ赤になっている。
「悠理が欲しいんだ」
目線を合わせ、唇を合わせた。
「―――どうやったら手に入りますか」
「あたいと、剣菱は一緒なんだ。どうやったって切り離せない。だから、剣菱がお前のものなら、あたいもお前のものなんだ。好きにすればイイ」
「僕が欲しいのはお前の心だけだ。僕を想ってくれる心が欲しい」
「あたいはお前が欲しかった。お前の心が欲しかった」
「僕は、お前のものだ」


今悠理は、何を思っているのだろう。
僕は悠理の首筋に唇を這わせながらそんな事を考えていた。
悠理の細い腕が僕の頭を抱える。
初めての事に緊張しているのが手に取るようにわかる。
その腕がかすかに震えていたから。
悠理の眼は時として獣のようになる。
嘘の通用しない眼。本能で、真実を見極める。
突然その眼に射すくめられ、気付けば悠理から口付けられていた。
それは、答えだと思っていいのか?信じてくれたと思ってもイイのか?
白い、まだ誰も触れた事のない肌に、手と唇を這わせる。
貪るように、慈しむように悠理の全てを感じる。
失いかけたこの存在は、僕の全てになった。
そしてその全てはどんどん増えていく。
「せぇしろ・・・ん・・・・はぁ・・・・」
「悠理、もっと声が聞きたい・・・」
胸の頂きを舌で転がし、声を促す。
「ああぁ・・・・」
堅く閉じた膝の間に手を滑りこませ、ゆっくりと撫で上げる。
「いや・・・」
身体を起こそうとした悠理に口付け、抵抗がなくなるまで舌を絡めた。
すでに濡れているその場所は僕の指でまるで泉のようになっている。
その液体の力を借りて、悠理の中へそっと指を入れた。
「やぁっぁ・・・・」
異物の進入にきつく締め上げるそこは、ただ熱い。
側壁に沿って指を進めていくうちに、悠理の奥から更に液体が溢れた。
ねっとりとしたその液体は指に絡みつき、悠理自身を刺激している。
肌に唇をつける度に、その身体は小さく波打つ。
僕も悠理も限界が近づいていた。
悠理の膝を折り曲げ、僕自身を近づける。
まるで先ほどまでの悠理のように、そこは頑なに僕を拒否した。
それでも、もう止めることなどできない。
少しずつ中に押しはいった。
声にならない叫びをあげる悠理を抱きしめる。
手は僕の背中に回され、爪を立てている。
僕の全てを呑み込み苦痛に顔を歪める悠理に口付ける。
「悠理、大丈夫か?」
「う・・・うん・・」
「もう少しだけ、我慢してくれ・・・」
ゆっくり腰を引くと、しがみついてくる腕に力が入った。
「悠理、力を抜いてください・・少しは楽になるはずだから」
「だ・・め・・・」
僕は悠理の耳に口を近づけた。
舌を這わせ、耳朶を甘噛みする。
「いやっ・・・ん・・・んはぁっ・・・・」
身体から力が僅かに抜けた。
「動くぞ」
僕は少しずつ動きを再開させた。
悠理は未だ苦痛に耐える表情だったが、耳への刺激で切なげに息を漏らしている。
その吐息が更に僕を煽っていった。


「・・・なに考えてる?」
僕の胸を枕に眠っていたはずの悠理が、気付けば不審そうな顔で見上げていた。
「思い出してたんですよ、今までの事」
「今までの?」
ますます不審そうな顔の悠理に、ずり落ちていたシーツを肩まで引き上げてやる。
「長かったな、と思って」
「何がだよ」
「悠理への片想い」
僕は身体を滑らせて、悠理と目線を合わせた。
急に枕がなくなり、頭を浮かせる悠理を腕に寝かせる。
「どうして、信じてくれたんですか?」
数時間前まで僕の気持ちを、頑なに信じようとしなかった悠理。
口付けても抱きしめても、応える事も拒む事すらもしてくれなかった。
それが、突然僕を抱きしめて、悠理から口付けてきたのだ。
「・・・お前の眼がガキん頃のと同じだったから・・・・・」
どういうことだ・・・?
悠理の指が眼の淵をなぞる。
冷たい指先が、何故か温かく感じる。
「あたい、ガキの頃からずっとお前を見てた。だから、お前が楽しい時の眼も、必死な時の眼も、何かを望んでる時の眼も、怒ってる時の眼も、真剣な時の眼も、いっぱい色々知ってる。でも、最近のお前はそのどれでもなくて、何を見てるのかも何を感じてるのかもわかんないような眼で、ホントに清四郎なのかってぐらいで・・」
悠理の眼から、雫が流れ落ちた。
僕はどれほど悠理を傷付けたのだろうか。自分だけが、悠理への想いに苦しんでいたと思ってなかったか?
「でも、お前があたいのモンだって言ってくれた時の眼は、ちゃんとあたいを見てくれてた気がしたんだ。剣菱の名前を背負ったあたいじゃなく、そんなの関係なかったガキの頃みたいにただのあたいを、あたいだけを見てくれた気がした・・」
悠理の頭を引き寄せ、その雫を掬い取った。

「愛してる」
それは僕の声だったのか、悠理の声だったのか。
唇を塞いでしまった今ではわからない。
だけど、これからはいつでも言える。
いつでも聞ける。
それが、堪らなく嬉しいんだ。

 

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