有閑倶楽部のお楽しみ、ミセスエール宅でのお茶会に、今日も6人揃って向う途中の公園の傍での事だった。
「猫だ」 悠理が突然立ち止まり、辺りを見まわした。 「猫なんてどこにいるのよ」 そんな悠理に隣を歩いていた可憐が呆れた様に返した。 「だって今鳴き声が・・・あっ、ほら、また」 僅かではあったが、今度は他の5人にもその声は届いた。 「どこですかね」 だが辺りを見渡してもその主は見つからない。 6人は暫し立ち止まりその声の主を探した。
「あっ!いたぞ!あそこだ!!」 やはり見つけたのは悠理だった。 その場所は皆が見て回っていた公園のベンチの下でも、植え込みの影でもなかった。 「あれ、降りられなくなってんじゃねーのか」 悠理同様、動物好きの魅録が眉間に皺を寄せ呟いた。 まだ小さなその猫は細い細い木の上で丸くなって必死に枝にしがみついている。 この中で一番長身の美童ですら手を伸ばしても届かないその枝。 運動神経がずば抜けている3人がジャンプしてみるのだが、それでもその葉にすら届く事はなかった。 「でも、どうしてあんな高いところに・・」 「まだ子猫みたいだしね。きっと勢いで上がって降りれなくなっちゃったんだよ」 「まるで誰かさんみたいですな」 美童の言葉に、清四郎はちらりと隣にいた悠理に目をやった。 だがいつもなら拳を振り上げて反論する悠理が、そんな言葉にすら気づいていないかのようにじっと上だけを見つめている。 清四郎はそんな悠理に瞳を和らげた。
「・・・何か、乗れる物があればいいんですけどね・・」 顎に手を当て、考える。 辺りを見まわしても、上に乗る事ができるものといえば、ベンチぐらいしかない。 だが生憎そのベンチは皆、地にしっかと備え付けられていた。 それでも、何か手はないものか、そう考えていた時だった。 「ん?」 制服が引っ張られる。 悠理が黙って見つめていた。 「なんですか?」 「肩車して」 「は?」 これには他のメンバーも驚いた様子だった。 「肩車なら届きそうだろ」 そう言いながらすでに清四郎の肩を掴んでしゃがませようとしている。 「まぁそりゃ届くでしょうけど・・」 「この中じゃお前にしてもらうのが一番妥当だからな」 皆の当惑をどのように取ったのか、悠理は少しだけ頬を赤らめてそう言った。 「一番背が高いのは美童だけど、あの髪が邪魔だし、あたいを肩車なんてのも無理だろ」 美童は多少プライドを傷つけられたようだったが、腰の方が心配だったらしい。顔を引き攣らせながら頷いた。 「んで、魅録は・・・・・・、あの髪、痛そうだし」 「なんだよ、それ」 不貞腐れる魅録に可憐と野梨子が笑った。 「で、僕って訳ですか」 「そうそう。ほら早くしゃがめ」 清四郎は苦笑しながらも膝を落とした。
さすが、というのだろうか。 清四郎は悠理を肩車してもふらつくことなく、すっと立ちあがった。 初め不安げだった悠理も思いの外安定しているからなのか、早速両腕を伸ばした。 「大丈夫ですか」 悠理の細い脚を掴み、少し顔をあげる。 「うん、なんとか・・」 悠理がそーっと手を近づけると、子猫のほうは怯えた様に身体をずらした。 「あっ、!バカ動くな!!」 清四郎は更にその枝に近づき悠理が楽な位置に立った。 「つっ!」 「悠理!!」 可憐が小さく叫び声をあげる。 「どうしたんですか」 猫の真下に立った清四郎には見えなかったのだが、どうやら引っかかれたらしい。 「大丈夫だよ、これぐらい」 悠理は傷付いた手を振ると、すばやく猫に伸ばした。 「捕まえたぞ!」 なんとか前足だけを掴んだ悠理は、片手を清四郎の頭に置き、身体を伸び上がらせ た。
「やったな!」 魅録が傍に立ち、猫を受け取る。 「ふ〜・・」 猫を手渡した悠理は清四郎の頭にそのまま体を預けた。 だが肩の上でいきなり脱力された清四郎の方は堪ったものじゃない。 頭には初めて感じる柔らかい感触もある。 更にいえば、首や肩に感じる妙な暖かさと、今まで意識した事も無かった悠理の脚の細さに、肩車をしたときから人知れず動揺していたのだ。 「重い、悠理!さっさと降りてくださいよ」 清四郎は動揺を悟られないうちにそっと膝を落とした。 悠理が勢い良く、降りる。 「サンキューな、清四郎」 にっこり笑う悠理から、眼が離せなかった。 (悠理もやっぱり女なんですよね・・・) 清四郎は不意に感じた悠理の今まで気づかなかった事に気付き、胸の奥がふわっと温かくなるのを感じた。
子猫とじゃれる悠理の手の甲に気づき、清四郎は自分でも驚くほど慌ててその手を掴んだ。 「悠理、これ・・・」 「あぁ、さっきこいつにやられたんだ」 当の悠理はケラケラ笑ってその傷を見た。 「ミセスエールのところで手当てをしましょう。一応消毒はしておかないと」 「大丈夫だよ、これぐらい」 「ちゃんとしといた方がいいわよ〜」 「そうですわ。それに早く行かないとミセスエールもお待ちかねですわよ」 放っておくといつまでも子猫とじゃれていそうな悠理を可憐と野梨子が焦らせた。 「あーそうだ!ケーキ!!でもコイツどうしよう・・」 不安げな眼で清四郎を見上げる。 (そんな眼をしないでくださいよ・・・) 実は本人も気づいていないのだがこの眼に見つめられて、断れた例などないのである。 「仕方ないですな。ミセスエールの所に連れて行きましょう。事情を話せばわかってくれますよ。お茶を飲んだ後、連れて帰ればいいでしょ」 「やったー!!」 喜び、スキップをしてミセスエール宅に向う悠理の後姿を苦笑しながら見送る。 「どうせ、僕が事情を説明するんですよね」 清四郎はそれでもどこか楽しそうに呟くと、その後姿を追いかけた。
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