コパンダ

 

 

「なんで、雨降ってんだよー!」
「日頃の行いじゃないんですか?」
「じゃあお前の所為だー!」

一週間ぶりの逢瀬は動物園に行く予定だった。
だと言うのに、朝から夕立張りの大雨で、動物園はキャンセル。
悠理は剣菱邸の清四郎の部屋で、窓の張り付き恨めしそうに外を睨み付けていた。

「なんで僕の所為なんですか」
「お前があたいの事いっつもいじめるからに決まってんだろ」
「失礼な。せっかくいいモノを見せてあげようと思ったのに」
悠理の後ろのソファでは清四郎がノートパソコンを広げ、先ほどから何やらカチャカチャとキーを叩いている。
「・・・何、見してくれんの・・・・」
清四郎のもう見せてやらない、的な言い方に、悠理は少し心動かされた様子で窓から離れた。
「いいですよ、別に。僕だけ楽しみますから」

ふたりきりだとどうも子供っぽい清四郎は、すぐに拗ねる。
完全に不貞腐れてしまってるその言い方に、悠理はぴたりと隣に引っ付いてパソコンを覗き見た。
こちらから折れて甘えれば途端に機嫌が直る事を学習済みなのだ。
「何ー、なんだよお。これ何が映ってんだ?」
清四郎が見ていた画面。
中央に白黒の映像が映し出されいて、なにやら時間もカウントされている。
しかも文章と思しきモノは全て英語。
悠理にはさっぱり何が書いてあるか、理解不能だった。

「わかりませんか?」
その問いに、眼を凝らして覗きこむ。
暫し考えていた悠理は、突然「うわっ」と声を上げ清四郎から離れた。
怒ったような顔で清四郎を睨みつけている。
「お前、これなんかやらしいトコなんだろ。このスケベ、変態!」
「誰が、変態なんですか、誰が」
清四郎は逆に睨み付けると、悠理を手招きした。
「ほら、よく見てみろ」
疑りつつ、またぴたりと清四郎にくっついて、悠理が見たその画面には。
「・・・・ん〜・・・・・・え、今の・・・これ、もしかして・・・」
「そうですよ」
「うわ〜!すげー可愛いー!」

悠理が途端に笑顔になったその映像は、赤ちゃんパンダの映像だった。
「サンディエゴの動物園がこうしてライブ映像をネットで流している事を思い出してね」
既にそんな説明など聴いていない悠理は、パソコンに釘付けである。
画像は不鮮明で慣れなければ何が映っているかわからないが、運が良かったのか子パンダが親パンダに抱っこされて甘えている映像がばっちりと映っていた。
「可愛い〜」
悠理はもうメロメロになっている。
そんな喜ぶ顔が見たかった清四郎も御満悦だった。
・・・・・ただし。ほんの、三十分ぐらいの間だけだったが。

「悠理。あんまり見てると目が疲れますよ」
映像の中の親子パンダは先ほどからほとんど動いていない。
元からそう活発に活動する動物ではないのだから当然といえば当然なのだが。
しかし活発であるはずの悠理もこの三十分間ずっと画面を見続けっぱなしなのだ。
身動きすると言えば、少しでも子パンダが動いた時。
「うわ可愛い。めちゃ可愛い!」
と清四郎の腕をぎゅっと掴む。
そんな悠理も可愛いといえば可愛いのだが、顔はパンダにしか向いてないのだ。
これでは清四郎はただのぬいぐるみがクッションと替わらない。
「悠理、そろそろ別の事を・・・」
そう言ってしがみつかれている腕を離し、そのまま肩を抱き寄せるのだが、一向に悠理は清四郎の顔を見る事もなく、眼を輝かせパンダに見入っていた。
「見せるんじゃなかった・・・」
「ん?なんか言ったか?」
「いいえ」


「ねぇ、悠理?雨止みましたよ。そろそろ出かけましょう」
「いい、ここでこれ見てる」
清四郎の言う通り、当に雨は止み窓の外には青空が広がっている。
けれど、まだ悠理は飽きもせず、ずっとパンダに眼を輝かせていた。
「いつまで見てるんですか?そうだ、お腹空いたでしょう。何か食べに行きましょう」
「ううん。いい。あ、でも腹は減った。なんか持ってきてもらって」
相変わらず画面からニヤけた顔を離そうともしないで、清四郎の体を電話へと押しやろうとする。
流石に清四郎も、一時間もずっとこの調子で放ったらかされた上にこの扱いには我慢の緒が限界になった。
「・・・いい加減にしてくださいよ」
「あ〜もう、うるさいなぁ。見てみろよ、めちゃ可愛いじゃん」
「見飽きました。悠理ももう十分でしょ」
清四郎はバタンと、ノートパソコンを閉じてしまった。
「あっ、何すんだよ、清四郎のバカヤロー」
悠理は清四郎の手を押しのけ、ノートパソコンを開き、しかも自分の方へと引き寄せた。
しかしその時見た清四郎の表情が明らかに機嫌の悪いものだと気付いた悠理は、ヤバいとばかりに顔を引き攣らせた。
「せ、せーしろ?」
「なんですか」
「そんな怒んなよ。な、なぁ、そんなことよりさ、あたいもこれやって欲しいな〜?」
清四郎の機嫌を取り戻すため悠理が言い出したのは、自分も子パンダのように座りたい、という事だった。
語尾に疑問符を付けてはいたが、清四郎の返事も聞かずさっさとその膝の間に入り込んでいる。
自らその逞しい腕を体の前に回すと満足げに抱きしめた。
「へへ。ほら一緒〜」
「パンダの親子と一緒にしないで下さいよ」
清四郎は、眉間に皺を寄せ「馬鹿かこいつは」と思わずにはいられなかったが、悔しいかなそんな悠理にベタ惚れなので突き放す事が出来ない。
それどころか、悠理から懐に入ってきたのを、これ幸いと、清四郎の思惑は別の方向へと着実に向かいはじめた。

細い体に回していた腕に力を込める。
白い首筋に顔を埋め、唇を這わす。
「やめろよ、清四郎。くすぐったいよお」
思ったほど抵抗しない悠理に、ちらりとパソコンに目をやってみると、丁度親パンダが子パンダに同じような事をしている最中だった。
無論彼等は親子のスキンシップだが。
悠理がそれと勘違いしていると知った清四郎は腕を緩め、悠理の体を自分の膝の上に横抱きにした。
「な、何っ」
突然体が動き、悠理も流石に驚いた様子だ。
清四郎は構わず口付けると、手を脇から腰に這わせていった。
「・・・ん・・・っんん・・・・」
口付けと口付けの合間から悠理の息が漏れる。
清四郎の手の上に自分の手を重ね、止めようとしているのかいないのか。
その大きな手が胸に到達する頃には悠理の腕は首に回っていた。
「これからは僕だけを見てもらいますからね」
漸く唇を離した清四郎はそう囁くと、耳を甘噛みし、首筋へとキスを移していった。
「ヤ、せーしろお。パンダ、見せろよお」
悠理は喉を仰け反らせながらも清四郎から体を離していく。
「駄目だ」
清四郎も負けじとその体を引き寄せ、更に唇を奪う。
こうなれば悠理がどれだけ抗ったところで清四郎のペースから逃れる事は出来ない。
「パンダー」
悠理の叫びは清四郎の愛撫に飲み込まれていった。

その日の晩、清四郎の部屋に実物大のパンダのぬいぐるみを押し込もうとするふたりの姿があった。
無論、悠理の機嫌を直す代償であった事は言うまでもない。
 

 

 作品一覧

素材:熊猫王国