モウヒトリノ

 

 「明日こそは、ちゃんと試験勉強してもらいますからね。・・聞いてるんですか悠理」
清四郎は来週からはじまる試験の為、剣菱家にこの一週間毎日通っていた。
だが、当の悠理にやる気などもちろんあるはずがない。
逆に甘えられて、こうしてふたりでベッドの中にいるのだから、
清四郎とて本当に試験勉強を見る気があるのかどうか・・・。

悠理は聞いているのかいないのか、枕代わりに廻された清四郎の腕を掴むと、
その大きな手をまじまじと見つめた。
親指と小指をめいいっぱい広げて、満足げに呟く。
「うん、やっぱ清四郎の仕事だな」
「痛いですよ。なんなんですか、一体。何が僕の仕事なんですか?」

清四郎の言葉を無視して嬉しそうに話しかける。
「なぁ、なぁ、せいしろ?」
「なんですか?」
「あたいのこと、好きか?」
「どうしたんですか、急に」

面食らっている清四郎に、顔を近づける。
「なぁ、どうなんだよ」
「そんな事わざわざ訊かなくても知ってるでしょ」
「でも、聞きたいんだよぉ」

答えをねだる悠理の耳元に口を近づける。
「好きですよ。愛してます」
柄にもなく照れて、そのまま悠理を腕の中に抱え込む。

「じゃぁさ、こうやってぎゅってしてくれるのはあたいだけか?」
「そうですよ。悠理以外の人を抱きしめる事はありません」
「コレから先ずっと?」
「あぁ、ずっと」

「じゃぁさ・・」
「まだあるんですか」
「もしあたいが『お前と同じぐらい好きだって思うやつが出来た』って言ったらどうする?」
その質問に思わず身体を離して悠理の顔を見る。

「どういう事ですか・・・」
「そんな怖い顔すんなよ」
顔つきだけではない、今まで優しかった声が急に鋭くなった。
「例えば、の話だろ。そう、そんでそいつはお前にとってもきっと大事なヤツなんだ」
「例え相手が誰であろうと、悠理が僕以外の人間をそんな風に思うことは許さない」
悠理の身体を仰向けにし、顔の横に両手をついてまっすぐにその瞳を見つめる。

「でも、あたいはお前にもそいつを抱きしめて欲しいんだけど」
清四郎の刺すような視線にも怯むことなく、むしろどこか嬉しそうな悠理の表情。
「例えば、の話じゃなかったんですか」
ますます険しくなる清四郎に、さらに悠理は続けた。
「なぁ、抱きしめてくれる?そいつのことも」
「何を・・言ってるんだ・・・」
「あたいのこと愛してくれてるんだろ」

清四郎は乱暴に悠理に口付けた。
「っんっ!んっ〜!!!」
突然のことに暴れる悠理。
清四郎は悠理の腕を掴むとその頭上で束ね拘束した。

「痛っ」
清四郎は顔を離し、顔を上気させて荒く息をつく悠理に顔をしかめる。
突然の荒々しいキスに、悠理が清四郎の唇をキツク噛んだのだ。
「ご、ごめん・・」
血が滲む唇に、初めて悠理の顔が歪んだ。
清四郎は構わず、また唇を近づける。
「そんなヤツのこと二度と思い出さない様にしてあげますよ」

「わかった!!ごめん!あたいが悪かったです!正直に言うから待て!」
唇が触れる寸前、悠理が唾を飛ばして叫んだ。
清四郎の動きが止まる。
「何を・・・」

「と、とにかく腕離してくれよ」
「嫌だ」
「ちゃんと座って話したいんだよ」
「話す事なんてないもない。僕が忘れさせてあげると言ってるでしょ」
「だから、違うんだって!お前の誤解なの!!」
「誤解?」
「そう!とにかく座らせろ!!」

腕を開放された悠理は起きあがると、シーツに身を包みベッドにぺちゃんと座りこんだ。
清四郎もその向いに起きあがる。
だが、その視線は氷よりも冷たい。
「何が、誤解なんですか」

悠理は上目遣いに清四郎に眼をやる。
「なぁ、もっかいだけ訊いていいか?」
「何をですか」
「あたいの事・・・」
「誰よりも愛してる。誰にも渡すつもりはありません」
「あたいが何を言ってもか?」
「あぁ」

真っ直ぐ自分を射すくめる様に見詰める清四郎に、悠理は大きく深呼吸した。
「あたい、出来たみたいなんだ・・・その・・・」
「どんなヤツなんだ、僕よりもそいつを選ぶとでも言うんですか」
「だから、そうじゃなくって。・・・ごめん。あたい、お前を試すような言い方したから・・・」
「どういうことですか?」

「だから・・・」
頬を紅く染め、そっと目を伏せた。

作品一覧

 素材:CresentMoon