「真っ赤っな、おっ鼻っの〜トナカイさんわ〜!!」 「コラ!悠理、静かにしろ!!」 上機嫌な悠理の隣を歩く清四郎は、今にも倒れそうなその細い身体を支えると小さく怒鳴った。 その庭園には何組かのカップルが二人だけの世界に浸っている。そんな中での悠理の声に皆一様に顔をしかめていた。 「なんだよ〜、うっせ〜のはお前だろぉ・・・エヘへへへ」 だが、そんなことに全く気付いていない悠理は清四郎の腕を払うと、またフラフラした足取りで歩き出した。
悠理がここまで酔うのも珍しい。 普段から父親と共に、そして仲間と共にかなりの量の酒を消費する悠理はめったに酔って醜態を晒す事はない。寝てしまうか、騒いでも素面の時のハイテンション並なのだ。 だが、どういう訳か今日は底抜けに上機嫌になっているらしかった。クリスマスという特別な雰囲気がそうさせているのだろうか。 「なぁ〜せーしろぉ?」 悠理がくるりと振りかえる。 少し首を傾げるその表情は、酒が入った体温と外気の差なのか頬が少し朱に染まっていた。 「なんですか」 「なんでもな〜い」 また踵を返すと、時折よろけながら鼻歌交じりに歩き出した。 清四郎はその様子にクスリと笑った。
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剣菱邸でのクリスマスパーティーは、総勢100名からの招待客が集っていた。 もちろん有閑倶楽部のメンバーもその中に居り、それぞれがそれなりに楽しんでいた。 そんな中悠理がフラフラとした足取りで、庭園と呼べるほどの広大な庭に出ていくのを清四郎が気づいた。 酔いを覚ます為なのだろうか、それでもその足元に幾ばくかの不安を覚え、持っていたシャンペングラスをボーイに渡すと後を追った。 「悠理!」 表に出ると、悠理の姿がない。 先程見た足取りではそう遠くへは行っていないはずなのだが。 そう思って、辺りを見まわす。 すると、ライティングされた像の陰に揺れる姿があった。 「悠理!」 もう1度名を呼ぶ。 今度は聞こえたのか振り返った。 「あー、せーしろー」 「大丈夫か」 「何がぁ?」 完全に酔っているようである。終始ニコニコ笑っている悠理は、清四郎の姿を認めるとまたフラフラと歩き出した。 清四郎は慌ててその後を追う。 「悠理、どこへ行くんだ。酔いを覚ますだけならこの辺でイイでしょう」 清四郎は悠理に追いつくとその腕を掴んで止めた。 剣菱家の庭は広大な上に、訳のわからない像が数多く立っている為、まるで迷路の様になっている。昼間ならともかく夜半の、しかも酔っている人間ならば、例えその家の住人であっても迷ってしまいそうな庭だった。 「あたい別に酔ってないぞ。・・・・んふふふふ」 やはり酔っているようだ。 悠理は清四郎の腕を外すとまた歩き始めた。 それを見て為息をつくと、清四郎は隣を並んで歩き始めたのだった。
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(いつから僕は、こんなに悠理に甘くなったんですかね) 相変わらず千鳥足の悠理の後ろをゆっくりと歩く。 仲間の一人であったはずの悠理に、皆とは別の感情を抱くようになったのはいつの頃からだろう。 気付けば悠理を視線で追うようになり、その行動に一喜一憂する自分がいた。 慈しみ守りたい存在。共に同じ時を同じ場所で過ごしたい唯一無二の存在。 (いつか、この気持ちを言える日がくるんですかね) 清四郎は自嘲気味に笑うと、悠理の背中を見つめた。 その悠理は時折、後ろを振りかえり、まるで清四郎がちゃんと付いてきているかを確認する様に笑うと、また歩き出すということを繰り返していた。 そのたびに清四郎も笑みを返す。 そこでふと、清四郎の中にあるイタズラ心が芽生えた。 (次に振り返った時、僕がいなかったらどうするんでしょうねぇ) 清四郎は目を細めると、近くにあった植え込みに姿を隠した。
「なぁ〜せいしろ〜」 悠理がまた振りかえる。 だが、そこにいるはずの男の姿はない。 「せーしろー・・・」 清四郎は植え込みの傍でその声を聞いた。 自分がいないことに気付いてきっと不思議に思っているのだろう。 探しにくるだろうか。 「せぇしろぉー!」 一際大きな声にそっと様子を伺うと、悠理は不安そうな顔で立ち尽くしていた。 それはまるで、親とはぐれた子供の様に。 清四郎はその表情に、いても立ってもいられなくなり、つい自分から姿を見せてしまった。 「悠理、こっちですよ」 「あっ!せーしろーーー!!」 悠理が駆け寄ってくる。 そして、そのままの勢いで清四郎の胸に抱きついた。 「何処行ったかと思ったじゃないかーー!!」 酔っているからなのだろうか、抱きついたまま離れ様としない。 清四郎は、そっと悠理の背中に腕を廻した。 「すいません」 ただ一言そう言って少しだけ腕に力を入れた。 (偶にはイイですよね) どうせ明日になって酔いが覚めればこんな事も覚えてはいないのだろう、そう思った。 「良かった」 腕の中で悠理が呟く。 「ん?」 「お前が、どっか行っちゃたかと思ったぞ」 「何処へも行きませんよ」 それは本心だった。 例え想いを伝えることができなくても、せめて悠理の傍で生きていきたいと思っていた。 悠理が清四郎の背中をぎゅっと掴む。 「ホントか?」 「えぇ。何処にも行きません」 「そか。良かった」
静かな時間がふたりを包んでいた。 会場から聞こえていた音楽も随分歩いたせいで聞こえなくなっている。 「悠理」 清四郎は、今なら言えそうな気がした。 腕の中に悠理がいる。 酔っているかもしれない。明日になったら忘れているかもしれない。 それでも言いたくなった。 「悠理、これからもずっと、僕と一緒にいてくれないか」 それが精一杯だった。 だが、悠理はなにも言わない。 「悠理?」 困らせてしまったのだろうか。 清四郎は悠理の肩に手を置くと、その身体を引き離そうとした。
清四郎は深々と疲れたような為息をつくと、また悠理を抱きしめ直した。 「寝た振りじゃないでしょうねぇ」 悠理は小さな寝息を立てていた。 背中からその手が滑り落ちる。 清四郎はその眠る姿に小さく微笑むと、耳元に口を寄せた。 「メリークリスマス」 |