スキ

誰かに呼ばれた気がして、悠理はそっと眼を開けた。
こんなことは普段ならありえない。
どれだけ起こされても、夢の中から這い出ることなどそう簡単に出来るはずなどなかったのに。
悠理はぼんやりした頭で、そんなことを不意に思った。

徐々に覚醒してくる体と意識。
妙な気だるさと頭の下の硬い枕に違和感を感じた。
だが、それは不快ではない。むしろ心地良いい。
その心地良さに身を委ね、また瞼が落ちそうになる。
視界が途切れそうになる瞬間、漸く目の前のものに気付いた。

「手・・・・?」
心の中で呟いた声はかすかに音になっていたらしい。

「やっと眼が覚めましたか?」

後ろから降ってきた、優しい、愛しい声。
寝ぼけた頭でもそれが誰の声であるかはすぐにわかった。
そして、甦る昨夜の事、今の状況――――。
一気に体が熱くなる。
それがわかったのか、体に回されていた腕に力が篭った。
背中に感じる温もり。
髪に触れる熱い息。

「悠理」
「あ、あの・・・」

恥ずかしさで言葉が出ない。
慌ててそこから逃げ出そうと、体を包み込む腕を外そうとした。
だが、そんなこと許されるわけがない。
逆に体を反転させられてしまった。

「こら、どこ行こうってんですか」

少しむっとしたような声。
悠理はそれを硬く閉じた眼で聞いた。

「だ、だって・・・・恥ずかしい」
「悠理。眼を開けてくださいよ」

瞼に指が触れる。
それは何かの魔法のように、ゆっくりと悠理の瞼を開かせた。
思うよりずっと至近距離の体。
頬に大きな手が添えられ、優しく悠理の柔らかい髪に滑った。

「おはよう」
額に、ひとつ口付けが落とされ、抱きしめられる。

「え?」

いつもとは少し違うそれに、悠理は顔を上げた。
そこには良く知っているはずの、初めて見る顔。
いつもはきっちりあげられている髪が優しい眼差しを半分隠している。
そして何より違うのは。
悠理の指がそれに触れた。

「なんか、違う・・・」
ついて出た言葉に、清四郎は可笑しそうに口端を上げた。

「僕だって髭ぐらい生えますよ」

幼さの残る前髪、色気さえ感じる伸びかけた髭。
そのギャップが、悠理の中の清四郎への想いを更に跳ね上げた。
込み上げる愛しさに、清四郎の首筋に顔を埋める。

「まだ恥ずかしいんですか?」
そう言いながらも抱きしめてくれる腕に包まれ、悠理は小さく頭を振った。

「違う。なんか、嬉しい」
「嬉しい?」
「だって、お前可愛いもん」
「はい?」

悠理は清四郎の胸に手をつくと、少し体を離して顔を見上げた。
清四郎は不思議そうな顔をしている。

「変な悠理ですねぇ」
「んふふふふ」

どんなに呆れた声でも、この笑みは抑えられない。
悠理はまた顔を埋めると、幸せそうに眼を閉じた。

 

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