うさぎ

一面の雪景色。
降り積もる雪は、茶色い木々を真っ白に変えている。
枝枝から時折、ドスリとその重みに耐えかねるように落ちては、積もっていった。

「なぁ、なぁ、清四郎!すごいぞー!見てみろよほら!」

まるで白うさぎのように飛び跳ねる悠理は、自分の足跡を指差し、光り輝く雪よりもまぶしい笑顔で清四郎を振り返った。

(あいつが白いうさぎなら、僕は・・・)

清四郎がいつまでたっても自分に追いつかないのに痺れを切らしたのか、悠理は駆け寄るとその黒いコートをむんずと掴んだ。

「どーしたんだよー?寒いのか?」
「いいや」

不安げに変わった悠理の表情に、優しく微笑む。

「ならいいけどさ」

んふふふ、と笑って今度は清四郎の腕を掴んだまま、サクリサクリと跡を確かめるようにゆっくりと、足を踏み出した。

「全然おっきさ違うなぁ・・・」

足元を見つめ、平行に並んだふたつの足跡を可笑しそうに眺める。
小さな足跡と大きな足跡。
振り返ると、ずっとそのふたつは並んでいた。

(この足跡はこの先もずっと続くのだろうか。これからもずっと・・・)

「せーしろお!」

悠理は腕を離すと、二、三歩離れ、振り返った。
腰に手を当て、頬を膨らませている。

「なに考えてんだよお!なんか違う事考えてるだろ!」
「―――ヤキモチですか?」

途端に真っ赤になったその顔は、周りの雪が解けてしまうんじゃないかと心配になるほど熱を孕んでいそうで。

「バ、バーカ!なに自惚れてんだよ!」
「おや、違いましたか」
「当たり前だろ!なんであたいがヤキモチなんか」

せっかくのふたりきり。
あまり怒らせたくはない、清四郎はふと笑うと偶には素直になってみるのもいいか、と口を開いた。

「悠理のことですよ」
「・・・え?」
「お前の事考えてた」

バカ。
その声は、雪が落ちてくる音ぐらい小さくて。
だが、清四郎の耳にははっきり届いた。

「信じないもんねーっだ!」

ベーっと舌を出した悠理は、木々の隙間を縫うように新しい足跡を残していく。
清四郎はその足跡を消さないように、後を追った。


一本の細い木の影に、白いコートがはみ出ている。

(あれで隠れているつもりか?)

清四郎は、足跡の途切れたその木にそっと近寄った。
だが、サッと掴んだそのコートは、何故か軽くて。

「え・・・」

枝にコートを掛けたまま
愛しい姿は、何処にもなかった。

「悠理」

足跡はない。
ただ白いコートだけが、清四郎の手の中にあるのみ。
周りを見渡しても、降り落ちる雪以外の影は動かなかった。
ただ、静かな世界。

「悠理!」

「・・・・えへヘヘヘ、こっち」

隣の少し大きな木の陰から、ひょっこり顔を覗かせる。

「ビックリ・・・・ぇ・・・・」

ギシリ。
雪を踏む音が聞こえた瞬間。
悠理は黒いコートに包まれていた。

「何処にも行くな」

清四郎の胸の音は、いつものそれよりかなりのスピードで。
腕の力は息苦しいぐらいに強かった。

「離れるな」
「ごめん・・・・」


胸の中で悠理が小さく笑う。

「何が可笑しい」
「だって、ガキん頃に見た絵本みたいだ」

白いうさぎと黒いうさぎ。
いつも、どんなときも、ずっと一緒でした。
黒いうさぎはいつも何か考え事をしていて。
白いうさぎはいつもそれが何かを知りたくて。

「ずっと、これからも一緒にいたいんだ。そう黒いうさぎは願っていたのです」
「せーしろ・・・」


「・・・・・もっと、強く願ってみろよ」

白いうさぎのその言葉に。

「もっと強く願うよ。お前がずっとここにいるように」

黒いうさぎは強く、願いました。


「―――しょうがないからな」


足跡は、それから先も、清四郎の願いどおり
どこまでも離れる事はなかった――――。




「でも、お前がうさぎ?」
  

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