悪酔い

剣菱邸ではただいま宴会の真っ最中だった。
宴会と言ってもそのメンバーは言わずと知れた有閑倶楽部の六人。
そして今回は悠理の父・万作と魅録の父・時宗も参加していた。

「イヤァ〜偶にはこうやって大勢で酒を飲むのもいいもんじゃの〜」
息子の酒の強さはどうやら母親譲りらしい。
時宗は泥酔状態一歩手前であった。
かなりご機嫌の様子である。
「オイ、親父。その辺でやめとけよ。明日エライことになるぞ!」
さすがに魅録が心配してその手からグラスを奪い取る。
「何をぅ!わしゃまだ大丈夫だわい!!」
息子からグラスを引っ手繰ると、残っていた液体を一気に呷った。
「おっちゃん、ホントにもう止めとけよ」
「そうですよ。明日の朝辛いですよ」
悠理と清四郎も見るに見かねて止めに入った。
「珍しいわよね〜。おじ様がこんなに呑むなんて」
「そうですわよね。いつもはココまでひどくありませんもの」
「千秋さんが、3ヶ月ほど全く帰ってきてねーらしいだがや」
時宗に目をやりながら、万作が溜息をつきながら小声で言った。
「あぁ、今頃またうちのかーちゃんとスペインかなんかに行ってるらしいぞ」
悠理が付け足した。
「わしもかーちゃんに会えなくて寂しいだがやぁ〜!!」


「おじさんたちも仲いいけど、おばさんたちも仲いいよね。悠理と魅録んとこって」
さらに酒瓶が5本ほどあいた後、呂律の回らなくなってきている美童がふと呟いた。
「そう言われりゃ、そうだよなぁ」
魅録が相変わらず酒を飲もうとする時宗を押さえる手を止めて考える。
「悠理と魅録はお互いの両親のこと知らずに知り合ったんですの?」
「あぁ。コイツとはケンカしてるときに知り合ったんだ。とーちゃん達やかーちゃん達のことは全く知らなかったぞ」
なぁ、と言うように悠理は魅録を見た。
「なんかさぁ〜、それって運命感じない?」
だんだん目が据わってきている可憐が唐突に言い出した。
「「はぁ?」」
二人同時に聞き返す。
「だぁって、親同士が仲が良くってその子供まで偶然に知り合って、なんてそうあることじゃないわよ」
「そうだよね。珍しいよね。清四郎もそう思わない?」
美童が可笑しそうに隣の男を見た。が、
「思いません」
一刀両断だった。
美童の顔が一瞬にして強張る。
清四郎の冷ややかな視線に、美童は額に嫌な汗が伝った。
本能が逆らってはいけないと悟らせている。
喉がカラカラに渇く。
一気にワインを飲み干し、慌てて顔を逸らした。

「よし!!」
突然時宗が叫んだ。
「な、なんだよ。親父」
「魅録!お前、悠理くんと結婚しろ!!」


「さっきはビックリしたよ。親父のヤツとんでもない事言い出すんだからな」
魅録と清四郎は二人で酒を酌み交わしていた。
他のメンバーは周りで泥酔状態になっている。とりあえず目は開いているという感じである。
美童はあの後恐怖から逃れる為かいつも以上に酒を呷り、野梨子よりも早く潰れてしまっていた。よほど怖かったらしい。

清四郎は魅録の言葉を聞いているのかいないのか黙ったままグラスの中身を一気に呑み干した。
「オイ、清四郎。あんまり無茶な呑み方すんなよ」
「別に。普通に呑んでますよ」
その言葉はいつもの冷静な清四郎そのものだった。
だが、清四郎も魅録と同じかそれ以上に飲んでいるはず。
本当ならいくら清四郎でもココまで普段通りでいられるはずはなかった。
「なぁ、お前なんか怒ってるのか?」
先ほどから気になっていることを訊いてみる。
「いいえ」
短く答えると清四郎は魅録の傍らにあったボトルを掴み、自分のグラスに中身を注いだ。
「それにしても」
清四郎は一口呑むと思い出した様に言った。
「悠理と結婚ですか。時宗のおじさんもおもしろい事言いますね。悠理んとこのおじさんも乗り気の様だったし。どうですか、本気で考えてみては」
口元だけが笑っている。
「なに言ってんだよ、お前まで。酔っ払いの言うことだろ」
「わかりませんよ。おじさんも常日頃から思っていたからこそ、口に出たんじゃないんですか」
二口目を呷る。
「あのなぁ、どうやったら悠理と結婚なんかしようって気になれるんだよ」
魅録は溜息をつくと自分もグラスの中身を呷った。
「そうですか?悠理となら趣味も合うし、男と女じゃなくても友達として一生仲良くやっていけるんじゃないんですか」
清四郎はいつのまにかまたグラスを空にしていた。
ボトルからさらに酒を注ぐ。
「オイ、ホントにお前呑みすぎだぞ。いい加減にしとけって」
「大丈夫ですよ。僕が酔っているように見えます?」
「見えないから怖いんだろ」
魅録は清四郎の手からグラスを取り上げ様とした。
だが、清四郎とておとなしく取られるタマではない。
あっさりかわすとあてつけるように飲み干した。
「お前なぁ〜」
「良いじゃないですか。酒ぐらい好きに飲ませてください。僕にだって呑みたい日はあるんですよ」
ボトルを手にしてさらに注ごうとしたが、もう中身は残っていなかった。
魅録はそれを見て安心したが、清四郎は魅録のグラスを取り上げるとその中身を呑み干した。
「あっ!お前、本当にいい加減にしろよ!どうしたってんだよ!!」
「別にどうもしませんよ。それより、ちょっと向こうから新しいの取って来ますよ」
清四郎は立ち上がると、幾分ふらふらした足取りで酒を探しに行こうとした。
魅録が慌ててそれを止める。
「何するんですか!!」
清四郎の眼はケンカ慣れした魅録でさえも、怯んで思わず手を離してしまうほどのものだった。
「せ、清四郎・・?」
清四郎は魅録の腕を振り払うとその辺に置いてある酒瓶の中身を確かめて満足そうに笑った。
「ほら、こんなに呑みさしがありましたよ」
そう言って魅録のグラスにも酒を注ぐ。
先ほどの殺気はどこにも感じられなかった。
(なんだったんだ、今のは……)

「魅録…」
突然ぼそりと呟く。
「な、なんだよ」
「悠理の事頼みますね」
「はぁ?」
相変わらず清四郎はグラスの中身をひたすら空けている。
「ちょっ、お前なに言ってんだ」
「悠理は魅録とならきっと幸せになれますよ。剣菱を継ぐのも大変でしょうけど頑張ってください」
再び酒を呷る。
「清四郎、お前さっきからおかしいぞ。なんで俺が悠理と結婚なんかしなくちゃなんないんだよ」
「お互いの親が認めているんですよ。それに二人は出会うべくして出会っている『運命』らしいですからね」
「お前、さっきの話本気にしてるのか?」
「えぇ、本気ですよ。魅録と悠理ほど仲が良ければありえない話じゃないでしょ。むしろ今までその話しがでなかったほうがおかしいんじゃありませんか?」
いつもの人をたたみかけるような一見正論ぶった話し方である。
「あのなぁ・・」
魅録は頭を抱えて溜息をついた。
「いくら仲がいいからってなんで結婚しなきゃなんないんだよ。そんな事言ったらお前も野梨子と結婚すんのか?」
「僕は…、一生誰とも結婚なんかしませんよ・・」
グラスを持つ手に力をこめると一気に中身を呑み干した。
「俺が悠理と結婚するなんて、お前が男を受け入れるぐらいありえない事だぞ」
「なんで、そこまで言い切れるんですか?相手は悠理ですよ」
清四郎はフンっと鼻を鳴らしながら、グラスの中身を見つめる。
「悠理だからだよ。アイツは俺にとっては女って言うよりは世話の焼ける妹みたいなもんだしな。それに、アイツには好きな男がいるんだよ」
ニヤリと笑って清四郎の顔を見る。
今まで表情があまり出ていなかった清四郎の顔つきが一気に豹変した。
「好きな男?一体誰を好きだっていうんです!」
魅録の胸倉を掴んで詰め寄る。
「そ、そんな事俺の口から言えるわけないだろうが」
清四郎の手を離すと、ふ〜っと酒くさい息を吐いた。
「悠理に、好きな男・・・?」
清四郎は俯いてぶつぶつ言っている。
だがすぐに顔を上げると、
「それでも、魅録の気持ちはどうなんですか。妹だとかなんとか言っても本当は悠理の事好きなんでしょ!」
「お前も大概しつこいな。さっきから言ってんだろ。アイツをそんな眼で見れないって!」
「本当ですか?」
据わりきった眼は妙な迫力があった。
「ほ、本当だよ!だいたい俺にだって好きな女ぐらいいるんだからな!」
真っ赤になって顔を逸らす。
「へ?悠理の他に、ですか?」
「だから!俺は悠理の事なんかなんとも思ってないって!」
「本当でしょうねぇ。嘘ついてたらその場で決闘を申し込みますよ」
さらに詰め寄る。
「いい加減にしろ!なんで嘘つく必要があるんだよ!!」
それでも清四郎はイマイチ信用できないというようにジト眼で睨んでいる。
「あのなぁ、そんなに心配ならさっさとお前が悠理とくっつきゃ良いだろうが!!」
「な!何を言い出すんですか!!」
今度は清四郎が真っ赤になる番だった。
慌てふためく清四郎に形勢逆転とばかりに魅録が詰め寄る。
「お前、悠理の事好きなんだろ。さっさと気持ち伝えてやれよ」
「何の事ですか!!なんで僕が悠理に、そんな!!!」
魅録の微妙な言い回しにも気付かないでパニくる清四郎。
魅録はそんな清四郎を見てクックックックと可笑しそうに笑った。
「おーおー。いつもは冷静な清四郎ちゃんが、悠理の事となるとえらい慌てようだなぁ」
「ぼ、僕は別に!!」
「お前さっきからの自分の態度わかってんのか?今更否定したってなんの説得力もねーって。いい加減素直になったらどうなんだ。楽になるぞ〜」
「なに言ってんですか!」
「いつまでもそうやって意地張ってっと、そのうちホントに別の男に持ってかれちまうぞ」
清四郎はなにも言い返せずに真っ赤な顔で睨みつけている。
「それにしてもスゲーよな」
魅録は興味深そうにまじまじと、そんな清四郎を見る。
「何がですか」
「いっつもあんまり表情を変えるコトのないお前が酒が入ってるとは言え、悠理の事となるとこんなにコロコロ表情が変わるんだからな」
「な!」
「イヤ〜、親父達のおかげで面白いもん見せてもらったわ」
けらけら笑う魅録。
清四郎は魅録から顔を背けると一気に酒を呑み干した。


「お前な〜、いい加減気付いてやれよ」
魅録は漸く呑み潰れて眠りこけている男を見ると、軽くその身体を足蹴にした。
清四郎の身体が僅かに揺れる。
「悠理もよく今まで頑張ったよな、こんな鈍感男の事10年以上も好きでい続けてるなんてさ。ま、悠理もコイツの気持ちに気付いてないんだからお互い様ってトコか?」
離れたところで、コチラも気持ち良さそうに眠っている悠理を見ると小さく笑った。



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