BY のりりん様
今年もやってきましたバレンタインデー。 聖プレジデントの中でも一際騒がしいのは やはり有閑倶楽部の面々の周り。 あえて男性陣たちの周りと言わなかったのは、もう皆さまもご存知のとおり、この学園一チョコレートをもらう人物がその中にはいなかったからである。 そう それは剣菱 悠理。 戸籍上はれっきとした女性ながら、誰よりもこの日を楽しみにしている人物である。 部室の彼女の机の周りには貢物のチョコが高く高く積み上げられていた。 その斜め前で金髪の髪に手をやりながら大きく溜息を付いているのは、世界の恋人 美童である。 彼にとっては今年も悠理に数が負けたことが納得行かないらしい。 不機嫌になりそうなそんな美童のことなどお構い無しに、鼻歌交じりに次々と包みを破り、甘い中身をその胃袋に収めていく悠理。 そんな悠理を呆れた目でみながら、自分の前にあるチョコレートをどうしようかと悩む魅録。 それをみて笑っている女性陣。 ここまでは毎年の風景である。 唯一つ違うのは、清四郎の前には一つの包みも置かれていないと言うことである。 彼だって、美童ほどとは行かないながらも幾つもの包みがその前に並んでいるのが毎年の風景なのに。 どうやら今年は すべて 断ったらしい。 理由は、彼の口からは聞いていない。 だが、彼は少しも残念そうではないんだ。 「なんだ? 清四郎、今年はもらえなかったのか?」 口の周りにいっぱいをチョコまみれにした悠理が尋ねた。 「もらえなかったんではなく、もらわなかったんです。」 彼女の口元をティッシュで拭いてやりながら 彼が答えた。 「なんで?折角くれるっていってんのに、もったいない〜。」 折角拭いてもらってきれいになった口元にまた大きなチョコを放り込みながら悠理が尋ねた。 「いいんですよ。今の世の中知らない人物から貰った食べ物なんて何が入ってるかわかりませんし、それにお返しなんかも面倒ですしね。」 そういわれて、次々と口元へと動いていた悠理の手が一瞬止まった。 眉間に少し皺が入る。 何か考えているようだ。 だがそれは、ほんの一瞬の出来事だった。 いい考えが思い浮かんだとばかりに、ニッコリした顔でまた口元へと手が動いた。 「あたいは、大丈夫だじょ。だって、もしなんか入ってたとしてもお前がついてるからな! 安心 安心♪」 真っ直ぐに清四郎を見て話されたその言葉に彼の顔がいつになく一瞬赤みが刺したのを他のメンバーが見落とすはずもなかった。 珍しく慌てた様子で清四郎は口元に手をやり コホン と一つ咳払いをすると 「食べ過ぎや食中りならまだしも、虫歯は僕には治せませんからね。今日はその箱でおしまいにしといてくださいよ。」 悠理以外の4人が不敵な笑みを浮かべる前にと返事を返した。 だが、それは時すでに遅し。 声にこそ出さないものの、笑っていないのはもはやこの部屋の中ではチョコに夢中な悠理ただ一人。 それでも無駄な抵抗とも思われる得意のポーカーフェイスを取り戻そうと、なにくわぬ顔で話す清四郎に悠理は 「え〜、まだいっぱいあんのに〜〜!!」 と不貞腐れた顔で返した。 「また 明日食べれば良いじゃないですか、ね」 そう言って、悠理の髪をいつものようにくしゃりと撫ぜると清四郎は漸く他の4人に視線を向けた。 「 ・・・・ それでは 僕は書店に寄りますので先に失礼します。」 そう言ってカバンを手に席を立とうとした彼に大きな声が降って来た。 そう、4人の笑い声ではなく。 「ちょっとまて 清四郎! その本屋って駅前のか?」 清四郎に釘を刺された最後の一箱をぺロリと食べてしまった悠理が慌てて声をかけた。 「ええ そうですが。何か用事でも?」 今にも立ち上がらんばかりの彼女に今度は冷静に答えると 「あたいも一緒に行く!その通りにおいしいチョコレート屋があんだよなぁ〜♪」 店先に並ぶチョコを思ってか今にも涎をたらさんばかりの悠理に笑を堪えていた仲間が今度は呆れたように声をかけた。 「何よ、バレンタインデーに自分の分のチョコ買いに行くの?」 「しかも そんなに貰ってんのにまだ足りねーのかよ。」 「悠理、本当に虫歯になりますわよ。」
「だ〜っっ、うるさい!!あそこのは別格なんだよ。おい 行くぞ、清四郎!」
大きな紙袋いっぱいのチョコを手に立ち上がる悠理。 彼女の食欲を一体誰が止められよう。 清四郎も眉を下げ、呆れ顔で返事を返した。 「はいはい、お供しますよ。」 そう言って、重そうな紙袋を彼女の手から奪うと皆に挨拶をして2人は部室を後にした。 窓からは4人がなんとも楽しそうに見ていることにも気付かずに。 校門で待つ名輪にカバンと大きな紙袋を預けると、悠理がくるりと振り返った。 「なぁ、清四郎。今夜なんか予定ある?」 「いいえ、今夜は特に何もありませんが。」 突然の質問に正直の答えた彼に満面の笑みが返ってきた。 「よし!じゃぁ 晩飯一緒に食おうよ!!今日は父ちゃんも母ちゃんも、兄ちゃんもいなくてあたい一人なんだ。な、一緒に食おう!!」 嬉しそうに話す悠理に清四郎は一瞬考える顔をした。 見る見るうちに彼女の顔は曇っていく。 本当にころころ表情の変わるやつだ。 見ていて飽きない。 くくっとこみ上げてくる笑いを堪えて、今度は笑顔で返事をした。 「いいですよ、そうしましょう。」 その答えに今度は晴天の太陽のように悠理の顔が輝いた。 「やったー!名輪、そういうことだから料理長に宜しく!!」 その言葉と同時に清四郎の手からカバンを奪うとそれを車に乗せた。 駅前のお目当てのショップの前には、バレンタイン当日と言うこともあり、列が出来ていた。 それでも彼女は ちょっとだけだから並んで待つ! と言い張った。 食に対するその気合をもう少し他の所に回せないものかと少々呆れながらも、清四郎も一緒に並んだ。 通りを2月の冷たい風が吹いていく。 静かに並ぶ列の中、悠理が大きなくしゃみをした。 「ふぇ〜くしょん!!」 ずるずると鼻水をすする姿はどこをどう見ても財閥の令嬢には見えない。 「ちっきしょう!何で今日はこんな寒みーんだよ。車で帰るつもりだったから上着着てきてないんだじょ。」 ブツブツと文句をいい続ける彼女の首元に暖かいものが降ってきた。 「2月なんだから寒いのは当たり前です。」 そう言って怒りながらも彼が巻いてくれたのはさっきまで彼がしていたマフラー。 そのやわらかい肌触りが、身体だけでなく心まであったかくしてくれそうな。 「上着も着ますか?」 そう言って自分のを脱ぎかけた清四郎に悠理は慌てて返事をした。 「いい!これだけで!!すんげーあったかいじょ。」 「 ・・・・ あんがと!」 首元に手をやりとても嬉しそうに話す彼女に清四郎もやわらかい笑みを返した。 「また寒かったら言うんですよ。」 頷く彼女の前にはまだもう少し列が出来ている。 一度静かになった悠理がなにやら今度はポケットに手を突っ込むと小さな箱を取り出した。 「じゃ〜ん、これはここのチョコなんだじょ。」 そう言って一気に包みを破るとやわらかそうなトリュフを一つ取り出した。 「悠理、さっきの箱が今日の最後だっていいませんでしたか?」 眉間に皺を寄せ話す清四郎に彼女は慌てて答えた。 「ち、違うわい。こ、こ、これはお前に味見さしてやろうと思ってだなぁ・・・・」 「僕にですか?」 「そ、そうだよ。ほら、食ってみ!あんま甘くなくて美味いじょ!」 そう言って彼女の白い指がトリュフを差し出した。 「じゃぁ、一つ頂きましょうか。」 そう言って清四郎がそれを受け取ろうとすると悠理が手を引っ込めた。 「持ったら手袋が汚れんぞ。口あけてみ、あ〜ん。」 その言葉に一瞬戸惑いながらも、清四郎はなんともやわらかい笑みを零した。 一体誰がこんな清四郎を見たことがあろうか。 傍目から見れば、2人は立派なカップルに見えるであろう。 それも とても微笑ましく 仲の良い。 そんな彼の口元に彼女の手からチョコレートが届けられる。 それを悠理は少し心配そうに見ている。 「ど、どうだ?甘すぎたか?」 そのなんともいえない顔に首を横に振って返事を返した。 「いいえ、とってもおいしいですよ。」 笑顔で答えた清四郎に、極上の笑顔が返ってきた。 「だろ!良かった♪」 そう言って今度は自分の口へとそれを運んでいく。 そうして2人で箱を空っぽにしたころ、漸く順番が回ってきた。 悠理は店の中へ、清四郎は外でそれを待っていた。 あれこれと注文し店ごと買ってしまうんじゃないかと心配しながらも、2月の空の下清四郎はフッと笑った。 こんな空のしたでも悠理といればなんだかあったかくさえ感じる。 最近気付いたこの感情。 名前をつけるのはまだ早いかもしれない。 しかし、絶対に手放すつもりはない。 そんな相手が店から大きな紙袋を持って出てきた。 「お〜い、清四郎!!」 大きく手を振る彼女との距離はそう離れてはいない。 嬉しそうにかけて来た彼女が一つの箱を取り出した。 「はい、お前の分!!」 「僕にですか?!」 「あぁ、お前にだとお返しが楽しみだもん♪」 マフラーに少し顔をうずめながら頬を赤くして話す彼女。 いつになく照れているように見えたのは彼の気のせいだろうか。 それでもその手の小箱を大事そうに受け取った。 「ありがとうございます、悠理。」 「へへへっ・・・」 と返事をする彼女から荷物を奪うと、一瞬強い風が吹いた。 「うわぁ!!」 そう言って清四郎の影に飛び込んできた悠理。 清四郎はいつも以上に乱れた彼女の髪を直してやると、小さな手をそっと握り、コートのポケットへと招いた。 「こんなに冷たくなって、風邪引きますよ。」 いつになく優しい声で降って来た言葉に悠理はさっきと同じ言葉を返した。 「大丈夫だって。なんてったってあたいにはお前がついてんだから。」 その返事に顔を見合った2人は春の日差しのような顔で笑いあった。 握った手は彼のポケットの中。 マフラーの香りがなんとも優しい気分にさせてくれる。 この気持ちの名前を彼女はまだ知らない。 風が温かく変わるころには気付くかもしれない。 そんな2人の最初のバレンタイン。
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背景:Salon de Ruby様