「二人のホワイトデー

BY のりりん様

 

 

  

 

町は、明日のホワイトデーに向けて一色に染まっていた。

空が昼の色から夜の色へと変わろうとするころ、有閑の女性陣3人は街角にいた。

今日は久しぶりに皆で食事をしようということになり、その前に女性陣は買い物を楽しんできたのだ。

すっかり春の装いで立つ3人ははっきり言って目立っていた。

一人でいても目を引くほどの美女なのに、3人揃って楽しそうに話していれば目立たないはずは、ない。

さっきから次々に声を掛けられ、断るのも面倒なほどだ。

それもただの ナンパ なんかだけではないのだ。

いわゆる 『スカウト』 というものもいる。

それも追い払うのが大変なほどに。

 

可憐が時計に目をやった。

もうそろそろ約束の時間だ。

時間に正確な男性陣のこと 遅れるなんて考えられない。

ふとあたりを見ている3人に、また一人の男が声を掛けた。

「お時間ありますか?わたくしこういうものなんですが、少しお話よろしいでしょうか?」

そういって差し出された名刺には、大手芸能プロダクションの名前が書かれていた。

「いそがしいから。」

そういって断る3人に、男はなおも話を続ける。

「そうおっしゃらずに、少しだけでもお願いできないでしょうか。」

その言葉に、うんざりした顔をした3人の後ろから声が聞こえた。

「何か御用でしょうか。」

その声のほうに男が顔を向けると、そこには待っていた男性陣3人の姿が。

「ごめんね 野梨子、待たせちゃって。」

「いいえ、大丈夫ですわ。」

「遅いわよ、魅録。」

「わりーな。」

「お待たせしました、悠理。」

「清四郎、コイツしつこいんだじょ。」

その言葉に、清四郎が男へと視線を移す。

手元の名刺に目を落としながら。

「すいません。急ぎますもので失礼します。」

有無を言わせぬ目でそういうと、悠理の手をとり彼女の楽しみにする夕食へと出かけた。

大きな通りを離れ、日も傾いてきたころ、3組の前にある光景が目に入った。

一人の男の子に数人がなにやら絡んでいるようだ。

見るに、一般的にいわれる 恐喝 というものだろう。

「おい、清四郎。」

「えぇ、放っておくわけにはいかないですね。」

そう話す魅録と清四郎の間で一人嬉しそうに目を光らせていたのが・・・ 悠理である。

眉を下げ、なんともいえない表情をする清四郎を見ぬ振りをしながら、悠理もその方向へと向かった。

「おまえら、何してんだ。」

魅録の声に振り向いた少年達。

「うっせーな、邪魔なんだよ。」

そういって数人がこちらの方へ向かってきた。

「弱いものいじめはやめろっていってんだよ。」

そういった悠理に一人の少年が掴みかかろうとした。

 

その瞬間

彼女の目が   光った

 

獲物を狙うような目で、誰よりも軽やかに、楽しげに、少年達を沈めていく。

魅録とて、最初の数人を沈めただけだ。

清四郎にいたっては、一切手を出していない。

まさに彼女の独壇場である。

「いつもながら、あざやかですね。」

暢気にそういいながら笑顔で見ている清四郎に野梨子が尋ねた。

「いいんですの、悠理一人で。」

「知らない所で暴れられても困りますし。」

そう話す清四郎の耳に悠理の声が聞こえた。

「こらー、清四郎!見てないで手伝え!」

それでも楽しさを滲ませるその声に、返事をしようとしたその時、

後ろの方にいた少年が鉄パイプを手にするのが見えた。

一瞬にして、清四郎の体が動いた。

振り上げられたそれを、掴む。

「危ないですね。悠理が怪我でもしたらどうするんですか。」

そういいながら、その手から鉄パイプを奪い取った。

「僕が相手をして上げますよ。」

そういって、清四郎が目の前の少年を倒したのはほんの一瞬の出来事だった。

漸く片付いたあと、

「おまえ、そんななら初めからやっとけよ、この横着もの!!」

「おや、悠理の楽しみをとってはいけないと思ったんですがね。」

そう話す2人が、絡まれていたほうの少年に声を掛けた。

「大丈夫だったか。」

その悠理の言葉に、少年はほんのり頬を染めて答えた。

「ハイ、大丈夫です。」

そう話す少年は黒に近い栗色の髪と薄い色の瞳、それに白い肌が印象的な少年だった。

ハーフだろうか。

美童に負けないくらいに整った顔立ちの少年だ。

「ありがとうございました。」

と何度も6人に挨拶をした後、夜が迫る町へと消えていった。

一騒動の後、久々の6人で過ごす夜は楽しく、あっという間に時間は過ぎていった。

遊びつかれた清四郎と悠理が、剣菱邸についたのは日付が変わった後だった。

吸い込まれるように、ベットに沈んでいく2人。

アルコールと清四郎の香りの中、悠理は夢の中へと落ちていった。

翌朝、目を覚ますと時計の針は9時を少し回ったところだった。

「目がさめましたか?」

なんとも優しい声に、頷いて返事する。

まだ眠い目をこすりながら、彼の胸に頬擦りをした。

「 ・・・おはよ、せーしろ。」

「おはよう、悠理。」

 

あの日から何度めかの穏やかな朝

幸せな時間

 

猫のように大きく伸びをした彼女がガウンへと手を伸ばした。

しかし、その上には小さな小箱が・・・

「なんだ?これ。」

そういって手にとった悠理に清四郎が声をかけた。

「開けてみてください。」

嬉しそうな、楽しそうなその声。

その声に振り返りながら

「せーしろーからか?!なんでだ? 今日はなんかの日か?? うぅ〜ん、誕生日じゃないし、ひな祭りはすんだし・・・・・」

ぶつぶつといいながらリボンを解く悠理の頭には、ホワイトデーのことはないようだ。

仕方がないのかもしれない。

去年までは、その日は彼女にとってもらえる日ではなく、返さなければならないめんどくさい日だったのだから。

漸く包みを開けた彼女の目に飛び込んできたのは、綺麗な指輪。

ジュエリーAKIの箱の中からあらわれたのは、プラチナになんとも綺麗なサファイアの埋め込んである指輪であった。

悠理がそれを手にとった。

その宝石に目を奪われる。

「きれーだなぁー。」

そういって釘付けになっている彼女の手から指輪を持ち上げた。

悠理の視線は清四郎とそれを交互に追う。

そんな彼女の指をとり、白い指へと滑らせた。

「 ・・・ 気に入ってくれましたか。」

「この宝石の持つ意味は誠実です・・・ 僕の気持ちを込めました。」

ゆっくりと話す清四郎をジッとみていた悠理の瞳が驚いたように一瞬大きくなった。

そうして彼女の瞳から一筋の雫が零れる。

その指に輝く宝石に負けないほど綺麗に光ながら。

清四郎の指が悠理の髪を優しく撫ぜる。

「ホワイトデーのプレゼントです。受け取ってくれますか?」

言葉も出せずただ頷くだけの悠理に彼は特別な笑みを返した。

それは悠理しか知らない微笑。

大事なものを触るように清四郎が彼女の涙を拭っていく。

「 ・・・・ あ、 あんがと ・・・」

漸くそう返事した彼女の額に彼がキスをおとした。

そうして始まった2人のはじめてのホワイトデー。

 

 


 

 

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