バレンタインのプレゼント 

   にゃんこビール様 


 

今日は2月14日
すっかり日本の国民的行事になったバレンタインデー。
愛を告白する者、義理立てする者、自分にご褒美する者…
兎にも角にも、女性にとっては一大イベントなのである。

もちろん聖プレジデントの貞淑なお嬢様たちも例外ではない。
恥じらいながらも告白をするものもいるが、大半が憧れである有閑倶楽部の面々に
プレゼントを献上する。
今年も部室はチョコレートやプレゼントであふれかえっていた。
「今年は一段とすごいですわね」
小さいため息をして野梨子は呟いた。
「今まではできるだけ丁重にお断りしていたんですが…」
「受け取らないのは礼儀知らずだって誰かさんが怒るからさ…」
清四郎と魅録の視線に気が付いて可憐は反論した。
「当たり前でしょ。女の子の気持ちを無にするなんて男として最低よ!」
女の子たちの想いを代弁した可憐だったが、まさかこうまですごくなるとは思わなかった。
なにしろ来月には卒業をしてしまう彼らへの気持ちは並々ならぬものだ。
カチャ、とドアが開き、両手にプレゼントや花束を抱えた美童が入ってきた。
「歩くたびに女の子たちに呼び止められてさぁ〜、大変だったよ」
困っちゃう、と言いながら顔はまったく困ってない美童を無視して4人はプレゼントの山を
清四郎、魅録、美童、そして悠理と書いた段ボールに分け始めた。
「そういえば俄然トップの悠理はどうしたの?」
可憐はふと手を止めた。
「あー…、なんだか下級生に追いかけられてたぜ」
ほい、美童、とプレゼントを投げながら魅録が答えた。
「ちょっ…魅録投げるなよ!って悠理がまたトップなわけ?」
ムッとしながら美童も仕分けに加わった。
「動物を餌付けするのは一番の利口な方法ですわ」
これは清四郎ですわね、と野梨子は小さい包みを清四郎の段ボールに入れた。
「噂をすれば…やってきましたよ」
仕分けの手を止めず、清四郎はチラリとドアを見た。
ドドド…という足音が近づき、バーンと勢いよくドアが開いた。
「キシシシシ… 見て!またこんなにもらっちゃった」
喜色満面の悠理、遅れての登場である。
「…またもらってきやがったぜ」
魅録はこめかみを押さえて小さく頭を振った。
「悠理も一応!女の子なんだから、貰うばっかりじゃなくって誰かにプレゼントしたらどうなのよ」
半ば呆れながら可憐は悠理をキッと睨みつけた。
「あげるよ」
悠理の発言に全員ぴたりと手を止めた。

「ゆ…悠理、今なんて言った?」
聞き間違えかと美童は長い髪を耳にかけた。
「だーかーらー!バレンタインだろ?あげるって言ったの!」
ふんっと鼻息荒く悠理は答えた。
「お…お前が?チョコを?」
まるでお化けを見るように魅録は顔面蒼白。
「それがさ、チョコだめなんだって。だから何にしようか考え中なんだぁ…」
そう言いながら頂いたチョコを早速開けてをポイッと口に運んだ。
「し…知りませんでしたわ。悠理に思いを寄せる殿方がいたなんて…」
ほほほ、と野梨子は力無く笑った。
「みんなよく知ってるよ」
悠理はバリバリと次の包みを開けながら平然と答えた。
「だっ、誰!誰なのよっ!」
可憐はストレートに悠理に質問をぶつけた。
「えー…とぉ〜、小さい頃からの付き合いで、ずーっと一緒で、ケンカもたまにするし、
 だけど困ったときは助けてくれて…、これからもずーっと一緒にいたいヤツ」
悠理はほどいたリボンをくるくると指に巻き付けながら答えた。
まるで“恋する乙女”そのものである。
彫刻のように固まった5人は悠理をじっと見つめた。
「私たちが知ってて…」
「小さい頃からの付き合いで…」
「ケンカもするけどずっと一緒で…」
「困ったときは助けてくれる…?」
可憐、野梨子、魅録、美童の目だけがゆっくりと一点に集中した。
そこには驚愕と困惑と歓喜が入り交じった清四郎が固まっていた。
「…清四郎のことですの?」
野梨子は両手で頬を押さえた。
「他に思い当たらないぜ…」
魅録は震える手で煙草を口にくわえた。
「しかし悠理がこんな形で告白するとはねぇ〜」
うんうん、と訳知り顔の美童は頷いた。
「バレンタインって好きな人にプレゼント渡す日なのよ?わかってる?」
悠理に誰かにプレゼント渡せと言ったくせに可憐は悠理を諭した。
「そんなもの知ってるよ。好きだからあげるんだいっ!」
悠理はキッパリ断言した。
野梨子は両手で口を押さえ、魅録はポロリと口から煙草を落とし、美童は声を詰まらせ、
可憐は口の端を引きつらせた。
そして4人はゆっくりと唯一の該当者で、公明正大に好きだと告白された男を見た。
さっきまでの驚愕と困惑は消え、やけに自信満々で悦に入った清四郎が仁王立ちしていた。

清四郎は「どうしようかな〜」と考え込む悠理の隣に座った。
「そうですねぇ。甘いものは嫌いではないんですが…」
いっしょに悩むふりをしているが清四郎の口元は若干緩んでいる。
「清四郎も考えてくれる?」
清四郎の言葉に悠理はパッと顔を明るくした。
「ええ。少しでも悠理の気持ちに応えたいですからね」
コホン、と清四郎は頬を染めて咳払いをした。
「やっぱ好物かなぁ。でも何が一番好きが思い付かないんだよねー」
悠理は頬杖をついて考える。
「そうですね…いざ一番好きなものと言われると困りますね」
清四郎もいっしょに頬杖をついて考える。
「刺身かな〜」
ぽつりと悠理が呟いた。
「さ、しみ?ですか…」
聞き返す清四郎に悠理は毅然と答えた。
「刺身を目の前にしたときの目の色が違うんだから!」
悠理はビシッと人差し指を立てた。
「確かに好きですが、目の色変えるほど表情変わりますか?」
清四郎はふむ、と顎に手を当てて考えた。
「清四郎は見たことないだろうけど、全然違うんだぞ」
鏡を前にして食事をしたことがないので自分がどんな表情をしているかは確かに知らない。
「そうでしたか。いや、知りませんでした」
清四郎は悠理の言葉に深く頷いた。
「あたいは子供ん時からずーっと見てるんだからなっ」
悠理は小さく唇を尖らせた。
こんなにまで悠理が自分のことを見ていたなんて、清四郎は一種の感動を覚えた。
そんなふたりのやりとりを黙って見ていた4人の頭上に“?”が沸き上がってきた。
「ねぇ、清四郎ってそんなに刺身好きだったっけ?」
可憐は野梨子にそっと聞いた。
「おばさまから清四郎の好物は“ひじき”だと聞いてましたわ」
まさか自分の息子が刺身を前にすると目の色を変えるとは、母親も気が付かなかったのだろう。
「ぼく…、バレンタインに“刺身”も“ひじき”もいやだな…」
プレゼントを開けたところを想像して美童は頭を振った。
「どっちにしてもバレンタインじゃねーな」
うんうん、と魅録も頷いて同調した。
「よし!帰ってさっそく料理長に頼まなくっちゃ」
プレゼントが決まった悠理は元気よく立ち上がった。
「悠理、寒ブリも頼みますよ」
何気なくリクエストする清四郎。
「おう!任せておけぇいっ!」
ニカッと悠理は笑い、清四郎に向かってVサインをした。
「悠理も色々と支度があるでしょうし、何時頃お邪魔したらいいですか?」
にこやかに聞く清四郎に悠理はキョトンとして聞き直した。
「え?なんで清四郎くるの?」
ずいぶん素っ気ない悠理の言葉に幾分むっとしながら清四郎は笑顔を崩さなかった。
「せっかくですから、新鮮なうちがいいでしょう?」
バレンタインゆえに清四郎のところに届けたいだろうが、プレゼントが刺身となれば
鮮度が命、さばいたところで食するのが一番だ。
「それはそうだけど…」
いまいち釈然としない悠理の肩を清四郎はポンポンと叩いた。
「用意ができたら連絡下さい。あ、僕がもらったチョコは全部悠理にあげますよ」
「あ…うん。ありがと」
曖昧に返事をした悠理の頭上にも“?”が浮かんできた。
「それじゃみなさんお先に失礼します」
スタッと右手を挙げて清四郎はご機嫌よろしく部室から出て行った。
残された5人は呆然と見送った。

「何でタマにプレゼントするのに清四郎が家に来るんだろ…」



一瞬の静寂。
「えええっ!」
美童は顔を真っ赤にして叫び、
「タ、タマにプレゼントする話だったわけっ?」
可憐は両手で頬を押さえた。
「そうだよ。最初っから言ってるじゃん」
悠理は悲鳴に近い叫び声のふたりを見た。
「そーだ!清四郎も来るみたいだし、みんなも来いよ!舟盛りパーティしようよ」
悠理は名案とばかりに手を叩いた。
「いや…俺は遠慮する。清四郎の惨めな姿は見たくないぜ」
魅録は新しい煙草に火を付けた。
「清四郎が真実を知った時のことを考えただけで、ぞっとしますわ」
青ざめた野梨子は自分の腕をさすった。
「私もパス!今日はバレンタインだもの!」
可憐も咄嗟に×印を腕で作った。
「ぼくも、ぼくも!デートだから絶対に行かないよ!」
美童もブンブン首を振った。
「なんだよ〜。清四郎もみんなもヘンなのー」
悠理は清四郎から譲られたチョコを食べ始めた。
「ひゃ〜、美味〜い!こんな美味いもんくれるなんて…ホント、清四郎っていいヤツだなぁ〜」
そんないいヤツを思いっきり誑かしている悠理を4人は心配そうに見つめた。

「タマ!それは僕の分ですっ」
「フゥーーーーーーーーーーッッッ」
刺身の舟盛りを間に殺気立つ清四郎と多満自慢が毛を逆立てて睨み合っていた。
「清四郎!なにやってんだよっ」
悠理は家に来るなりタマにケンカをふっかけた清四郎を止めに入った。
今まで見たこともないオーラを放ちつつ、清四郎は悠理に宣言した。
「いくらタマとはいえ、悠理が愛する僕のために用意した刺身を一切れたりとも譲れません!」
「なっ…☆▲○※!!!」
清四郎の言葉に悠理は言葉を失った。
バレンタインの日に、清四郎から愛の告白をされ、今まさに愛猫と一触即発。
「この寒ブリは僕がリクエストして悠理が僕のために(←ここ強調)用意したんですからっ」
血走った清四郎と争うのもばかばかしくなったタマはひとつ鼻息をならして部屋を出て行った。
それまで蔑んだ目でみていたフクも後を追って出ていった。
残されたのは舟盛りと真っ赤な顔の悠理としたり顔の清四郎だけになった。



今日はバレンタインデー。
一応女である剣菱悠理にとっても一大イベントの兆し。


 

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