(顔を見てから帰りますか) 清四郎は忙しくて一緒に帰れなかった悠理の家へと向かっていた。 明日の土曜日はデートの約束をしているので、一晩待てば会えるのだがそれがどうも待てないのだ。
剣菱邸の悠理の部屋のドアをノックする。 「悠理、いますか?」 当然、かえってくると思っていた返事が無い。 「悠理、入りますよ」 あけたドアから見た部屋の中に悠理の姿はなかった。 どこにいったのかと肩を落とす清四郎の耳に大きな物音とともに悠理の声が聞こえてきた。 それも、彼女がいるはずの無い厨房の方からだ。
ガッシャーン 「うわぁ わりー」 「おっお嬢様!」 声のする厨房をのぞいた清四郎はおもわずかたまってしまった。そこには、エプロン姿の悠理がいたのだ。それを取り囲むのは剣菱家のシェフたちである。 厨房からはいい香りがしてきている。 少々、いやかなり信じがたいが、どうやら悠理は何かを作っているようだ。 シェフが何か話すたび真剣にうなずき、手を動かしている。 あまりに一生懸命で、とても清四郎には気がつかないようだ。 すると、清四郎にきづいた料理長がすっと悠理の傍を離れてこちらに歩いてきた。 「お嬢様をお呼びしましょうか?」 「いえ、一生懸命しているようなのでいいです。」 そういって、悠理を見る清四郎に料理長が話を続けた。 「お嬢様がお弁当を作りたいっておっしゃったときは驚きました。いくら私たちがお作りしますと申し上げても、ご自分で作ってみたいとおっしゃって。でも、最初から全部を作るのは少々難しいので、明日の分は数品だけがお嬢様の手作りの品となるのですが、あのお嬢様があんなに夢中で作ってらっしゃるんですよ。召し上がられる方はとても幸せな方だと思います。」 それは、自分にむけられている言葉なのだとすぐに分かった。 話にでた「明日の分」の弁当とは明日のデートの為の物だろう。 たとえ数品とはいえ、あの悠理だ。「悪戦苦闘」している姿が容易に目に浮かぶ。 自分に食べさせるために、一生懸命料理を習う悠理の気持ちが嬉しくて思わず口元が緩む。二人きりなら思い切り抱きしめたいところだ。 清四郎が色々思ってる間に、厨房は一段落ついたようだ。 気づかれないように後ろからゆっくり近づき声をかけた。 「何してるんですか?」 「ぬわぁ〜 おっおっおまえ★○×▲・・・」 「ちょっと顔をみに寄っただけなんですがね。いい匂いがしますね〜、この鍋からですか?」 「うゎぁ〜 さわんな!」 「おや、じゃあ、こっちならいいですか?」 「どゎぁ〜 開けんな!!」 「じゃー これは?」 「みっみるなーーー!!!」 この上なく大きな声で叫ぶ悠理は今にも暴れ出しそうだ。 もう少しエプロン姿を見ていたいと思う気持ちを抑えて 「明日は 晴れるといいですね」 と、頭をなぜて厨房を後にした。 明日、お日様の下で広げられるであろう悠理の力作を楽しみにして・・・
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