PINKY

   BY のりりん様

 ご褒美



PINKYの活躍は悠理達が姿をあらわした後は一層すごいものとなり、そのプリンセス
の話題は相変わらずたえることがなかった。
そうして世間の注目のまととなり、すっかりPINKYの顔として定着した悠理も大学生
活最後の年を迎えていた。
仲間達とは相変わらずながら、徐々に皆忙しさをましているように思えた。
なかでも、PINKY以外の剣菱の事業にもかかわっている清四郎は万作や豊作と一緒に
出かけることも多くなり、一人残される悠理は暇をもてあますことも多くなってい
た。
そんなある日・・・・・
自宅の中庭でただただ暇な時間が過ぎてくれるの待つように、日向ぼっこをしていた
彼女にある人が声をかけた。
「お嬢様、退屈されてるんですか?」
とても優しい声でそう話したのは、剣菱邸の料理長であった。
小さいころから、食いしん坊の彼女においしいものをたくさん作ってくれる彼を悠理
はとても大好きだった。
料理長も令嬢ながら良く懐いてくれ、自分の作った料理をとてもおいしそうに食べて
くれる彼女が、自分の子供のように思えて、可愛くてしかたなかった。
「まぁな、料理長こそどうしたんだ?」
「いえ、この間からお嬢様がこうしていらっしゃるのをよくお見かけするもので今日
は暇つぶしのお誘いにきたんです。」
その言葉に悠理の顔がパッと嬉しそうにかわった。
「なに?なにすんの?ねぇ、ねぇ?」
楽しみな気持ちがあふれ出たような顔で話す悠理に料理長も思わず笑みが零れる。
なんとも可愛いことだ。
「いえね、おやつを一緒につくりませんか?」
「お、おやつー?あたいがか?」
「はい。」
「あ、あたいには無理だろー?」
「いいえ、大丈夫です。この私がついておりますし、それに・・・」
「それに?」
「おいしいご褒美付きの暇つぶしなんてそうありませんよ。」
その料理長の言葉に悠理の目が光った。
(そうか、そうだよな。料理長がついてるんだし、うまくいけば出来立ておやつ食べ
放題だもんな。)
「よし、わかった。」

********************


普段はバカだ、単純だ、といわれてる悠理でも食べることだけは別である。
おいしいものを食べたい気持ちは人一倍強いし、勘のよさも天下一品だ。
それに教えるのは彼女を小さいころから見てきたこの家の料理長。
出来ないはずはないのだ。
卵を割ったこともないのではないかと思われる彼女だったが、その素直な性格が救い
となり、料理長が丁寧に教えることをそのままその通りやっていく。
そして、素材が次々に形を変えていく度に、悠理の表情もくるくる変わる。
それこそ、卵が上手に割れるだけで、生クリームがツンとあわだつだけで、嬉しさに
声が出て、笑顔がこぼれる。
いつもは厳しい声も飛び交うこともある厨房がなんとも明るくにぎやかになった。
悠理がいるだけで。
彼女の一喜一憂する姿に、料理長達のように昔から彼女を知る者達は優しい眼差しを
向け、若いシェフはその綺麗な笑顔に頬を染めていた。
素直で無邪気、欲望に忠実でおいしいものに目がない彼女は料理長とシェフ達に教わ
りながらご褒美つきの暇つぶしを思う存分楽しみました。
出来上がるころには『おやつ』の時間はとっくに過ぎていたのだが。

清四郎が剣菱邸に帰ると、部屋に悠理の姿はなかった。
メイドに尋ねると厨房にいるというのだ。
何をしてるのかと思いながらのぞくと、オーブンの前で嬉しそうな顔をしている彼女
が目に入った。
つまみ食いでもしてるのかと思いながらも、声をかけてみる。
「悠理、なにしてるんですか?」
「おぉー、せーしろ!早く、早く見ろ!!」
そういって悠理が指差す先には型に入ったままのシフォンケーキがおいしそうに湯気
を上げていた。
「いい香りがすると思ったら。これはおいしそうですね。」
「ほんとか?ほんとにそう思うか?」
なにやら真剣に聞き返す彼女に返事を返した。
「えぇ、おいしそうだと思います。」
「やったー!!!」
清四郎の答えに悠理は飛び上がり抱きついてきた。
シェフ達もなんだかニコニコしている。
しかし、清四郎一人なんだかそのわけがわからない。
とにかく彼女がとても喜んでいることだけは確かだ。
「せーしろ。これな、あたいがつくったんだ!」
「悠理がですか?」
信じられないと言うような顔の清四郎に悠理は訳を話した。
退屈していた彼女を料理長が暇つぶしに誘ってくれたこと、ご褒美つきのそれはとて
も楽しかったこと、そして御機嫌の彼女は清四郎がおいしそうと言ってくれたのがす
ごく嬉しかったことも付け加えていた。
きらきらして瞳で話す悠理に清四郎の顔もほころんでいく。
その顔を見ているだけでどんなに楽しい時間だったのかが十分伝わってくる。
見られなかったのが残念なくらいだと思うほどだ。
そんな微笑みあう二人に料理長が声をかけた。
「ケーキは少し冷ます時間が要りますのでその間に夕食のご用意をしましょうか?デ
ザートまでには冷えてると思いますので、今日のデザートはお嬢様の初めて作られた
ケーキでいかがでしょうか?」
「た、食べれるかなぁ〜。あ、味とか大丈夫かなぁ〜」
「大丈夫です。私が保証いたします。」
料理長にそういわれて彼女は笑顔を返した。
「料理長、今日はありがと。すんごく楽しかった。また誘ってよ、ご褒美つきの暇つ
ぶし。」
「えぇ、いつでも。こちらこそとても楽しかったです。次は何を作りましょうか?」
とても優しい声でそう話す料理長に悠理は
「なんでもいいじょ。こんなに楽しいなら。」
そう笑顔で答えた。
その日のデザートは悠理の初めて作ったシフォンケーキ。
綺麗にお皿に載せられたそれを清四郎が口に運ぶ。
「ど、どうだ?」
心配そうな彼女に笑顔を返す。
「おいしいですよ。これ、ほんとに悠理が作ったんですか?」
「ほんとにつくったわい!!」
怒りながらも嬉しそうな彼女はその日から暇な時間を厨房で過ごすことが多くなった

悠理が厨房に来たときは、そのとき手の空いているものが彼女に教えることになって
いた。
料理長がしていたように、丁寧にゆっくりと。
それを悠理が素直に言われたとおりにしていく。
おいしいご褒美を目指して。
楽しいご褒美つきの暇つぶしで憶えたメニューはいつの間にかおやつだけではなく、
一般的な家庭料理にまでおよんでいた。
料理の本も何もないけれども皆の言葉を素直に行動に移す悠理の腕前はメキメキ上達
していった。
それにおいしいものをよく知っている彼女のこと、そのどれもが絶品。
清四郎以外には食べさせたことがないのがもったいないくらいだった。
彼女が厨房に立ち何か作るとその度に、清四郎に嬉しそうにその様子を話してくれ
る。
今日のはこうして作ったんだとか、包丁も上手くなったんだとか。
清四郎はそんな悠理をとても幸せそうに見つめて話を聞く。
そして、彼女の暇つぶしの 『ご褒美』 を2人で一緒に食べる。
2人の楽しい時間。


悠理は気付いているのだろうか?
こうして夢にさえみれなかった彼女の手料理を2人で食べることが、この幸せな時間
が、清四郎にとっての何よりのご褒美だと言うことを・・・

 

 PINKY