PINKY

   BY のりりん様

しあわせ


悠理が楽しみに、楽しみにしていた12月24日がやった来た。
彼女にとってはクリスマスイブだと言うことよりも、清四郎がこの日からお休みにな
るということのほうがうれしかった。
自然と顔が緩んでくる。
清四郎とて、そんな悠理を見ていると笑顔になってくる。
そんな清四郎を仕事へと送りだすと、悠理は大急ぎで部屋を出た。
あいつはお昼過ぎにはかえってくる、それまでには絶対に仕上げなくては。
それは、清四郎にはまだ内緒のもの。
後でビックリさせてやるつもりなのである。

清四郎が帰るまでに目的のものを仕上げ、それが彼にばれない様にシャワーを浴びて
部屋着に着替えると予定より早く清四郎が帰ってきた。
何とかばれずに間に合ったことにホッとして笑みが浮かぶ。
「おかえり。早かったなぁ〜。」
「えぇ、今日のことは僕も楽しみにしていましたから。」
そう言って清四郎は悠理の頬にキスをすると、二人のクリスマスが始まった。

**********************

2人はイブの町へと出かけていた。
『悠理のお好きなように』 彼のその言葉を聞いて目を輝かせた悠理が普段は出かけ
たがらない清四郎にお出かけをねだったのだ。
だが今日の彼は、不機嫌になるどころか実に機嫌が良かった。
もちろん、隣にいる悠理は超ご機嫌である。
スカートにブーツ、それにあったかそうなコートを羽織った彼女は、彼のためにほん
のりメイクもしている。
そして、そんな彼女は今日のお出かけがよほど嬉しかったのか、手を繋ぎ、腕を絡め
上目使いで色々話し掛けてくる。
 次々に
 にこにこと
それはもういつも以上に、ほんとに楽しそうである。
そんな彼女の顔を見ていれば清四郎が不機嫌になるはずなどなかった。
たとえいつものように周りが悠理に見蕩れ、振り返っていても。
2人は早めのディナー済ませ、クリスマス一色の夜の街を楽しんでいた。
イルミネーションのなかを仲良く歩く2人に、、ひときわすごい人だかりが目に入っ
た。
それは、PINKYのショップだった。
その店の近くまで来ると、悠理が立ち止まった。
今まで一度も来ることのなかったその店に、彼女の視線が向けられる。
店の中では何組ものカップルが買い物を楽しんでいた。
そしてあの人だかりは、この時期、各ショップだけに張り出されているクリスマスの
期間限定のポスターを見上げる人たちのものだった。

そのポスターには、真っ白いシャツを身に付けた2人がいた。
開けられたシャツの隙間から、鍛え上げられた胸元ののぞく男に後ろから包み込まれ
るように抱きしめられるPINKYのプリンセス。
彼女にまわされた男の腕には、プラチナのバングルと指輪が光っている。
そんな逞しい腕に愛しそうに絡みつく彼女の白い手にもそれと同じものが。
そして、彼を見上げるように少し上を向く彼女の顔は・・・・
 ほんのり染まったピンク色の頬
 幸せが零れ落ちそうな微笑

いつも話題になるPINKYのことだが、あのPINKYのプリンセスが頬を染め、幸せそうな
笑顔を見せるこのポスターはクリスマスの期間だけしか見れないとあって、かなりの
騒ぎとなっていた。
そのうえ、このポスターは、以前のように盗まれないために、PINKYの各ショップ
と、バングルや指輪を同じように販売しているジュエリーAKIでしか見ることは出来
ないのである。
そうなると、騒ぎに一層拍車がかかる。
ポスターの前にはすごい人だかりとなっていた。
もちろんモデルは清四郎と悠理である。
いつものように悠理の注文で彼の顔が全く写っていないのが残念なくらいなこのポス
ターは早くもプレミアものでなんとか手に入れようと世間は躍起になっていた。
当然2人がしているバングルと指輪はものすごい人気となり、各ショップとも発売と
同時にほぼ売り切れの状態になっていた。
イブの夜、自分達のポスターの前で騒ぐ人たちを悠理は黙ってじっと見ている。
しばらくするとそんな悠理を黙って見ていた清四郎が、彼女を包み込むように後ろか
ら抱きしめた。
まさにあのポスターのように。
悠理が彼だけのものだと確かめるように。
街なかでこんなことをしたら照れまくる彼女も、今日はじっとしている。
まるでそうされることが当たり前のように。
待っていたかのように。
そんな悠理を清四郎がそっと覗き込んだ。
「・・・あのPINKYのお店に入りますか?」
その言葉に悠理は瞼をふせると、そのまま首を横に振った。
清四郎の腕の中で、ふわりと髪が揺れる。
「せーしろ。PINKYってすごいな。あそこの店にいる人たちってさぁ、皆嬉しそう
で、きらきらした目してるもんな。」
「そんなPINKYに関われて、あたいは幸せもんだよな。」
彼女のその言葉を清四郎は静かに聞いていた。
その横顔に見蕩れながら。
これだけ世間で騒がれれば有頂天になってもおかしくないのに、彼女にはそんな所は
まったく感じられない。
まったくの自然体。
「そうですね。僕もそう思いますよ。」
清四郎のその言葉で悠理はようやく視線を彼へと移した。
町のライトが悠理の艶やかな頬を照らす。
彼の腕の中の彼女はポスターの中よりもはるかに綺麗な微笑みを清四郎に向けた。
「帰るか!」
悠理はそういって今度はにっと笑うと腕の中からするりと抜け出し、清四郎の手を掴
んだ。
彼も優しい笑みを返す
「もう、いいんですか?イブの夜はまだ終わってませんよ?」
そういう清四郎に悠理は
「おまえに見せたいものがあるんだ!!」
そういってたのしそうな顔をしてその手を引くと、迎えの車を呼んだ。

車に乗り込むと、わくわくしているような悠理に清四郎が
「見せたいものってなんですか?」
「まだ内緒だよ。」
そういって悠理は ふふ〜ん と楽しそうに笑った。
車はクリスマスのイルミネーションの中を剣菱邸へと走っていく。
静かになった車内で悠理が清四郎の袖を引いた。
「せーしろ。今日は楽しかった。ありがと。」
そのまま照れたように彼の肩に凭れた悠理を清四郎がそっと包んだ。
「また、出かけましょうね。」


悠理は部屋へつくなり、清四郎に「ちょっと、待ってろ。」 と言い残して慌てて飛
び出していった。
世間が大騒ぎするPINKYのカリスマモデルもなんとも騒々しいことだ。
清四郎は言われたとおりソファに座って待っていると、ワゴンを押した彼女が部屋へ
と帰ってきた。
その上には・・・・ブッシュドノエルが乗せられていた。
「ほぉ〜、悠理が作ったんですか?」
「へへ〜、びっくりしたか?」
そういって悠理はテーブルにそれを下ろすと、きれいに皿にとり清四郎に差し出し
た。
「今年の初クリスマスケーキだ。食おうぜ!!」
「初って幾つも食べる気ですか?」
そういいながらも嬉しそうな清四郎が一口それを口に運んだ。
悠理がそれを見ている。
「どうだ?」
「いつもながら、おいしいです。」
そういって微笑む清四郎に彼女は極上の笑顔を返した。
そうしてふたりで彼女の力作を食べていると、清四郎が
「悠理にこんな素敵なクリスマスプレゼントもらったら、今度は僕の番ですね。」
そういって清四郎はポケットから小さな箱を取り出すとテーブルに置いた。
リボンのかかったそれを悠理の前へと差し出す。
「開けてみてください。」
そういわれて悠理が箱を手に取った。
「おまえ、今年のクリスマスはなんもプレゼントいらないって言ってたからあたい何
も用意してないじょー。言ってくれればあたいもなんか用意したのに・・・・・」
ぶつぶつ言いながらもリボンを解くと、そのジュエリーAKIの箱の中からあらわれた
のは、とてもとてもきれいなダイヤの指輪であった。
今まで文句をいってた彼女が黙り込んだ。
俯いたままじっと箱の中の指輪を見ている。
「クリスマスプレゼントではないんですが・・・・・その・・・・」
「悠理、僕と結婚してくれませんか?」
その声に悠理が驚いたように顔をあげた。
きれいな瞳が見開いて彼を見ている。
「せーしろ。その声・・・」
彼の声がいつもの自信満々の声ではなく、かすかに震えているように思えたのだ。
悠理のその言葉に清四郎は コホン とひとつ咳払いをした。
「・・・僕だって緊張しますよ。大抵の事は予測できるんですがおまえだけは僕の予
想の範囲を大きく超えることもあるんで・・・その・・・緊張くらいします。でも・
・・」
「僕はおまえといたいんです。・・・一生、一緒にいてくれませんか?」
清四郎の言葉を黙って聞いていた悠理が再びゆっくりと俯いた。
静寂が部屋を包む。
クリスマスイブの夜。
しばらくすると、俯いたままで悠理がすうっと息を吸い込んだ。
「・・・あたいでいいのか?」
今度は彼女の声が震えていた。
悠理は顔をあげることもなく、下を向いたままそう清四郎に聞いたのだ。
「悠理がいいです。」
清四郎が真っ直ぐに悠理を見てそう答えた。
その言葉に、俯いていた彼女の視界がにじんでいく。

幸せのかけらがひとつ彼女の瞳から零れた。

流れる透明な雫が悠理の頬を伝い、彼からのダイヤの指輪に落ちた。
ゆっくりと彼女が顔をあげる。
滲んだ視界に、まっすぐにこっちを見る清四郎が映った。
彼の大きな手が悠理の涙を拭う。
「結婚、してくれますか?」
その言葉にようやく悠理は大きく頷いた。
「・・いいよ。」
涙声の彼女を清四郎の黒い瞳が優しく見つめている。
濡れた頬を拭い、髪を撫ぜながら。
「一生一緒にいてくれますか?」
そんな彼の言葉に泣き顔のまま悠理が腕の中に飛び込んできた。
「おまえこそ・・・」
「僕は離しませんから。絶対に。」
そういって彼女をぎゅっと抱きしめ、その髪にキスをした。
腕の中の悠理は彼に凭れている。
温かい空気が二人を包む
腕の力を緩めると、涙のあとの残る悠理がゆっくりと上を向いた。
その頬に清四郎の温かい手が触れた。
「幸せにします、必ず。愛してます、悠理」
そういって彼は愛しい人に口付けをした。

PINKYのポスターのなかから幸せを降らせていた2人が新しい関係の一歩を踏み出し
た夜、悠理の指には清四郎の想いの詰まった指輪が光っていました。


 

 PINKY