PINKY

   BY のりりん様

人の噂話や悪口が好きな人というのはどこにでもいるものである。
それが上流階級と呼ばれる人たちの社交の場であろうとも。
いや、そういう場でこそ多いのかもしれない。
だが、聞き流せるものとそうでないものがある・・・・


うわさ


PINKYのプリンセスとなって少しは服装の趣味も落ち着いたかに見える悠理は今日は
有閑倶楽部の面々とあるパーティーに出席していた。
剣菱関連のこのパーティーにはもちろん彼女の両親も出席している。
その両親に忙しくあちこちに連れまわされていた悠理がようやく仲間のところに帰っ
てきた。
「ふわぁー、やっと終わったじょ。」
そういって表情を緩める悠理に仲間が声をかけた。
「疲れましたでしょう。」
「今日は割りと多かったわね。」
「いつもながら大変だね。」
「ほんとだよな。」
そんな仲間の後ろから彼が飲み物を差し出した。
清四郎である。
「おつかれ。」
そういってむけられた笑顔に悠理の顔にも笑みが戻る。
「さんきゅ。」
そういって仲間たちと楽しい時間が始まる。
そのはずだった。
しばらくたわいもない話を楽しんでいた6人にある男が声をかけた。
在り来たりの挨拶と幾つかの社交辞令を述べた後、その男は清四郎の方を向いた。
「悠理さんとの婚約は解消されてなかったんですね。まぁ、剣菱の身代を手に入れら
れる絶好のチャンスを逃すようなバカな男ではないと思ってましたけどね。」
その男は紳士的な笑顔でそういった後、倶楽部の仲間達が口を開く前にその場を離れ
た。
清四郎と悠理も何も言い返さずにそれを見ていた。
この手の話は仲間達の耳にも嫌でもたくさん入ってきていた。
2人が互いを求める恋人同士となった今でも、剣菱の名のために悠理が清四郎を落と
したとか、逆に剣菱を手に入れるために清四郎が悠理を落としたんだとか。
そんな話を耳にするたびに、ばかばかしいと思いながらも許せない気持ちがこみ上げ
てくる。
言葉の刃に大切な2人が傷つけられるのが。
『言いたいやつには言わせておけばいい』
2人は口をそろえてそう言う。
だが、本心ではないことくらい分かりきっている。
なんともいえない空気の中、今度は悠理に一人の女性が話し掛けた。
確か・・・・・・さっき両親に連れまわされた時に見た中の一人だ。
(剣菱の関連会社の社長の娘とか言ってたな。)
とりあえず挨拶をかわし、適当に話を聞いておく。
年はそう変わらないように見えるものの、まるで雲の上から見下ろすようなその話し
方に、なんとなく話を聞いていた悠理もその周りにいた5人も嫌な気分になったころ
それは起こった。
「『剣菱』と言う名は才能のある男性にとっては魅力的ですものね。そのおかげで菊
正宗様ともご婚約できたのでしょう?まぁ、菊正宗様にとってはあなたは『剣菱』の
おまけかもしれませんけど。」
その言葉を黙って聞いていた悠理の肩がぴくりと揺れた。
6人の目の前では、何がおかしいのか口元に手を当ててその女は笑っている。
何も言い返さない悠理の変わりに何か言ってやろうとした可憐は、自分の隣に立つ日
本人形のような友人の雰囲気が変わるのをはっきりと感じた。
野梨子である。
その女への嫌悪感を示すように、彼女の眉間に皺が寄った。
黒い大きな瞳がすぅっと細められる。
真っ直ぐにその女を見たまま、彼女の白い手が口元に添えられた。
着物の袖がゆっくりと揺れる。
野梨子はクスリと声を漏らしたかと思うと、そのまま声をあげて笑い出した。
「まぁ、この2人が剣菱のために婚約をしたなんておかしなことをおっしゃいますの
ね。ひょっとして 『恋』 をされたことがないんじゃありませんの?」
笑いながらも、いつもとは違う一際大きな声でそういった彼女の目は少しも笑ってな
かった。
大和撫子を絵に書いたような野梨子の良く通る声に、有閑の仲間だけでなく会場中の
視線が向けられた。
しかし、そんなことで驚くようなら初めから言ってはいない。
野梨子が声に出して言ったのは、目の前にいるこの女にだけではなく大事な友人達を
そんな目で見るすべてのものにだったのだ。
そして・・・その想いは仲間達は皆同じだった。
野梨子の言葉の後は、清四郎と悠理のもう一人の女友達がしっかりと引き受けた。
「あら、そうなんですか?なんてさみしい。まぁ、恋をしたことがある人ならあの二
人のことがそんな風に見えるはずないですものね。」
野梨子と同じように、笑みをその顔に浮かべながら可憐はそういった。
はっきりと怒りの色をその瞳にのせて。
彼女達のあとは、清四郎と悠理の男友達が引き受けた。
「そっか、清四郎にとって悠理が剣菱のおまけなんておかしな事言うなって思ったん
だ。2人はこんなに素敵な恋をしてるのに気が付かないなんて。」
「まぁ、一回くらい誰かとしてみたら分かるんじゃないか?あいつらがどんな関係な
のか。」
響き渡るほどの声ではっきりとそう話す仲間達の顔を見たまま、悠理は固まってし
まっていた。
会場中の視線が向けられても、胸を張り堂々とそう言い切った4人。
そんな仲間が悠理に優しい視線を戻すと、ようやく彼女の口元が動いた。
「・・・・お・・まえ・・ら・・・・」
静かな会場の中でも消えてしまいそうな小さな声。
しかし、仲間たちが聞き逃すはずはない。
彼女の囁きに4人は、黙って笑みを返した。
そして、その後ろにはタキシード姿の清四郎が見えた。
真っ直ぐに悠理だけをみて微笑む彼を見て、涙が出そうになった。

なんて自分は幸せなんだろうと


悠理達にむけられた視線の中にはもちろん彼女の両親のものもあった。
初めは何事かと思っていた2人も、娘の友人達の言葉に事態を理解した。
彼らの言葉を止めることなどこの2人にかかれば何ともないことである。
しかし、2人は黙ってみていた。
万作も百合子も十分に知っていたのだ。
愛娘と清四郎に向けられた言葉にどれだけ2人が傷ついていたかを。

悠理はなんて幸せなんだろう。
こんな素敵な仲間に囲まれて。

なんともいえない表情をする娘の顔に万作も百合子も笑みが漏れる。
2人は視線を交わした。
泣き虫の娘が雫をこぼす前に後はこちらで引き受けてやろう。

静まり返る会場の中、悠理達の少し後ろから声が聞こえた。
「まぁ、あなた恋人を探してらっしゃるの?」
百合子の声である。
笑顔を浮かべて、いかにも驚いた様子の剣菱夫人の言葉にそれまで悠理達に向いてい
た視線が一斉に動いた。
「素敵な方が見つかるといいですわね。でも、あの子達ほどの恋はなかなか出来ない
と思うけど。」
「わしとかーちゃんほどもだがや。」
「まぁ、万作さんたら。」
そういって笑う2人に会場からも笑い声が聞こえた。
和やかな雰囲気をまとって歩き出す剣菱夫妻。
それに伴って会場も元の姿に戻っていった。
6人の前からはいつの間にかあの女は消えていた。

「あ〜、すっきりした!」
そういった可憐と、その言葉に口元から笑みの零れた野梨子の間に悠理だ飛び込んで
きた。
何も言わずただ抱きついてきたのだ。
一瞬 「キャッ」 っと声を出した二人だが、震える腕で2人に抱きつく、大事な女
友達の背中にそっと手を添えた。
そっとその背中をさすると、強がりで泣き虫のその友人が2人にこういった。

「・・・・・ありがと。」

その言葉に黙って2人が頷くと、悠理はようやく顔をあげた。
その瞳には涙の色が見えるものの、泣き顔ではなくとてもとてもきれいな笑顔でし
た。
そんな彼女達の様子を男達は黙ってみていた。
愛しい女達の素敵な笑顔を。
清四郎が魅録と美童の名を呼んだ。
「魅録、美童・・・・・ありがとう。」
そういった清四郎に2人は
「何言ってんだよ。」
「礼ならあいつらに言ってくれよ。」
そういった魅録の視線の先では、悠理と野梨子、可憐がなんとも楽しそうに話してい
た。
さっきまでとはまるで別人のような3人。
「全く、かないませんね。」
眉を下げ、そういった清四郎に残りの二人も口をそろえた。
「ほんとだな。」
「いい女達だよね。」
「3人ともね。」
そういって男達はグラスを合わせた。

 

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