授業が終わり、清四郎が生徒会室にやってくると、悠理がノートパソコンを前ににこにこと笑っていた。 「悠理、何見ているんです」 一ヶ月かけて、パソコンの使い方を悠理に教えた成果がでたかと清四郎が喜びながら覗きこむと、悠理は画面いっぱいに現れたお菓子の写真を指さした。 「清四郎、見てみろよ〜このケーキもうまそうだじょ」 ショッピングモールのサイトを開き、通信販売の洋菓子を前に今にも涎をたらさんばかりだった。 「この栗羊羹もうまそう〜モンブランもいいけど、和菓子もいいかもなっ」 「お前は、パソコンを使っても食い気が先に立つんですね。まあ、気持ちも分からないでもないですけれど。今は、ネットショッピングで厳選食材を買う人が増えてるそうですから」 とにかく、パソコンが使えるようになっただけ、悠理の頭も一歩進んだということだ。清四郎は悠理の頭をぽんぽんと叩いて、自分の席に戻った。 もうすぐ、他のメンバーもやってくるだろう。いつものように、可憐のお手製ケーキで、優雅な午後のひととき、となる。 目の前の画像より、いい匂いのする本物のケーキが出た瞬間、悠理はパソコンなんて放り投げてしまうだろうし。パソコンにはちゃんとセキュリティは施してあるし、ネットショップを見ている限りでは、悠理がパソコンを壊すことはさすがにない、と思う。 もし壊れても──魅録に直してもらえばいいことです。 清四郎はひとりごちて、読みかけの本を鞄から取りだして開いた。 本を読む清四郎の隣で、かちかちというマウスをクリックする音と、悠理が人差し指一本でぎこちなくキーボードを叩く音が聞こえてくる。 ややあって── 「あああっ! なんだよ、これっ!」 悠理の怒号が響き渡った。清四郎がびっくりして振り返ると、悠理はパソコン画面を前にして顔を真っ赤にしていた。ついで、ばたんっと、ノートパソコンを力任せに閉じる音が耳に突き刺さった。 「悠理! そんなに乱暴に扱って、お前はパソコンを壊すつもりですか」 思わず声が尖ってしまった。 「あ、あたい、何にもしてないじょ」 清四郎の剣幕に驚いたのか、悠理の顔が真っ青になっている。慌てて首を振ってるだけに、清四郎の不安は倍増した。 「悠理、まさか、ブラクラを踏んだんじゃないんでしょうね?」 「な、なにそれ」 「リンクに飛んだ瞬間次々とウィンドウが開いて、パソコンがフリーズするトラップのようなものです」 「それすると、大変なことになる……の?」 「最悪、パソコンが壊れます」 「ええっ! 清四郎……どうしよう〜」 「とにかく、パソコンを見せなさい」 つとめて平静を装いながら手を出すと、悠理は今にも泣き出しそうな顔でパソコンを差し出した。 画面を開いてみる。心配していたブラクラを踏んだわけではなさそうだった。インターネットのブラウザと、メールソフトが開いているだけだ。 別におかしいところはない。 「悠理、なにも問題はないじゃないですか」 「清四郎、よく見ろってば。あたい宛のメール。さっきそのサイトでフロマージュ・ショコラを買ったんだ。清四郎にこの前昨日教えてもらった通りに、ちゃんとやったんだじょ。なのに、注文はお受けできませんなんてメールが来たんだよぉ〜」 なるほど、確かに届いたメールには悠理の言うとおり書いてある。最後までメールを読んで、清四郎は呆れ顔で言った。 「悠理、最後まで読みましたか? お買い物合計は5万円までとさせていただきます、って書いてあるじゃないですか。ここで、一体いくら購入したんです?」 「えーとえーと……1万円くらいかな?」 ケーキの購入に1万もかけること自体驚きだが、悠理の計算が間違っていないならメールが間違っているということか。 「あたいのせいじゃないよな?」 悠理はそれでもおろおろしながら清四郎に尋ねた。 「ちょっと待って下さい……ああ、分かりましたよ。悠理、ここ以外にも何か買ってますね?」 「あー、うん。えっとぉ、おとついはザッハトルテだろー、それからミルクレープにぶどうも美味しそうだったから買っちゃったし、米沢牛のロースが5キロだろ。でもって、昨日はバフンウニと北海道のカニと……」 「一体どれだけのお金を使ったんですか!!」 あまりの量に眩暈を感じながら清四郎が言うと、悠理はけろりとした顔で答えた。 「さー? 覚えてないけど、10万は使ったかもな。でもさ、あたいの小遣いから出すんだから、清四郎に文句言われる筋合いはないじょ」 悠理は不満げにぷりぷりと言い返した。 「普通に店で使うなら僕も文句は言いませんがね、ネットショップで一度にそれだけのお金を使うのが驚きなんです。いいですか、カードを持ってないお前なら、決済手段として郵便振込やコンビニ振込を選んだと思いますけれどね、今さっきお前が貰ったメールの店は、ネット○○テクションズっていうシステムを使っているんです」 「なにそれ?」 「ネットショップにちゃんと明記してあったと思いますがね、お前のことだから読んでないんでしょう。ネットショップではね、購入者の未払い問題を防ぐために、こういうサービスを使ってる店が多いんです。そのネット○○テクションズっていう会社が、店の代わりに購入者に対してお金の請求をやってくれるわけですが、未払いのリスクを減らすために、そのシステムを使ってる店全体での購入金額が5万円を超えると、それ以上は買えないようにしているんです。きっと、お前が昨日おとつい買った店も、システムを利用していたんでしょう。どうしてもそのケーキが欲しいなら、別の決済方法を選ぶんですね」 「え……えっと……」 清四郎としては、悠理でも理解できるように説明したつもりだったのだが、悠理の理解の範疇を超えていたらしく、パンク寸前といった顔つきで額を押さえ、くるっと清四郎に背を向けた。 「もういいっ! フロマージュ・ショコラは諦める」 「そうしなさい。お金を払えば、また買えますよ」 ぽんぽんと頭を撫でて置いて、清四郎はふと不安になって尋ねた。 「……ところで悠理、その買った商品はどこに届くことになっているんです? まさか、この部室じゃないですよね?」 「んー? そりゃー決まってるじゃん」 にっこりと悠理が笑ったその瞬間。 「ちわー、クロ○○ヤマトです」 「○○カン便です。クール冷蔵便ですが、どちらに置きましょう」 「左○急便です。サインお願いできますか?」 どどどっと、悠理が頼んだ食品及びスィーツが、山のように生徒会室に届けられた。 あまりの多さに唖然茫然となった清四郎を尻目に、悠理は届けられたケーキの箱を早速あけ、ご満悦といった笑顔でかぶりついたのだった。
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