タイムマシーンにのって


 

翌朝。
 清四郎と野梨子がいつものように二人並んで登校し、聖プレジデントの正門をくぐってすぐ足を止めた。
 校舎の入り口に立ちふさがるように、悠理が待ちかまえていた。
 昨日、可憐や野梨子と一緒にエステに行っただけある。つやつやとした頬を真っ赤に染め、きれいに整えられた細い眉を怒らせて、清四郎を睨みつけている。
「あら、悠理、おはよう」
 なぜだか分からないが、どうやら悠理は清四郎に対して怒っているらしい。宥めるつもりで野梨子が声をかけたが、悠理はふんっとそれを無視して、ぴしり、と清四郎に指を突きつけた。
「清四郎! お前、頭いいんだろ? タイムマシーン作れ、今すぐ作れっ!」
「なんですか、急に。今頃、昨日の話を蒸し返すつもりですか?」
「あたい、あれからずっと考えてたんだ。清四郎はいっつもあたいを馬鹿にするけど、あたいだって、考えるときは考えるんだっ!」
 悠理は興奮して、だだっ子のように地団駄を踏んでいる。清四郎が呆れたようにため息をついた。
「分かった。分かりましたよ。それで、いつの時代にお前は行きたいんです?」
「幼稚園のときのあたいに会って、言いたいことがあるんだっ」
 あら、と野梨子が目を丸く見開いた。清四郎も思わぬ返事に、ほう、と驚きの声をあげた。
「幼稚園の自分に会ってどうするんです? 勉強をしっかりやれってハッパかけに行くんですか?」
 清四郎のからかいの言葉も耳に入らないというように、目をきらきらと輝かせながら言った。
「過去に行ったらさ、清四郎にかまうなって言ってやるんだ。そしたら、清四郎は雲海のじっちゃんに弟子入りしないだろうし、あたいは、清四郎より強いまんまだもん」
 清四郎をやっつける自分の姿を思い描いているのか、悠理は顔を喜びで紅潮させ、宙に向かってガッツポーズを作った。
「それはいい考えですわね」
 野梨子が楽しそうにくすくす笑う。
 しばらくの間、清四郎は唇をゆがめて喜色満面の悠理を眺めていたが、やおら顔を改め、いつものように悠理をからかう笑顔になって言った。
「悠理にしては考えましたね。褒めてあげましょう」
「そうやって、ゆーえつかんに浸っていられるのも今のうちだぞ、清四郎」
 悠理は薄い胸をはって、清四郎を見下すようにふんぞりかえった。
 清四郎はしばらく考え、もう一度にこりと笑った。自分の思いつきに昂奮している悠理は気づかなかったが、隣で二人のやりとりを、内心「またですわ……」とあきれ顔で見守っていた野梨子は気づいていた。
 この幼なじみの本性を知らない者には、極上の微笑みとしか見えないが、これは──いつもの悪巧みを思いついたときの、傲慢とも言える微笑みである。悪魔の微笑みとでもいおうか。悠理に分かるように言うとすれば、自分の掌の上で孫悟空がわめいているのを楽しく眺めている、お釈迦様のような。
 これ以上、悠理が清四郎にもてあそばれるのを見たくはなかった。絶対に悠理が清四郎に勝てるわけがないのである。
「あ、あの。私、先に行ってますわね」
 野梨子は清四郎が口を開きかけたのを遮って、逃げるように駈けだした。
 気勢をそがれた清四郎は、憮然とした顔つきで「何ですかね、あれは」と野梨子の背中を見送ったが、悠理の耳には届かなかったらしい。
「清四郎! 作るのか作らないのかはっきり答えろよ!」
「耳元で怒鳴らなくても、十分聞こえてますよ。他の人に迷惑です。少しは静かにしなさい」
 悠理は慌てて手で口にふたをした。だが、恨みがましい目で清四郎を睨むのだけはやめない。地面に根っこがはえたかのように足をふんばって、清四郎がうんというまでこの場から動かないに違いない。
「タイムマシーンを、つ、く、れ」と目で必死に訴えてくる。
 余程、自分の考えに自信があると見える。ふむ、と満足そうにうなずき、清四郎は声高らかに言った。
「いいでしょう。その熱意に負けましたよ。お望み通り、タイムマシーンを作ってあげましょう」
「ほ、ほんと? やった〜、せいしろーに勝てる〜!」
 目をきらきらと輝かせて、悠理は清四郎にがばっと抱きついた。ほとんど、体当たりのような飛びつきかたであったが、清四郎は慌てずその腕をひっぺがしながら、「ただし」と厳かな声で続けた。
「開発には莫大な金がかかりますよ。すべて剣菱財閥が出資することが条件です」
「なんだ、そんな簡単なことか! いーよ、父ちゃんに頼んでやる。そんで? いくらかかるんだ?」
 無邪気に答える悠理の太っぱらさに、また清四郎は笑った。
 タイムマシーンなどという、SFや想像の世界にしか存在しない機械を、作り出せると信じている子どものような馬鹿さ加減が、ここまでくると呆れるを通り越して、いっそ愛おしさまで感じられてくるのだから不思議なものだ。
「そうですねえ。まず、研究所の建設からお願いしなくてはなりませんね。それから当然ながら、世界最高級のコンピューターが数台必要でしょう。それをフル稼働させタイムマシーンの設計図ができたとして、その部品はもちろん特別注文という形になるでしょうから、そこにも何億という予算を組んでもらわなくてはね」
「あのな、あたいが欲しいのはタイムマシーン一台だぞ? そんなに金がかかんのかよ」
「当たり前でしょう。車を作るのとは次元が違うんですよ。ロケットやスペースシャトル級の開発です。いえいえ、それ以上かもしれません。何しろ、SFファンの憧れの的、世界で初のタイムマシーンを作るんですからね。いくら僕でも、簡単には作れません。完成までテスト機が何台も必要になりますよ」
「そ、そっか。そうだよな」
 悠理は納得したように、慌ただしくうなずいた。
 本当に納得できたのか怪しいもんですがね……と胸の中で呟きながら、清四郎は続けた。
「もちろん、僕が中心となってこのプロジェクトを進めるにしても、助手は何人も必要ですね。電気工学の専門家、システムエンジニア、研究所を作るとなると機密漏洩を防ぐシステム管理の専門家も必要です。そうそう、デザイナーも忘れちゃいけませんね。いくら世界で初めてのタイムマシーンとはいえ、大きいだけのぶかっこうな物を作るつもりはさらさらありませんよ。スペースシャトル並の美しさ、やるならとことんこだわらなくては意味がありません。耐久性はもちろんのこと、機能的でデザイン性にもすぐれ、他が決してまねできないような高性能のものを作らなければ」
 がっちりと握り拳を作って滔々とまくしたてる清四郎は、まるでメカマニア魅録の生き霊が取り憑いたかのように悠理には見えた。
 もうこのあたりでやめさせないと、延々と清四郎の願望──野望を聞かされるに違いない。ふと気づくと校舎の周りには誰もいない。そういえば、さっき始業のベルが鳴ったような気もする。授業がさぼれるのは悠理にとっては願ったり叶ったりだが、話はどんどん理解しがたい壮大なものになってゆくし、頭は爆発寸前。ちょっとだけ、悠理はタイムマシーンを作れと言い出したことを後悔した。
「そんで、いったい、いくらかかるんだよお」
 泣き出したい気分で悠理は訴えた。
「やってみなければはっきりとしたことは分かりませんがね、これだけの一大プロジェクトですからねえ。一体どれだけの歳月を必要とするかも定かではありませんし。予算は多ければ大いにこしたことはありません。そうですねえ……ざっと50兆円。とりあえず、これだけ用意してもらいましょうか」
「ごっ、ごじゅっちょーえん!」
 これにはさすがの剣菱財閥の令嬢もびっくり仰天だった。
 清四郎は一瞬にして変わった悠理の顔を楽しそうに見て、鼻先で笑う。
「おや、天下の剣菱といえども、国家予算レベルの金は用意できませんか。剣菱のおじさんに頼んでやると今さっき大口たたいたのは、どこのどなたです?」
「う……そ、それはそーだけど」
「もちろん、僕はどちらでもかまわないのですよ。お前に『どうしても』と頼まれたのだから作ってあげるのであって、僕にはまったく必要のないマシンですからね。それに作らなければ、今のまま、お前に負けなくてすみます」
 50兆円と言われ、5の後に0が一体いくつ並ぶのかでさえ見当もつかない悠理は、頭の中に素直に飛び込んできた「負ける」の一言で、あっけなく挑発に乗ってしまった。
 想像できない数字はあっというまに頭の中から吹っ飛び、地面にはいつくばった清四郎の背に悠々とあぐらをかいて座っている自分の姿が浮かんでくる。
「分かった! あたいが責任もって、父ちゃんに頼んでやるっ!」
「それでこそ悠理です」
 満足そうにうなずいた清四郎に、悠理はそれでも当初の目的は忘れず、びしっと指をつきつける。
「完成したら、一番最初に乗るのはあたいだぞ? 忘れるなよ、絶対になっ!」
「ええ、分かってますよ」
「よっし、幼稚園のあたい、待ってろよ! これで、あたいは清四郎に勝てるじょ〜」
 こてんぱんに清四郎をやっつけている場面を想像したのか、悠理は腰に手をあてのけぞるようにして声高らかに笑った。これで清四郎に馬鹿にされなくてすむ。清四郎と無理矢理婚約させられたときのような屈辱を、もう二度と受けなくてすむ。
 だが笑い続ける悠理に、清四郎は落ち着いた声で、悪魔とも思える言葉を続けたのだった。
「さて、悠理。無事タイムマシーンが完成し、お前の思惑通り幼稚園の自分に会い、僕をいじめなかったとしましょうか」
「へ?」
 突然幸せな想像を断ち切られて、悠理はぽかんと口を開けて清四郎を振り返った。
「お前の言うとおり、僕は勉強の出来る自分に満足して雲海和尚に弟子入りをしなかったでしょう。そうなると、当然ながら野梨子とお前は喧嘩をしませんね」
「……うん」
 昔を思い出しながらうなずく。あの時、女の子の後ろに隠れた清四郎が気にくわなかっただけで、野梨子に対してはなんにも思わなかったのだから。あまりにも自分と違いすぎる野梨子を気にくわない奴と思いはしても、おそらく喧嘩をふっかけたりはしないだろう。
「さて、問題はその先です。野梨子とお前の性格を考えてみましょうか。プラスとマイナス、月と太陽、白と黒のように対極的なお前たちですから、あの出来事がなければ、その後友達になることもなかったでしょうねえ」
「う……ん。そうかも」
 あの出来事の後、なんだかんだと反目しあった悠理と野梨子だったが、そうやって意識しあったからこそ、二人の間にあった壁が消滅した後に、わだかまりを捨てて仲良くなれたのだった。確かに、幼稚園のでの喧嘩がなければ今の関係はない。それは、悠理にも容易に想像できた。
 清四郎はすまし顔で続けた。
「では悠理、ここで思い出してみてください。野梨子の関係で知り合いになれた人は何人いましたか? たとえばミセス・エール。いくらお前が剣菱財閥の令嬢とはいえ、学園理事長とここまで親しくなれたのは、野梨子のお陰でしたよね? つまり、幼稚園での過去がなければ、お前はミセス・エールと知り合いにはなれなかった。いえいえ、野梨子本人がミセス・エールと親しくなれたかどうかでさえ、怪しいものです。そうなると、僕らの特別扱いもないでしょうし、確実に、この学園でここまで好き勝手、したい放題にできはしなかったでしょうね」
「そうか……な」
 悠理の顔が一気に曇る。理解しようと努力しながらも、その脳裏にいっぱいの?マークが浮かんでいるのが目に見えるようだった。清四郎はその様子を楽しそうに眺め、たっぷりの間をとってから重々しく首を振った。
「しかし悠理、問題はそこではありません」
「……へ?」
「野梨子とお前が友達にならないのなら、僕とお前の、今の関係もあり得ないでしょう」
 わざと、悠理に理解しにくい言い方をしてみる。悠理は、人差し指をこめかみにあて、眉根をぎゅうっと痛いくらいに寄せて、必死に考えている。しばらくそうやって、力無くふるふると首を振った。
「えっと……清四郎、言ってる意味がわかんない」
「おや、分かりませんか? つまり、簡単に言いますとね。お前がタイムマシーンで過去を変えてしまえば、僕とお前が友達であるという現在が消滅するというわけですよ」
「……う、うーーん」
 否定か肯定か定かではないうなり声を上げ、悠理はぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。清四郎にとっては、想定内の反応である。このような高度な仮定の話は、悠理の理解の範疇をいとも簡単に超えているに違いない。
 悠理が理解するのを待っていてはきっと日が暮れ、夜になってしまうだろう。いや、明日になっても理解できないのではないか。
 ふふ、と清四郎は喉の奥でかすかな笑い声をたてた。
「お前が理解できなくても、僕には断言できます。お前があの時僕を馬鹿にしなかったなら、僕はきっと、いえ絶対に、お前と友達にはなっていないでしょう」
「清四郎……つまり、お前はMってことか?」
 理解の過程を一足飛びに飛び越えて、悠理は結論にたどり着いたらしい。清四郎からしてみれば、決して正しい結論ではなかったが。
「どうしてそういう話になるんですか」
 清四郎は憮然とした表情で悠理を窘めた。その視線に刺すような痛いものを感じて、悠理は慌てて首を振った。
「え、いやあの、マゾかどうかはおいといてさ。あたいと清四郎が友達にならないってことが、どうして問題になんの? タイムマシーンとなんの関係があるんだよ」
「大ありですね。僕とお前が友達でなければ、一体誰がタイムマシーンを作り出す資金を出してくれるんですか?」
「……えっ」
 悠理は絶句した。
 ちょっと待て。タイムマシーンを作るお金? だって、それはあたいが父ちゃんに頼んで出してもらうんだろ? それは清四郎に作ってもらうためであって……
「いくら天下の剣菱でも、たかだか娘のクラスメイトごときに50兆円などという大金は出しはしないでしょう? そうなると、もちろん、タイムマシーンはできませんね」
 清四郎は悠理の理解の有無などおかまいなしに、言葉を続ける。
「百歩譲ってお前と僕が友達になったとしましょう。ですが、お前が僕より強かったら、幼稚園の頃に戻るためにタイムマシーンを作れと言ったりはしないんじゃないですか? お前にとって、変えたい過去が存在しないんですからね」
「………」
 みるみる、悠理の顔が真っ青になってゆく。清四郎の論理の飛躍についていけているのかどうかははなはだ怪しいものだが、少なくとも、自分が資金をださなければタイムマシーンは作れない、という事実(?)だけは理解できたようだった。
 朝一番、顔をあわせたときの威勢の良さはどこへやら、蚊の鳴くような弱々しい声で悠理は尋ねる。おどおどと、上目遣いで清四郎の顔色を窺いながら。
「じゃあさ、清四郎の言うとおり、タイムマシーンがないとしたら?」
「もちろん、今のまま、何も変わりません。お前は僕に勝てないままです」
「げっ」
 清四郎の目には、悠理の頭に雷が落ちたように見えた。BGMにはベートーベンの「運命」。
 一瞬にして四肢がこわばり、茶色のやわらかな髪の毛までが逆立つ。白目をむいてしまいそうなほどのショックに襲われ、悠理は瞬間冷凍庫にいれられたカニのように凍りついてしまった。
 清四郎の論理はいわばタイムパラドックスというやつなのだが、悠理の頭ではこの中に存在する矛盾など気づきはしないだろう。もちろん、清四郎自身はすべて計算尽くで悠理をからかって楽しんでいるのだから、最初からこの勝負、悠理に勝ち目はこれぽっちもありはしなかった。
「まあ、お前がどうやっても僕に勝てやしないと分かっただけでもよかったじゃありませんか」
 ちっとも慰めになってない言葉をかけながら、清四郎はがっくりとうなだれてしまった悠理の背中をぽんぽんと叩いた。
「勝ち負けよりも、僕は倶楽部のみんなとおもしろおかしく生きている現在のほうが大事だと思いますがね。今までの過ごしてきた時間が僕たち6人それぞれにあって、それがいろんな形で絡まり合って、現在があるんです。過去なんて変えるものじゃないんですよ。今の自分が幸せだと──いいえ、不幸だと思わないかぎりね」
 魅録は昨日、「変えたい過去はないのか」と尋ねてきたが、結局はこういうことなのだ。
 もちろん、聖人君子でないかぎり過去に犯した失敗は誰にでもある。生まれてから今までずっと日のあたる場所を正々堂々と生きてきた清四郎にだって、物事を深く考えることなどないような悠理にでさえ、一つや二つは後悔というものがあるのだ。
 清四郎にとっては、たとえば悠理との婚約事件だ。自己を<選ばれた人間>だと──自分では気づかないうちに信じていた清四郎にとって、悠理が変えたいと願う幼稚園の過去以来の、プライドを傷つけられた出来事だった。タイムマシーンが本当に存在し、現在を変えることなく過去に干渉できるのならば、天下の剣菱を自由に牛耳ったあの時に戻り、もう一度世界を動かしてみたいと思う。あの失敗をふまえた今ならば、あのときよりもうまく剣菱グループを動かせるに違いない。
 だがそれは結局は実現不可能な夢物語だし、もしできたとしても、清四郎は剣菱グループを手に入れたと同時に、悠理や──倶楽部の仲間を失ってしまうだろう。 
 過去の失敗があるからこそ、現在がある。その失敗や過ちがどのように現在に結びついているかなんて、きっとそれぞれ個人の精神世界に住む神にだって分からないに違いない。
 ──だから、魅録。僕はタイムマシーンになんて興味はありませんよ。
 清四郎はにこりと笑った。磨かれた黒曜石のような黒い瞳からは、タイムマシーンの話をしていたときの傲慢な色が消え失せ、倶楽部の仲間にだけ時折みせる、本当に楽しそうなほほえみを浮かべた。
「まあ悠理、はっきり言えば、僕にだってタイムマシーンなんてものは作れませんよ。所詮は夢物語です。ですから、今できることをしましょう」
「今できることって何だよ」
「そうですねえ」
 呟いて、辺りをぐるりと見回した。しん、と静まった校舎。正門はがっちりと施錠され、外界の喧噪から守られている。どこからか、音楽の授業をしているらしいコーラスの声が流れてきていて、学舎だけが持つ厳かな静寂が二人を優しくくるみこんでいた。 
 目だけで校舎を見上げると、窓から教室を行き来する教師の姿が見える。窓際の席のクラスメイトたちが、ちらりちらりとこちらを盗み見ている様子でさえ、清四郎には見て取れた。聖プレジデントの生徒教師全員、ここで二人が言い合っているのを知っているに違いない。だが、生徒はもちろんのこと教師まで注意をしに来ないのは、やはりこの学園を牛耳っている倶楽部のメンバーだからだろう。
「とっくに授業は始まってますが、今から教室に戻りますか?」
 清四郎は悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねる。
「え〜」
 悠理はぷうと頬を膨らませて、思いっきり顔をしかめた。
「仕方ありませんね……それじゃ」
 清四郎は悠理の手を取った。訝しげに見上げる悠理にちらりと目をやり、校舎にくるりと背を向ける。鞄を持つ手を伸ばし、鍵のかけられた門を示す。
「お前なら、簡単にあれを乗り越えられますよね」
「あったり前だい。馬鹿にすんな」
「じゃ、行きましょうか」
「行くって……おい。授業をさぼるのか? お前が?」
「今日一日学校をさぼっても、お前の頭が悪いことには変わりがないでしょうし、もちろん僕の頭のよさにも、何の影響もありません」
 清四郎は涼やかな顔で答えた。
「あっ、清四郎、今あたいを馬鹿にしたな!?」
「誰にも否定できない事実でしょうが。それに、僕は今から授業に出ても全然構わないんですけれどね。お前を無理矢理引きずってでも、教室に連れてゆくのは簡単ですし」
「あっ……えっと……」
 悠理はあわあわと口を動かし、
「今のなしっ! あたい、何にも言ってないもんね〜」
 何にも聞いてないよな? と縋りつくような目で清四郎に懇願してくる。清四郎はくすりと笑いを零した。なんともまあ、分かりやすい奴だろう。
「ま、そういうことにしておきましょう」
 肩をすくめて答えると、うんうん、と悠理は何度もうなずいた。
「タイムマシーンを作るというお前の希望は叶えてあげられませんが、少しでも強くなりたいという希望なら叶えてあげましょう。今日一日、お前につきあいますよ。これから、東村寺の道場に行きますか?」
 さらりと言った言葉に、清四郎の想像通り悠理は小躍りして喜んだ。
「うんうんっ! いくっ」
 授業をさぼれることが嬉しいのか、それとも道場での稽古が嬉しいのか──おそらくはそのどちらもだろうが、自分の一語一句に素直な反応を示す悠理の相手をするのは、清四郎にとっても楽しい、ストレス発散になるひとときに違いない。
 剣菱財閥出資のタイムマシーンとひきかえになんて、とてもできはしませんね。
 清四郎は心の中で呟いた。声に出してはとても言えないが、それでもきっと、有閑倶楽部のメンバーには分かってもらえるはずだ。この大切な仲間とひきかえにできるものなんて、この世界になに一つ存在しないだろう。
 清四郎は悠理と共に駈けだした。
 二人を巡り合わせた、聖プレジデント学園の門を飛び越えて。

あとがき


 最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。
 恋愛要素がまったくない話で申し訳ございません〜
 結局何が書きたかったかというと、ただ単に悠理をからかう清四郎が書きたかったというだけでして(汗)タイムパラドックスとか、こういうものを書くとどうしても出てくる矛盾なのですが、そこは深く書きませんでした。つっこまないでくださいまし。(ぺこぺこ)
 倶楽部の6人がいないパラレルワールドなんて、つまんないですもんね。弱い清四郎があり得ない以上に(苦笑)
 最初に考えていたラストとはかけ離れたものになってしまったんですが、それなりにオチがついてくれて、作った本人はちょっと安心しております(笑)
 最後までおつきあいくださいまして、ありがとうございました。
 

 

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