First Love 序章

  BY nero様




   
今日、今日こそ絶対言ってやる!
あたいは向かいに座る清四郎の様子を、チラリと覗き見た。
あいつはカリカリとジャープを走らせ、あたいには皆目検討もつかない記号やらグラフやらを書き込んでいる。
ここは清四郎の部屋で、あたいのテリトリーではないのだけれど。
二人きりでいることが当たり前のように続いているのに、あたい達の関係は仲間のまま。
恋人同士ではない。
友人同士でもない。
親友でもない。
あたい達は仲間。


   

First Love 〜序章〜



   

皆で聖プレジデントの大学部へと進学したけど、大学生になった今、可憐や美童は以前に増してデートに忙しく、魅録と野梨子は二人きりのデートを楽しんでいる。
そうなると、自然とあたいと清四郎が一緒にいることが多くなり、今日はあいつの部屋で勉強を見てもらっていた。

好きだった。
ずっと好きだった。
あたいは、清四郎しか好きになったことはない。
もっと仲の良かった魅録やフェミニストっていうんだっけ?
あたいにだって優しい美童の好きとも違う。
清四郎が好きの「好き」は、あたいにとって特別なんだ。

清四郎に構われるのが好きだ。
意地悪されても、あたいだけにしてくれるなら、それだって嬉しかった。
例えそれが男同士の付き合いであろうと。
例えそれがペットと飼い主の関係であろうと。
ただ、一緒にいられたら、それで良かった。

けど、剣菱の為だけにあいつが結婚を承諾した時には、涙が出るほど悔しかった。
だって、あたいが好きで結婚したかったわけじゃない
あんまりにも腹が立って、もう絶対言うもんか!って思ったけどさ。
こうして、二人きりになることが多くなった今、考えずにはいられなかった。
あたいのこと、どう思っているんだろう。

こんな近くにいるのに。
手を伸ばせば届く距離にいるのに。
清四郎は何を見て、何を考えているのだろう。
あたいは二人っきりでいると、清四郎に聞こえるんじゃないかと思うくらい心臓がドキドキする。
ふと、目が合えば、顔は汗が出るほど熱くなる。
こうなるのは、あたいだけなのかな?
清四郎は違うのかな?

こんなもやもやした気持ちのままでいるのは嫌だ、って思った。
もし断られたとしても、あたい、馬鹿だからさ、直ぐ忘れちゃうと思うんだ。
もし断られても……
清四郎が、もう二人きりで会うのを嫌がったら仕方ないけどさ。
あいつ、何だかんだ言って結局は優しいから、今までの関係を壊さないようにしてくれると思うんだ。
簡単に考え過ぎかな?
でも、深く考えることは苦手だし、ただ、聞きたかったんだ。
あたいのことどう思っているのか。
だから、あたいは決心した。


「清四郎」
あたいがそう呼びかけると、あいつは手を止め、顔を上げた。
「質問ですか?悠理」
あたいの手が止まっているのを見て、手元を覗き込む。
「ああ、これはですね……」
そう言いかけた言葉を、あたいは遮った。
「あたい、清四郎が好きだ」

伸ばしかけた指が止まり、清四郎は驚きのあまり目を見開いていた。
あいつの視線を感じ、あたいは顔が赤くなるのが解ったけど、もうどうしようもないもんな。
「悠理、今何て……」
「清四郎が好き」
あたいは視線を外すことなく、清四郎を見つめたまま、そう口にした。

「冗談……」
「だと思うか?」
「……いいえ」

あたい達は無言で見つめ合った後、小さく息を吐いて清四郎が視線を外した。
返事に困っている、そう思って一瞬悲しくなったけど、辛気臭いのが嫌だったあたいは、わざと笑顔で言った。
「だからどうこうってわけじゃないけどさ、清四郎もあたいのことが好きだったらいいなと思って……」
精一杯明るく言ったつもりだったけど、段々声が小さくなってしまった。
期待していた返事とは違ったからさ。
悲しくない……なんていうのは嘘だ。
こみ上げてくる涙を我慢し、危うく鼻水を垂らしかけた時に名前が呼ばれ、あたいははっと顔を上げると、困った顔の清四郎と出会った。
「悠理のことは好きです。でも、それが異性として好きなのかは解らないんですよ」

「嫌いって言われたわけじゃないから、いいよ」
あたいは少しだけ笑って、そう答えた。
結局は何も変わってはいない。
恋人同士ではない。
友人同士でもない。
親友でもない。
あたい達は仲間。

それでも、あたいの気持ちを知った清四郎が、これからどう変わっていくのか不安だった。
そんな不安要素に掻き立てられたあたいは、急にもぞもぞと落ち着かなくなり、清四郎の部屋へと視線を巡らせた。
もう勉強どころじゃない。
あたいはキョロキョロと視線を動かし、やがて懐かしいものを見つけた。
それは、壁に立て掛けられていた弓だった。

「懐かしいな、中坊の時だっけ、キュードーのこと教えてもらったの」
あたいは見覚えのある濃い紫色の布に包まれた弓を指差して言った。
弓道のことは色々教えてもらったけど、あたいは清四郎がやっているところを見たことはない。
どんな顔してするんだろう?
あたいの知らない清四郎の顔を見たかった。
なぁ、とあたいは再び視線を合わせた。
「あたいにキュードーを見せてくれよ」

「明日、弓を引きに行くつもりです。明日でもいいですか?」
一瞬、間が開いたのは気のせいかな?
視線を合わせる清四郎は何時ものポーカーフェイス。
何かが違ったような気がしたのは、多分気のせい。
あたいは嬉しくって、叫んでしまった。
「うん、約束だぞ!」



翌日、清四郎に案内されて入った弓道場で、じっちゃんに横に座るように言われたあたいは、慣れない正座をしていた。
足の感覚がなくなりそうになった頃、白い着物のような上着と黒い袴をはいた清四郎が現れた。
一瞬、あたいは見惚れてしまい、口を開けたまま黙って清四郎を見つめていた。
「口が開いてるよ」
じっちゃんの声で我に返ったあたいは、慌てて口を閉めた。
そして、清四郎の弓が上がった。

ビシッ、パンッ!
一本目の矢が的に当たった。
立ち上がって声を上げようとしたところを、じっちゃんに止められた。
確かに、みんな静かにやっている。
あたいは、ぐっと堪えて座りなおした。

二本目の矢が放たれた。
ビシッ、パンッ!
矢は的のど真ん中を貫いていた。
あたいは我慢が出来なかった。
「すげえじゃん、清四郎!お前、凄すぎ!!」

静かな道場にあたいの声が響いたけど、そんなこと構やしない。
やっぱり、清四郎は凄い。
あたい、こんな凄いやつと仲間なんだぜ?
今は仲間同士でしかないけどさ、この先は解んないもんな。
あたいが未だ歓声を上げていると、清四郎も笑顔を向けてくれた。
こんなカッコイイ清四郎を見れただけで充分。
あたいは本当に幸せだった。


清四郎が礼をした後、拍手をしているじっちゃんの方へとやってきた。
「師範、僕は――」
「清四郎君、忘れなさい、とは言わない。ただ、死んでしまった者より、生きている人を大切にしなくてはいけないよ」
じっちゃんはあたいをチラッと見た後、そう言った。
ん?あたいに何か関係あるのか?
あたいの胸がドキッと弾んだ。
死んでしまった者?
それは誰のことを言っているんだ?

「……はい。来月からは来ないと思います」
「それで良い」
「でも、気が向いたら、又引かせてくださいね」

あたいはそんな二人の会話に入っていけなかった。
ううん、入っちゃいけないと思った。
死んでしまった者って、誰?
頭の中で浮かんでいる簡単な質問だったけど、何故か怖くて聞くことが出来なかった。


「なぁ、じっちゃん」
「何だね?」
清四郎が着替えに行っている間、あたいはさっき思い浮かべたことを、じっちゃんに聞いてみることにした。
「死んでしまった者って、誰のことだ?」

じっちゃんはしばらく黙っていたけど、やがてあたいに教えてくれた。
「私の孫で、清四郎君に弓道を教えた。5年前、事故で死んでしまったが、清四郎君は律儀にも月命日になると、こうして弓を引きに来る。けどね、彼も大学生だし、弓道以外にも色々と手を出していることも知っている。だから、そろそろ自分のことに身を入れろ、と言ってやったのさ」
そっか、死んじまった孫のことは、じっちゃんだって話し辛いよな。
それにしてもさ、律儀だよな、あいつ。
毎月の命日に教えてもらった弓を引くなんてさ。
「そっか、あいつ、変なところでくそ真面目だもんな」

そんなあたいの言葉にも、じっちゃんは大きく頷いただけだった。
「そうだね」
「あっと、ごめん。じっちゃんの孫、死んじゃったんだよな」
あたいは、じっちゃんが話し辛いのを無理矢理聞き出したような気がして、直ぐに謝った。
けど、じっちゃんは首を左右にふって、言ってくれた。
「悠理君と言ったかな?君は優しい子だ」
有難うな、じっちゃんも優しいよ。


「悠理、帰りますよ」
あたいとじっちゃんが話をしていると、洋服に着替え終わった清四郎がやって来た。
「えっ?もう終わり?」
「置いて行ってもいいんですよ?」
さっきまでの重い表情とは違い、清四郎の顔には何時ものように意地悪そうに笑っている。
ちぇっ、またあたいをからかって遊んでいるんだからな。
でも、そんな清四郎も嫌いじゃないから、困っているんだ。

かっこいいとこばっか見せ付けてさ。
これで好きになるな、って言う方が無理に決まってるじゃん。
あたいばっかり好きになってさ。
お前って本当にずるいやつだよ。

あたいは無性に腹が立ったけど、でも、本気でなんか怒れない。
「帰るってば!でも、面白かったぞ、サンキュ、清四郎。やっぱ、お前、カッコイイよ」
あたいはソッポを向いたまま、口を開いたけど、あたいの口から出てきたのは思ったまんま、嘘つくことさえ出来なかった。
あたいは本当に恥ずかしくって、自分でも顔が赤くなったのが解った。
「……ずるいよな、お前」
あたいにこんなこと言わせるんだもん。
顔を上げると、驚いた顔の清四郎に出会った。
へへへっ、驚いてやんの。
あたいは清四郎から一本取った気がして、にぱっと笑った。


「悠理」
肩を並べて歩いていると、不意に清四郎が呼びかけてきた。
「ん?」
あたいが見上げると、あいつは何時ものように澄ました顔でこう言った。
「付き合いませんか?」

ん?付き合うねぇ。
別にいいけど?
「何?どっか行くとこでもあるのか?」
あたいが不思議そうにそう言うと、清四郎は急にハハハと声を上げて笑い出した。
「違いますよ。お前ときたら、本当に……」
あたい、そんな可笑しいこと言ったか?
だって、普通付き合うって言ったら、何処かへ行くって思うだろ?
「僕の彼女としてお付き合いして欲しいんです」
あたいの足が止まった。

嘘。
だって、昨日は解らないっていったじゃんか。
異性として好きかどうか解らない、って。
信じていいのか?その言葉を。
嘘じゃないって。
あたいは、清四郎を見つめたまま、動けなかった。

「悠理?」
清四郎が顔を覗き込んだとき、あたいはアイツにしがみ付いていた。
「嬉しいよぉ」
あたいは涙が止まらなかった。
嬉しくって。
本当に嬉しくって。
わんわん泣くあたいの背中を清四郎は優しくさすってくれた。
「はいはい」


初恋って実らないものよ。
そう、可憐が言っていた。
残念だったな、可憐。
あたいは実らせちまったぞ。

あたいの背中を撫でて宥めてくれるのは、ついさっきまで仲間だった男。
抱きしめてくれる清四郎は、たった今からあたいの恋人。
あたいのFirst Loveはこれから始まる。











フロです。「20万ヒットのお祝いに、なにかリクありますか?」とneroさんに言われ、私は即答しました。「『初恋』の続き!」
そう、このお話はneroさんちで公開されている中学生清四郎くんの初恋話の続きです。未読の方は、ぜひリンクからGO!
しかししかし。リクしたときから予想はしてました。もんんんんんんのすごく切ない痛いお話になるだろうということは。

・・・・しかし、私はいったいなんの権利があって、敬愛する作家のnero様からこんな大作をむしりとってるんだろー??

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