First Love 1

  BY nero様




   
可憐、やっぱりお前の言うこと当たってた。
言ったよな?初恋は実らないって。
こんなに苦しいものだなんて、知らなかった。
恋がこんなにも切ないものだなんて―――


   

First Love 〜あなたの一番になりたくて〜



   
フンフンフン。
あたいは鼻歌を歌いながら、野梨子の言葉どおり、清四郎の母ちゃんから借りた高さのあるガラスのコップに水を入れ、清四郎の部屋へと上がって行った。
あたいはそこに、野梨子から分けてもらった黄色いチューリップを差した。
まあ、分けてっていうよりは、無理矢理もらったんだけどさ。

ちょうど表に出ていた野梨子は両腕に黄色いチューリップを抱えていた。
何でも知り合いの花屋さんに、安くするから、と言われ断れなかったらしい。
あんまり可愛いかったからさ、あたいも分けてもらうことにしたんだ。
最初は野梨子には珍しく、なかなかうんと言ってくれなかった。
「ふん、ケチんぼ!」
この一言が効いたのか、野梨子はむっとしながら数本のチューリップをあたいにくれた。
「丈が短いですから、フラワーアレンジメント向きですの。花瓶よりも、丈のある大きなコップなんかでもよろしくてよ。でも、悠理には違う色のチューリップの方が良いと思いますわ」

「それにしても、あのセリフは何だったんだろ?」
ふと、野梨子の言葉を思い出したけど、意味もわかんないから考えるのを止めて、あたいはコトリ、とベッドの脇のサイドスタンドの上にそれを置いた。
うん、可愛いぞ!
透明に輝くグラスと鮮やかな緑、そして眩しいばかりの黄色が白で統一されたシンプルな部屋にとても似合う。
あたいは満足しながら、きしし、と笑った。
あいつ、驚くだろうな。

あたいがこんなことまでやっちゃうなんて、可笑しいだろ?
その変わりように周りのみんなも驚いてるけどさ、あたい自身も驚いている。
少しでもあいつに何か出来ないかなって思ったんだ。
あたいの気持ちに応えてくれたあいつに。

「えいっ!!」
あたいはバフン、と音を立てて清四郎のベッドへと飛び込んだ。
ゴロゴロと転がり、仰向けになる。
あいつの匂いが残るその場所で、あたいは抱きしめられているような錯覚に陥った。
このひと時が好きだ。
心がふわっと和んで、誰にでも優しく出来るような、そんな気分にさえしてくれる、この一瞬がとても好きだった。
清四郎はまだ帰ってきていないけど、あたいはあいつに包まれている。

付き合い始めてから三ヶ月、まだ……その……えっちはしてないけどさ。
そろそろかな?とは思っている。
この間もそういう雰囲気になりそうだったけど、あたいがびびっちまって。
清四郎のことは大好きだ。
好きで好きでおかしくなりそうなくらい大好きだけど、あたいの覚悟がまだ出来てなかったっていうか……うん、そうなんだよな、きっと。
あ―――っ!!
思い出すだけで暴れたくなったあたいは、手足をバタバタと動かした。

ガタン!
あたいはその音に、ガバッと起き上がった。
「あっちゃーっ!」
さっき飾ったグラスに、手が当たってしまった。
グラスが倒れ、中の水がじわじわとサイドスタンドの上から床へと重力に従って落ちていった。

「わわっ!!」
あたいは急いで箱ティッシュを掴み、シュッシュと中身を引き出して水の上に落とすという作業を繰り返した。
気が付くと、開けたばかりだったティッシュの箱の中身はすっかり無くなっていた。
とりあえず、サイドスタンドの上と床の水は綺麗にしたけど、一つ心配なことがある。
それは、一つだけある引き出しの中。
いくら彼女とはいえ、引き出しの中を覗くのは良くない。
うん、それは解っている。
けど、今回は不可抗力。
中が水浸しにする方がもっと悪いだろ?
しばし、悩んだけど、あたいはえいっ!とばかりに引き出しを開けた。

「セーフ!!」
引き出しの中は、幸いなことに無事だった。
あたいは、ほうと息を吐いたが、今度はムクムクと好奇心が沸いてきた。
「机の引き出しじゃないから、いいよな?それに、中身が濡れていないとも限らないし」
訳の解らない理屈をつけて、あたいは中を覗き込んだ。

「これって、アレだよなぁ」
顔が赤くなるのを感じながらも、あたいは箱を取り出して、中に入っていた銀色のパッケージをつまんでみた。
それは、多分アレ。
「男のたしなみ、ってやつ?清四郎、やっぱり用意していたんだ」
あたいは顔を赤くしながらも、まじまじと眺めた。
あいつ、やる気満々じゃねえか。

他に入っていたのは辞書と同じくらいの大きさの本が一冊。
「何?」
あたいはそれを手に取ってみると、それは一冊の聖書だった。
前にみんなで泊りがけで遊びに言った時、野梨子が教えてくれた。
ホテルの部屋には、必ず聖書が置かれているということ。
あたいは、その本をパラパラと捲ってみた。

ヒラリ、と本の間から何かが落ちた。
拾ってみると、それは数枚の写真。
そこで微笑んでいるのは、知らない大学生位の男の人と寄り添う和子さん、そして今より幼い清四郎が背中まで髪を伸ばした綺麗な女の人に、頭をぐしゃぐしゃにされていた。
勿論、清四郎は嫌そうな顔をしているけど、でもすごく楽しそうに感じられた。
そして、もう一枚はキュードーの格好をしている清四郎と、同じような格好で清四郎の後ろから抱き付いている、さっきと同じ女の人が写っていた。

清四郎の感じからすると、多分中学の時?
写真の中の清四郎は顔を赤くしながらも嬉しそうにしていた。
あたいはこんな顔の清四郎を知らない。
いつも冷静沈着で、いやみったらしくって、傲慢で。
でもこんなふうに無邪気に笑っている顔なんて見たことがなかった。
本当に楽しい、写真の中の清四郎はそう語っていた。

そして、三枚目を見た時、あたいは心臓を掴まれたような気がした。
さっきの女の人だけが写っていた。
あたいなんかと違う、綺麗な人。
いつも野生児と言われるあたいとは正反対の、笑顔が眩しい女性だ。

好きだった人なのかな?
そうじゃなきゃ持っていないよな、あいつが女の写真なんてさ。
自分で問い掛けた質問なのに、胸をぎゅっと掴まれたように痛かった。

ぽたっ。
気が付いたら涙が毀れていた。
ころころと透き通った水玉が写真の上で転がる。
女の人の右目の位置で止まり、長い睫毛に縁取られた瞳が歪んだ。









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