First Love 3

  BY nero様



   
コトリと、再びサイドスタンドの上にチューリップを差したグラスを置いた。
ベッドに腰掛け、ぼうっとチューリップを眺める。
―――実らぬ恋。
もし、清四郎にとって咲子さんが初恋の人だとすると、初恋は実らなかったことになる。

可憐の言うとおりなのかな?
魅録もそうだった。
野梨子だって裕也との恋を終えた。
やっぱ、初恋って実らないのかな?

業とそんなことを考えてみたけどさ。
やっぱり、あたいの頭の中に浮かぶのは、あの写真だった。
こっちを向いて笑う咲子さん。
あいつが写真を取っておくほど好きだった人。

「あ―――っ!!」
あたいは声を上げてブンブンと頭を左右に振ったけど、咲子さんの笑顔は消えてくれなかった。

清四郎の胸の中でも、こんな風に残っているのかな?
あの美しい姿のまま、永遠に残り続けるのかな?
あの写真みたいにずっと―――

あたいは、ゴロンとベッドにひっくり返った。
いつもなら清四郎の匂いに包まれて嬉しい筈なのに。
今は、胸の痛みを抱えるように、あたいは小さく丸まっていた。



カチャ、とドアが開き、清四郎が帰ってきた。
「悠理、只今帰りました」
清四郎は部屋へと入り、ついでにあたいの頭をポンポンと軽く叩き、くしゃっと撫ぜてから机に荷物を置く。
それがいつものあいつ。
そこへあたいが飛びついていくんだけど……

「……お帰り」
あたいはゆっくりと起き上がって、ベッドに腰掛けたまま言った。
いつもと違う出迎え方に、清四郎の顔が曇る。
「どうかしましたか?」

だって、急に不安になったんだ。
ずっと清四郎を見てきたつもりだった。
なのに、あたいの知らない清四郎がいたんだ。
咲子さんに恋した清四郎が。

あたいは、後ろから清四郎のシャツの袖を摘んで、振り返るあいつの顔を見上げた。
「……清四郎」
「ん?どうしました?」
いつもとは違うあたいの行動に、清四郎は戸惑っているみたいだ。

不安なんだ。
写真のことばっかり考えていると、不安で押しつぶされそうになるから。
あたいは、清四郎の顔をじっと見つめた。
何か掴み取れるんじゃないか、そんな気がして。

清四郎はあたいのこと好きって言ってくれたけど、それは咲子さんの次ってこと?
今でもお前にとって咲子さんが一番なのか?
あたいは……二番目?

そう聞きたかったけど、言えなかった。
言えなかった代わりに、あたいは清四郎の首に腕を回して、キスをした。
あいつの唇に、自分の唇を押し付ける。
最初は驚いた様子だった清四郎も、あたいの背中に腕を回し、そっとキスを返してくれた。

でも、そんな優しいキスはいらない。
もっと強引な、貪る様なキスが欲しかった。
あたいを求めて止まないような、そんな激しいキスが。

あたいは唇を開いて、舌で清四郎の唇をなぞった。
そして、わずかに開いた入り口から進入すると、あたいの舌は清四郎のものに掠め取られた。
いきなり激しくなった。
絡めあった舌が、徐々にあたいの口腔へと押し寄せてくる。
やがて清四郎の舌があたいを嬲り始めた。
歯列をなぞり、舌を吸い上げ、流れる唾液を受け取って飲み干す。
苦しくなってきた呼吸を整える為に、あたい達は唇を離した。

清四郎はあたいをじっと見つめている。
あたいもじっと見返し、そして耳元に唇を寄せた。
「……抱いて」
清四郎があたいの肩を掴んで、身体から引き剥がした。
「どうしたんです?悠理。この間はあんなに怖がっていたのに」
「もう大丈夫。あたい、清四郎に抱いて欲しいんだ」
あたいは清四郎の首の後ろに腕を回し、ギュッと身体を押し付けた。

「……わわっ」
不意に足元がすくわれた。
気が付くと、あたいは清四郎に抱えられていた。
「お前が望んだことです。この間みたいに途中で止めるなんて、もう御免ですよ?」
「うん、解ってる」
ベッドに下ろされたあたいに、清四郎が覆いかぶさってきた。

本当は解ってなんかいない。
ただ、咲子さんに負けたくなかった。
抱かれたら、清四郎の一番になれるかも知れないだろ?
咲子さんの次じゃなくって、あたいが一番に。
そう思ったから、あたいは抱かれた。


「い、痛い!」
清四郎が中へ入ろうとした時、鋭い痛みに、あたいは声を上げた。
痛みのあまり、身体が硬直する。
「悠理、力を抜いて」
「やっ、やだ!痛いよっ!!」
耐えられず、逃れようともがいたけど、あたいに覆いかぶさっている清四郎の重みで、動くことも出来ない。
そこへ、グッと清四郎が押し入った。
「いっ!!」
あたいは激痛に涙が溢れ、そしてシーツへと流れた。


清四郎があたいの横に倒れ込んだ時、あたいは半ば呆然としていた。
身体の節々が痛み、あたいの心も痛んでいた。
もっと、ロマンチックなことだと思っていた。
もっと、愛が沢山詰まっているものだって思っていた。

清四郎は何も言わずにそっとあたいを抱きしめた。
あたいもぎゅっと背中に手を回す。
けど、それ以上にあたいは言葉が欲しかった。

普段なんか無口には程遠い薀蓄たれまくりのヤツなのに。
二人きりになると、清四郎はなかなか言葉にしてくれない。
いっつもあたいが好きだ、とか愛してる、って言ってさ。
清四郎は?って聞くと、好きですよ、と答えるんだ。

けど、気が付いたんだ。
清四郎は、愛してる、と言ってくれたことはない。
一度だってなかった。

あたいは、やっぱり一番になれないのかな?
やっぱり、咲子さんの次なのかな?

聞きたいけど聞けない。
答えが怖かったから、あたいはその質問をぐっと飲み込んだ。
けど、そこからじくじくと痛みは広がって。
あたいの心と身体が悲鳴を上げていた。



あの日以来、あたいは清四郎に抱かれている。
もう身体が痛むこともなくなったし、エクスタシーっていうの?
うん、気持ちいいもんだってことも知った。
けど、胸の奥だけはヒリヒリと痛んだままだった。

今日も事が終わり、あたいの隣では汗をかいた清四郎が、息を整えている。
いつもなら、そんなあいつの身体に腕を回しているんだけど、何故か今日はそんな気になれなかった。

それは、清四郎の母ちゃんが手にしていた黄色のチューリップ。
最近フラワーアレンジメントとかっていうやつに凝っているらしく、それで買い求めたらしい。
「見て見て、黄色いチューリップ。可愛いでしょ?まるで悠理ちゃんみたいよねぇ」
そう言っておばちゃんは笑っていたけど、あたいは笑えなかった。
―――実らぬ恋
和子ねえちゃんの言葉が、聞こえてきたような気がした。

「なぁ」
「ん?」

どうしよう?やっぱり聞いてみようか?
清四郎には好きな人がいたのか?
それとも、初恋っていつ?
そう聞けばいいだけだ。
あたいは思い切って声を出してみた。
そして、口から出た質問は、考えていたものと全然違うものだった。

「清四郎にとって、あたいは何番目?」
清四郎がゆっくりと身体を起こした。
あたいはじっとあいつを見つめる。
少し顔が強張っているのは、あたいの気のせいかな?

「急に何を言い出すんですか。さては、何か変なものでも食べましたね?」
誤魔化すように笑いながら答える清四郎に、あたいはかっとなった。
「違う!あたいは真剣に聞いているんだ!ちゃんと答えろよ!」

「勿論一番ですよ」
そう言って清四郎はあたいをじっと見つめる。
でも、あたいは、あいつの少しうろたえたような顔が忘れられなかった。
「本当に?」
「ええ」
「咲子さんよりも?」

違う、と言って欲しかったのに、返ってきたのは沈黙だけだった。
なあ、何で黙っているんだ?
早く、違うって言ってくれよ。
なあ、清四郎!
あたいは穴が開きそうなほど清四郎の顔をじっと見つめたけど、あいつは答えない。









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