コトリと、再びサイドスタンドの上にチューリップを差したグラスを置いた。 ベッドに腰掛け、ぼうっとチューリップを眺める。 ―――実らぬ恋。 もし、清四郎にとって咲子さんが初恋の人だとすると、初恋は実らなかったことになる。 可憐の言うとおりなのかな? 魅録もそうだった。 野梨子だって裕也との恋を終えた。 やっぱ、初恋って実らないのかな? 業とそんなことを考えてみたけどさ。 やっぱり、あたいの頭の中に浮かぶのは、あの写真だった。 こっちを向いて笑う咲子さん。 あいつが写真を取っておくほど好きだった人。 「あ―――っ!!」 あたいは声を上げてブンブンと頭を左右に振ったけど、咲子さんの笑顔は消えてくれなかった。 清四郎の胸の中でも、こんな風に残っているのかな? あの美しい姿のまま、永遠に残り続けるのかな? あの写真みたいにずっと――― あたいは、ゴロンとベッドにひっくり返った。 いつもなら清四郎の匂いに包まれて嬉しい筈なのに。 今は、胸の痛みを抱えるように、あたいは小さく丸まっていた。 カチャ、とドアが開き、清四郎が帰ってきた。 「悠理、只今帰りました」 清四郎は部屋へと入り、ついでにあたいの頭をポンポンと軽く叩き、くしゃっと撫ぜてから机に荷物を置く。 それがいつものあいつ。 そこへあたいが飛びついていくんだけど…… 「……お帰り」 あたいはゆっくりと起き上がって、ベッドに腰掛けたまま言った。 いつもと違う出迎え方に、清四郎の顔が曇る。 「どうかしましたか?」 だって、急に不安になったんだ。 ずっと清四郎を見てきたつもりだった。 なのに、あたいの知らない清四郎がいたんだ。 咲子さんに恋した清四郎が。 あたいは、後ろから清四郎のシャツの袖を摘んで、振り返るあいつの顔を見上げた。 「……清四郎」 「ん?どうしました?」 いつもとは違うあたいの行動に、清四郎は戸惑っているみたいだ。 不安なんだ。 写真のことばっかり考えていると、不安で押しつぶされそうになるから。 あたいは、清四郎の顔をじっと見つめた。 何か掴み取れるんじゃないか、そんな気がして。 清四郎はあたいのこと好きって言ってくれたけど、それは咲子さんの次ってこと? 今でもお前にとって咲子さんが一番なのか? あたいは……二番目? そう聞きたかったけど、言えなかった。 言えなかった代わりに、あたいは清四郎の首に腕を回して、キスをした。 あいつの唇に、自分の唇を押し付ける。 最初は驚いた様子だった清四郎も、あたいの背中に腕を回し、そっとキスを返してくれた。 でも、そんな優しいキスはいらない。 もっと強引な、貪る様なキスが欲しかった。 あたいを求めて止まないような、そんな激しいキスが。 あたいは唇を開いて、舌で清四郎の唇をなぞった。 そして、わずかに開いた入り口から進入すると、あたいの舌は清四郎のものに掠め取られた。 いきなり激しくなった。 絡めあった舌が、徐々にあたいの口腔へと押し寄せてくる。 やがて清四郎の舌があたいを嬲り始めた。 歯列をなぞり、舌を吸い上げ、流れる唾液を受け取って飲み干す。 苦しくなってきた呼吸を整える為に、あたい達は唇を離した。 清四郎はあたいをじっと見つめている。 あたいもじっと見返し、そして耳元に唇を寄せた。 「……抱いて」 清四郎があたいの肩を掴んで、身体から引き剥がした。 「どうしたんです?悠理。この間はあんなに怖がっていたのに」 「もう大丈夫。あたい、清四郎に抱いて欲しいんだ」 あたいは清四郎の首の後ろに腕を回し、ギュッと身体を押し付けた。 「……わわっ」 不意に足元がすくわれた。 気が付くと、あたいは清四郎に抱えられていた。 「お前が望んだことです。この間みたいに途中で止めるなんて、もう御免ですよ?」 「うん、解ってる」 ベッドに下ろされたあたいに、清四郎が覆いかぶさってきた。 本当は解ってなんかいない。 ただ、咲子さんに負けたくなかった。 抱かれたら、清四郎の一番になれるかも知れないだろ? 咲子さんの次じゃなくって、あたいが一番に。 そう思ったから、あたいは抱かれた。 「い、痛い!」 清四郎が中へ入ろうとした時、鋭い痛みに、あたいは声を上げた。 痛みのあまり、身体が硬直する。 「悠理、力を抜いて」 「やっ、やだ!痛いよっ!!」 耐えられず、逃れようともがいたけど、あたいに覆いかぶさっている清四郎の重みで、動くことも出来ない。 そこへ、グッと清四郎が押し入った。 「いっ!!」 あたいは激痛に涙が溢れ、そしてシーツへと流れた。 清四郎があたいの横に倒れ込んだ時、あたいは半ば呆然としていた。 身体の節々が痛み、あたいの心も痛んでいた。 もっと、ロマンチックなことだと思っていた。 もっと、愛が沢山詰まっているものだって思っていた。 清四郎は何も言わずにそっとあたいを抱きしめた。 あたいもぎゅっと背中に手を回す。 けど、それ以上にあたいは言葉が欲しかった。 普段なんか無口には程遠い薀蓄たれまくりのヤツなのに。 二人きりになると、清四郎はなかなか言葉にしてくれない。 いっつもあたいが好きだ、とか愛してる、って言ってさ。 清四郎は?って聞くと、好きですよ、と答えるんだ。 けど、気が付いたんだ。 清四郎は、愛してる、と言ってくれたことはない。 一度だってなかった。 あたいは、やっぱり一番になれないのかな? やっぱり、咲子さんの次なのかな? 聞きたいけど聞けない。 答えが怖かったから、あたいはその質問をぐっと飲み込んだ。 けど、そこからじくじくと痛みは広がって。 あたいの心と身体が悲鳴を上げていた。 あの日以来、あたいは清四郎に抱かれている。 もう身体が痛むこともなくなったし、エクスタシーっていうの? うん、気持ちいいもんだってことも知った。 けど、胸の奥だけはヒリヒリと痛んだままだった。 今日も事が終わり、あたいの隣では汗をかいた清四郎が、息を整えている。 いつもなら、そんなあいつの身体に腕を回しているんだけど、何故か今日はそんな気になれなかった。 それは、清四郎の母ちゃんが手にしていた黄色のチューリップ。 最近フラワーアレンジメントとかっていうやつに凝っているらしく、それで買い求めたらしい。 「見て見て、黄色いチューリップ。可愛いでしょ?まるで悠理ちゃんみたいよねぇ」 そう言っておばちゃんは笑っていたけど、あたいは笑えなかった。 ―――実らぬ恋 和子ねえちゃんの言葉が、聞こえてきたような気がした。 「なぁ」 「ん?」 どうしよう?やっぱり聞いてみようか? 清四郎には好きな人がいたのか? それとも、初恋っていつ? そう聞けばいいだけだ。 あたいは思い切って声を出してみた。 そして、口から出た質問は、考えていたものと全然違うものだった。 「清四郎にとって、あたいは何番目?」 清四郎がゆっくりと身体を起こした。 あたいはじっとあいつを見つめる。 少し顔が強張っているのは、あたいの気のせいかな? 「急に何を言い出すんですか。さては、何か変なものでも食べましたね?」 誤魔化すように笑いながら答える清四郎に、あたいはかっとなった。 「違う!あたいは真剣に聞いているんだ!ちゃんと答えろよ!」 「勿論一番ですよ」 そう言って清四郎はあたいをじっと見つめる。 でも、あたいは、あいつの少しうろたえたような顔が忘れられなかった。 「本当に?」 「ええ」 「咲子さんよりも?」 違う、と言って欲しかったのに、返ってきたのは沈黙だけだった。 なあ、何で黙っているんだ? 早く、違うって言ってくれよ。 なあ、清四郎! あたいは穴が開きそうなほど清四郎の顔をじっと見つめたけど、あいつは答えない。 作品一覧 |