沈黙が続いた。 ほらな、やっぱりあたいじゃないんだ。 あたいは涙が出そうになるのを必死で我慢して、清四郎を見続ける。 そして、やっと開いた口から出てきた言葉は、あたいの欲しいものではなかった。 「誰から聞いたんですか?」 悔しかった。 悔しくて、悲しくて、そして、猛烈に腹が立った。 「誰でもいいじゃんか!なあ、本当に清四郎にとってあたいが一番なのか?」 「ええ」 「嘘だ!!だったら、何で写真なんか大事に取っておくんだよ!!」 あたいはもう、清四郎の言葉が信じられなくなっていた。 よく平気でそんなことが言えるよな。 今でも咲子さんが好きなくせに、何であたいと付き合うだなんて言ったんだよ! 何であたいを好きだなんて言うんだよ! 嘘つき!! 清四郎が悲しげにあたいを見つめていた。 「……見たんですか?」 そんな顔をするなよ。 まるであたいが悪いみたいじゃないか! 悪いのはあたいを騙し続けたお前だろう! 「偶然だ。けど、そんなことが問題なんかじゃない。お前が好きなのは、咲子さんなのか、それともあたいなのか、はっきりさせろよ!」 あたいは怒鳴るように声を荒げ、清四郎に詰め寄った。 「……勿論、悠理のことは好きです」 そう言いながらも、清四郎はあたいから視線を逸らした。 「けど、彼女のことは忘れられません。彼女を否定することは、今ここにいる僕自身も否定することになる。それに……彼女は僕の初恋の人だから」 それが、清四郎の本当の気持ち。 咲子さんのことは忘れない。 咲子さんのことは否定できない。 あたいは、どうすればいいんだろう。 どうしたらいいんだろう。 あたいは何も言うことが出来ずに、ただ泣くことしか出来なかった。 あの日以来、あたいは咲子さんのことしか考えられなくなっていた。 清四郎の初恋の人。 美人で、綺麗で、清四郎が好きだった人。 清四郎の初恋の人。 今でも写真を大切に持っていて、捨てられない程大切な人。 あたいとは正反対の女の人。 咲子さんが羨ましくって。 憎くたらしくって。 そして……悲しくって。 あたいが想うほど、清四郎はあたいを想ってくれないんだと思うと、涙がボロボロ毀れて止まらなかった。 こんな風に思ってしまう自分が嫌だけど、考えれば考える程悪い方へと気持ちが進んでいった。 夜、寝ようと目を瞑れば、清四郎と咲子さんの顔が浮かんでしまう。 だから、眠れない日が続いた。 体中が悲鳴を上げて、ご飯も喉を通らない。 ずっと、咲子さんが頭から離れてくれないんだ。 みんなが心配するから、あたいは体調が良くない、とだけ言った。 清四郎は何も言わない。 だから、あたいは益々不安になって、清四郎の愛情を疑ってしまう。 こんな日が続いて、あたい、おかしくなっていたんだと思う。 ある日、野梨子が家に招いてくれた。 可憐も一緒だった。 心配した二人が、あたいの話を聞く為に呼んでくれたんだと思う。 そんな親友の気持ちは嬉しかったけど、あたいの頭の中は咲子さんのことでいっぱいだった。 清四郎の初恋の人。 美人で、綺麗で、清四郎が好きだった人。 今でも写真を大切に持っていて、捨てられない程大切な人。 あたいとは正反対の女の人。 「今、お茶を入れて来ますわね」 野梨子が席を立ち、可憐もそれに続いた。 「あたし、トイレに行ってくる」 女の子らしい部屋に、あたいは一人取り残された。 手持ち無沙汰になったあたいは、何気に野梨子の机へと目をやった。 あたいが来るまで作業していたらしく、机の上に道具がそのまま置いてある。 小さな箱と濃いグリーンのリボン、そして淡いイエローグリーンの包装紙があり、その脇にはクリーム色のカッター。 そういえば、魅録の誕生日が近い。 どうやら、フレゼントを包んでいたようだった。 何時もだったら、プレゼントが何であるのか興味が沸いたかもしれない。 けど、あたいの目が見ていたのは、クリーム色のカッター。 それしか見えていなかった。 あたいはそれを手にすると、カチカチと刃を押し出した。 几帳面な野梨子のこと、そのカッターの刃は欠けている部分もない。 おそらく、切れが悪くなった刃先を折ったばかりなのだろう。 キラリと光るそれは、とても綺麗だった。 無意識のうち、鋭い刃先を手首に当てていた。 不思議と怖いとか、震えることもない。 多分、逃げたかったのかもしれない。 この苦しみから。 辛い現実から。 あたいも死んだら、一番になれるかな? 2番目じゃなくって、あたいが一番に。 死んだら、なれるかな? あたいはもうそんなことしか思えなくて。 スッとカッターを引いた。 不思議と痛みは感じられなかった。 だって、それ以上に胸が痛かったから。 みるみるうちに、真っ赤な血が溢れ、腕を伝う。 ボタボタボタッ。 淡いグリーンの包装紙が赤く染まった。 これで一番になれるかな? あたいが死んだら…… その時、清四郎の顔が浮かんだ。 大好きな清四郎。 死んだら……清四郎に会えなくなる。 そう思ったら、目が覚めた。 何バカな事やってんだろ。 こんなことをしたら、清四郎に嫌われるだけだ。 それだけは絶対に嫌だ。 好きで、好きで、大好きでたまらない清四郎に、嫌われるのだけは絶対に。 そう思ったけど、血はどんどん流れ続ける。 着ていたTシャツの裾で押さえてみたけど、白いシャツが赤く染まっただけだった。 押さえ付けても赤い染みは益々広がっていく。 「止まれ!止まれったら!!」 あたいは、泣きながらそう喚いていた。 あたいの声を聞きつけたのか、可憐が部屋に飛び込んで来た。 「悠理!あんた、何してるの!」 血に塗れたあたいを見て、可憐が叫んだ。 「可憐……どうしよう……血が止まらないんだ……」 あたいは手首を押さえたまま、それだけ言うのがやっとだった。 作品一覧 |