First Love 6

  BY nero様



   
気が付いたら朝を迎えていた。
あの後、様子を見に来た和子ねえちゃんが、清四郎を引きずって病室を出ていった。
きっと、おばちゃん看護婦さんが和子ねえちゃんにでも報告したのだろう。

眠れなかった。
眠ろうと目を閉じてみるんだけどさ。
真っ暗な中にも不意に浮かび上がってしまうんだ、咲子さんが。
いくら消そうと頑張ってみてもダメなんだ。
だから、あたいは眠るのを諦めた。
又、眠れない日々が始まるのを半ば覚悟していた。



コンコン。
ノックの後に続いて顔を見せたのは、野梨子と可憐だった。
「具合はどうですの?」
上半身を起こし、窓の外をぼうっと見ていたあたいは、野梨子へと視線を向けて笑顔で答えた。
「することが無くって、暇だったじょ」
だって、二人にはこれ以上心配をかけたくなかったからさ。

「着替えを持ってきたわよ。血の付いたTシャツのままじゃ、みんな悲鳴を上げちゃうもの」
あたいは自分の格好を見下ろしてみた。
言われてみれば、Tシャツの裾は乾いた血でゴワゴワしている。
けど、それ以上に考えることが多すぎて、全然気が付かなかった。
「サンキュ」
あたいは可憐から着替えを受け取って、手伝ってもらいながら新しいTシャツとショートパンツに着替えた。

「他の奴らは授業?」
あたいは再びベッドに上がりながら言った。
「廊下で魅録と美童が待ってますわ」
「着替えがあるから、あたし達が先に入ってきたの」

「入院ってわけでもないし、午後には家に帰ってもいいって言われているし。大げさだなぁ」
あたいは笑いながら答えたんだけど、可憐も野梨子も笑ってはおらず、二人の顔は真剣だった。
「みんな心配していますのよ」
「そうよ。授業なんかよりも、悠理の方が大事に決まってるじゃない。美童も魅録も同じ気持ちよ」

嬉しかった。
可憐も野梨子も魅録も美童も、みんなの気持ちが嬉しかった。
けど、一人が欠けていた。
あたいが大好きでたまらない人なのに、今一番会いたくない人。
会いたいけど、会いたくない。

そんな葛藤がずっと続いているのに、あたいの口は聞いていた。
「……清四郎は?」
「後で来るって言ってましたわ」

まだ嫌われたわけじゃない。
後で来るだけだ。
あたいはそう自分に言い聞かせて、業と明るく言った。
「そっか。魅録と美童にも入ってもらってよ」


「硝子で怪我したんだって?どうせ、その辺のチンピラ相手に暴れたんだろ?ったく、気をつけろよな」
「そうだよ、悠理だって一応は女の子なんだからさ」
魅録と美童が、心配げに包帯で巻かれた左手を見ながら言った。
あたいは、隣にいた可憐と野梨子へと首を動かした。
二人は黙ったまま、微笑んでいた。

サンキュ、二人にも黙っていてくれたんだ。
そんな可憐と野梨子の心遣いが嬉しくって、あたいは自然と笑顔になっていて、こいつらのセリフにのってやった。
「だって、向こうから先に手を出して来たんだもん、仕方ないじゃないか!美童!一応って何だよ、一応って。あたいはれっきとした女だ!」
「そうなんだよねぇ。それって、世界の七不思議のうちのひとつだよ、きっと」
「なにおう!」
一人きりで静かだった病室に、笑いが溢れ、俄然賑やかになった。


コンコン。
ノックの音が、あたい達の笑い声を止めさせた。
カチャリと音がして、ドアが開いた。
清四郎だった。
「悠理」

「あたしたち、外へ出てるから」
何故かみんなは、清四郎が部屋へ入ったのと入れ違いに、廊下へと出て行った。
「何かあったらすぐ呼んで下さいね」
野梨子が部屋を出る寸前、振り返ってそう言った。
何かって何だ?
これから何かがあるってことか?

コツコツと靴音を立てて、清四郎があたいに近づいた。
「座れば?」
「いいえ、結構です」
清四郎は立ったまま、しばらくあたいを見つめていた。

「悠理、お話があります」
いつにない重い口調の清四郎に、あたいは何時もと違う何かを感じた。
これから言おうとしている何かは、きっとあたいにとって良くない話だと。
やめろ、とあたいが口を開く前に、清四郎が告げていた。
「しばらく距離を置きましょう」

シバラクキョリヲオキマショウ。
まるで魔法の呪文のように聞こえたその言葉は、その意味さえ考えることも出来ずに、ただあたいの頭の中をぐるぐると駆け巡った。
聞きたくない。
解りたくない。
全身がその言葉を拒否していた。
けど、清四郎の話は止まらずに、続けられていた。
「僕達はもっと大人になる必要があります。悠理がこんな風に考えたりするのだって、本を糾せば僕が原因、悠理は……泣いてばかりいる」

沈黙が続いた。
清四郎の告白も、まるでお経を唱えているように呑み込めなかった。
数分が経過し、ようやく清四郎の言葉を理解したあたいは、全身でそれを拒んだ。
「やだ……」
あたいはひたすら首を左右に降り続けた。
「やだやだやだっ!!」

あたいは清四郎が着ていた白いシャツを掴み、泣きながらあいつに縋っていた。
「やだよ、清四郎!あたいが悪かったからさ。二度とこんなことしないって誓うから!」
しばらくあたいを見下ろしていたけど、清四郎はあたいの手を外し、自分の両手で優しく包みながら言った。
「僕の中で、悠理は勿論大切な人です。けれど、咲子さんも僕にとって大切な人でした。咲子さんのことは、自分では片を付けるつもりでしたが、 彼女を忘れることは出来ません。けど、それが悠理を傷つけてしまうのなら、僕達は距離を置いた方がいい。 幸いなことに、知人から合同研究の話がきていました。彼はいつでも来いと言ってくれています。僕は……アメリカへ行きます」

清四郎はあたいの頬を両手で包むと、親指で涙を両の目から流れる涙を拭った。
「待っていてくれませんか?寂しくはありますが、三年という期間は、必ず僕達を成長させてくれる年月であると信じています。僕は必ず迎えに来ることを約束します」
あたいは何も言わず、清四郎の腕を振りほどき、頭をブルブルと振った。
こんな状況で離れてしまったら、あたいなんかのことなんて、絶対忘れるに決まっている。
やっぱり別れたいんだ。
咲子さんが一番なんだ。

そんなあたいの心の内が解ってしまったのだろうか?
清四郎は寂しく笑って、ただこう言った。
「悠理、僕達は進まなくてはいけない。僕達二人の将来の為に」

あたい達の為だなんて、何でそんな嘘つくんだよ!
あたい達の為なんかじゃないんだろ?
全て咲子さんの為なんだろ?

「嘘だ!あたいなんかの為じゃない!咲子さんが好きなんだろ?咲子さんが忘れられないから、あたいと別れたいんだろ?」
あたいは枕を抱きしめたまま、清四郎に背を向けたまま叫んでいた。
「嫌いだ!おまえなんか大嫌いだ!!さっさと何処へでも行けばいいだろ!あたいのことなんか好きでもなんでもないくせに! 咲子さんが一番のくせに!あたいなんか気にすることないじゃないか!!」
ふうっと清四郎が大きく息を吐くのが聞こえた。
「悠理……今は何を言っても信じてもらえないかもしれませんけど、僕はいいかげんな気持ちで交際を受けたわけではありません。 それに、告白されて以来、ずっと悠理…君が好きでした」


「さようなら」
清四郎が部屋を出ていく気配がしたけど、あたいはあいつの方を見もしなかった。
パタン。
コツコツと靴音が響いた。
段々と足音が遠ざかって行く。
「……しろう?」

もう清四郎に会えないかも知れない。
もう二度とあたいのところへは帰ってこないかも知れない。
そう思った瞬間、あたいは叫んでいた。
「清四郎、行っちゃやだよ……清四郎―――っ!!」
けれど、清四郎が戻ってくることはなかった。
「わあ―――っ!!」

あたいの絶叫と共に、可憐と野梨子が部屋に飛び込んできた。
「悠理!!」
「しっかりなさいませ!!」
可憐が震える身体を抱きしめてくれた。
野梨子が震える両手を握ってくれた。
けど、あたいの心も身体も凍ったままで、二人の温もりすら感じられなかった。
「可憐、野梨子、あたい……あたい、もうどうしていいか解んないよぉ!!」








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