一週間後、あたい達は成田空港の出発ロビーにいた。 全日空10便、成田発11:00。 和子さんに教わった通り、あたい達五人はカウンターの近くで清四郎の姿を探していた。 清四郎は誰にも言わずに、一人で行くつもりだったようだ。 魅録や野梨子も、聞いていない、と言っていた。 仲間の誰にも告げずに、あいつは行こうとしていた。 清四郎にさよならを告げられて。 あたいはあいつが帰って来るまで会わないし、会えないと思っていた。 けど、清四郎に伝えたいことが一つだけあった。 それは、最後にあたいが言ってしまったこと。 お前なんか大嫌いだ! さっさと何処へでも行けばいいだろ! これはあたいの本心なんかじゃない。 清四郎が大好き。 だから、待ってる。 あたいの本当の気持ちを伝えたかった。 最初は一人で来ようかどうしようか悩んだけどさ。 あいつらだって見送りたいだろうし、あたいも一人だと勇気がしぼんじゃうかも知れなかったし。 だから、みんなにも来てもらった。 「まだかしら?」 野梨子が辺りを見渡しながら、そう呟いた。 魅録も可憐も美童も少し離れたところであいつを探している。 けど、見つけることが出来ないのか、みんなもあたいの側にやってきた。 「こっちにはいないぞ」 「あたしも見つけられなかったわ」 「まだ来ていないのかなぁ」 美童がそう言った時だった。 あたいは遠くからこちらに向かってやってくる清四郎を見つけた。 「いた……」 「えっ?どこ?」 「私も解りませんわ」 「悠理、どこだよ?」 「ほら、あそこ」 あたいが指差した方向へと、みんなが視線を巡らせた。 長身ですらりとした身体。 黒髪を後ろに撫でつけ、整った顔の清四郎は、周りの視線を集めていた。 自信にあふれ、堂々とした歩き方。 清四郎以外の誰でもなかった。 「すごいよ悠理、愛の力だね」 そんな美童の雑音が聞こえてきたけど、あたいはただ清四郎に見惚れていた。 「悠理、声を掛けませんの?」 隣にいた野梨子があたいにだけ聞こえるように言った。 伝えようと思っていた。 けど、清四郎の姿を見れただけで、あたいの心はとても幸せな気持ちになれた。 だから…… 「いいよ」 「えっ?」 「もういいんだ。あいつの顔を見れたから、それで満足」 そう言って、帰ろうとしたあたいの腕を掴んで、野梨子が叫んだ。 「清四郎!!」 その野梨子の思ってもみなかった行動に、あたいは度肝を抜かされた。 だって、こいつ、こんな人混みの中で大声出すような女じゃないんだぜ? ま、こんな声を出したってこの人混みの中、解るわけないよな? あたいはそう思って振り返ってみたんだ。 そんなあたいの予想は見事に裏切られ、清四郎が一瞬驚いたようにあたいを見た後、笑顔になった。 「みんな、来てくれたんですか?」 あたい達の前にやってきた清四郎が、嬉しそうに言った。 「水臭いぜ、清四郎さんよ。何も言わずに行っちまうつもりだったのか?」 「そうよ!あたし、結構怒っているんですからね」 「すみませんね」 「チェック・インは済んだの?」 「いえ、これからです」 「では、先に済ませてきて下さいな。私達はここで待っていますから」 みんなにあれこれ言われた清四郎は、あたいの前を通ってカウンターへと向かって行った。 あたいはまだ、声を掛けることができないでいた。 手続きを済ませた清四郎が戻ってきた。 「ま、永遠の別れってわけでもないんだからさ、気をつけてね」 「そうそう、ニューヨーク生活をエンジョイしてきなさいね」 「遊びに行くわけじゃないんですけどね」 美童と可憐が清四郎にエールを送った。 「魅録、野梨子を頼みましたよ」 「ああ」 「清四郎も、身体には気をつけて下さいね」 「ええ」 そして魅録と野梨子も。 そんな様子を、あたいは一歩後ろで眺めていた。 耳にはガッヤガヤとした沢山の人の話し声と、時折アナウンスされる登場案内。 まるで流れるような英語のアナウンスに、これから外国へと飛び立つ時間が迫っていることを思い出させる。 今までは、手を伸ばせば届く所にいた清四郎がいなくなってしまう。 大学にも、清四郎の家にも、みんなが集まっても、清四郎はいない。 電話や手紙で話すことは出来ても。 会いたいからって直ぐに走って会いに行けるような距離にはいないんだ。 悲しい気持ちでいっぱいになったあたいは、清四郎の顔を見ていられなくなって、俯いてしまった。 ふと、視界に足が入って来た。 ゆっくりと顔を上げると、そこには清四郎がいた。 美童が、向こうの席にいるから、と言って、脇を通り過ぎ行った。 あたいは、清四郎と向かい合って立っていた。 「悠理。有難う、来てくれて」 「……うん」 沈黙が続いた。 あたいは再び視線を逸らせた。 顔を見ると、行かないで、と言いたくなっちゃうからさ。 だからあたいは俯いた。 目の前にいるのに、すごく遠く感じた。 これからは顔を見ることさえも出来ないくらい遠くに行っちゃうんだ。 そう思うと涙がこみ上げて来た。 視界がだんだんとぼやけてきたけど、あたいは一生懸命我慢した。 行かないで、って言いたくなるのも必死で我慢した。 言っちゃいけない。 嫌いで別れるんじゃない。 好きだからこそ距離を置くんだ、ってみんなに言われた。 傷つけあうだけのガキみたいな恋をするんじゃなくって、お互いに思い合う為の大人の恋をする為に。 あたいは、意を決して、顔を上げた。 そして、清四郎を見つめながら、言った。 「ごめんな、清四郎。あたい、自分の気持ちばっかり押し付けちゃってさ。清四郎の気持ちなんか、全然考えてなかった」 どうしても、声が震えるのだけは仕方がないだろ? それだけは許して欲しいな。 今でも辛いからさ。 大好きなお前と別れるのが、とっても辛いんだ。 だから、笑って送ってやりたいけど……ごめんな。 「でも、あたい、本当に清四郎のことが好きだった。…好き…で……好き…うっ……で……ホン…ト……ひっく……に…大好きだったんだ……」 瞬間、あたいは清四郎の腕の中にいた。 懐かしい、清四郎の匂いがあたいを包み込んだ。 これが最後の抱擁。 あたいは我慢できなくって、わんわん泣いてしまった。 「有難う、悠理。僕も大好きです。僕は必ず迎えに来ますから、悠理もいい女になって下さいね。僕ももっといい男になって帰って来ます」 あたいは清四郎の腕の中で、何度も頷いた。 「だから、それまで間、さようならです。僕達が大人になるために」 「あたい、待っているから。清四郎が迎えに来てくれるまで待っているから!」 しゃくりあげるあたいの背中を、あいつの手が優しく撫ぜる。 そんな清四郎の優しさが、かえってあたいの涙を止まらなくしてるってこと、気が付いてるのか? 何だか可笑しくなって噴出したら、やっと涙が止まった。 あたいが腕で涙を拭っていると、清四郎がジャケットからハンカチを取り出し、拭ってくれた。 優しくサラッとした麻のハンカチは、あたいの心までも穏やかにした。 仕方ないよな。 あたい、子供だったからさ。 清四郎が帰って来た時、びっくりするくらい大人のいい女になってやるよ。 だから、もう一度恋しような、清四郎。 そして、清四郎の乗る飛行機の搭乗案内のアナウンスが流れた。 あたいは身体を離し、今出来る限りの笑顔で言った。 「バイバイ、清四郎」 「さようなら、悠理」 そう言って踵を返し、二三歩進んだ清四郎がくるりと振り返った。 「愛していましたよ、貴方を」 ずるいよ。 やっぱりずるいよ。 最後の最後で、やっと愛してる、なんて言ってくれてさ。 あたいも、って言いたかったけど、びっくりして動けなかったじゃんか。 嬉しくって、だけど悲しくって。 あたいは、可憐や野梨子に肩を抱かれるまで、動くことが出来なかった。 ホント、ずるい奴だよ、お前って。 あたいは小さくなっていく背中が見えなくなるのを確認すると、二人に促されて歩き出し、美童と魅録も加わって空港を後にした。 ―――バイバイ、清四郎。 作品一覧 |