清四郎、元気にしてるか? あれから五年が経ったけど、今、何してる? 毎日書いていた手紙も段々と減り、今では出した手紙があて先不明で返ってくるようになった。 もうあたしのことなんか、忘れちまったのかも知れないな。 自分のことをあたいと呼んでいた幼いあたしは、自分の気持ちを押し付けることしか出来なかった。 切なくて、苦しくて、自分を止めることすら出来なかったあの頃。 やぶれて当然の恋だった。 けど、今でもあたしは――― 清四郎、お前しか好きになれない。 First Love 〜終章〜清四郎。 今日は報告があるんだ。 去年、魅録がキャリアとかいう警官になるために試験を受けて合格した、って言っただろ? それでさ、研修と見習い期間が終わった途端、結婚するって言いやがってさ。 勿論、相手は野梨子。 それがさ、あいつら、出来ちゃった結婚なんだぜ? 笑っちゃうよな。 それで、来月結婚式なんだ。 お前、来るよな? 親友の魅録と大事な幼馴染の野梨子の結婚式だもん、来るに決まっているよな? あいつらも困ってたぜ? お前に連絡取れないって。 あんまりあたい達を困らせるなよな。 久しぶりにお前の夢を見た。 別れたばっかの頃は、悲しくて、泣きながら目が覚めたけど、今は目覚めた後、とっても気持ちいいんだ。 お前と楽しい思い出ばっかり夢に出てきて、あたいは嬉しくって仕方がないから。 本当に寝ながら笑っているみたいで、時々豊作兄ちゃんが、夜中にお前の部屋の前を通るのが怖い、って言うんだ。 あたしは全然気にならないんだけどさ。 そりゃそうだよな、寝ているんだし。 でも、あたしは眠るのが待ち遠しくって仕方が無い。 だって、眠れば清四郎に逢えるんだもん。 眠っていれば、お前とデートできるんだぜ? ちゃんと枕の下にお前の写真を置いて眠れば、毎日だって逢える。 こんなに楽しいことってないだろ? ……でもな。 やっぱり、本物の清四郎に逢いたいよ。 清四郎を抱きしめたいし、お前の匂いに包まれたい。 一緒に話して、遊んで、キスして―――そして、抱かれたいよ。 ううん、ただ……清四郎、お前に会いたい。 悠理 あたいはペンを置いて、便箋を小さく畳んだ。 あっと、インクが乾いてなかったのかな? 重なった文字のインクが滲んだ。 ちょっと読みにくくなったけど、いいよな? なんか、お前の小言が聞こえそうだ。 ―――悠理、下手でもいいですから、もっと丁寧に書いて下さい。例え中身が伝わらなくても、 その気持ちだけでも相手に伝わるように書くのが礼儀というものですよ。そうそう、紙も汚さないように気を付けて下さいね。 あたいはフッと笑っていた。 いつでも思い出すのは清四郎のことばかりだ。 いっぱい、いっぱい、いっぱい怒られたけどさ。 それでも、嬉しかった。 楽しかった。 幸せだった。 そんな幸せな時間をくれた清四郎に、有難う、って言いたくて。 成長したあたしを知って欲しくて。 あたしは届かない手紙を書き続けている。 住所と宛名を書いた封筒は、たくさん引き出しの中に入っていた。 一枚だけ抜き取って便箋を入れ、封をするために小物入れに入っているステックのりを取る為に左手を伸ばす。 その腕に、ずっとしていたリストバンドはもうない。 我侭だった自分を象徴するような傷も、すっかり目立たなくなっていた。 今だから思う。 あたしには大人になる為の時間が必要だった。 自分の幼さを認め、あるがままを受け入れる為に。 この傷が癒えるのに要した分と同じだけの時間が。 新しい手紙をリュックにへ入れ、あたしは部屋を出た。 今日は昔からの行き付けの喫茶店、『ハナミズキ』で集まることになっていたから。 勿論、魅録と野梨子の式の打ち合わせ。 こういうイベントが大好きなあたしは、店まで走っていくことにした。 だって、嬉しいじゃん? 仲間が幸せになるんだからさ。 カランカラン、と音を立てて蔦の這うレンガ造りの懐かしい店へと入って行った。 「ちはっ!」 あたしは、顔なじみのマスターに声を掛けた。 「いらっしゃい。悠理ちゃん、久しぶりだねぇ。みんなはもう来とるよ」 倶楽部の仲間とこの店に通い続けて、もう九年になる。 ジャズの音楽と人が良さそうな優しい面立ちのマスター。 そして、とどこか懐かしい感じの温もりのある店に、あたしはほっと息を吐いた。 店内にはコーヒーの香りが充満していて、まるで条件反射のようにあたしのおなかがギュルルと鳴った。 パブロフの犬、っていうんだっけ? 昔、清四郎に何度も言われたことを思い出した。 「おっちゃん!あたしにオムライスとピザトーストとナポリタンにチョコパフェとプリン・ア・ラ・モードね!」 「あいよ、いつものやつだね」 マスターが笑いながら言った。 「悠理、遅いわよ!!」 あたしのオーダーの声に気付いたのだろうか。 後ろを向いていた可憐が振り向いて、手を上げた。 そんなことしなくっても、あたし達しかいないのに。 あたしは息を弾ませながら、仲間の待つテーブルへと近づいて行った。 「ごめん。走ってきたら遅くなっちゃった。それにお腹すいたし」 あたしの声と同時に、お腹がぎゅるると二度目の悲鳴を上げた。 「いつまで経っても変わらないな、悠理は」 奥に座っていた魅録が笑いながら言った。 あたしはちょっとむっとしたけど、隣にいる野梨子と可憐は優しく微笑んでいた。 「いいえ、悠理は変わりましたわ」 「そうよ。いい女になったじゃない」 美童までがあたしを擁護してくれた。 「そうだよ。魅録はやっぱり女のこととなると、てんでダメなんだから」 そんな仲間の声が、あたしにはとても嬉しかった。 「悠理、アレ、持ってきて下さいました?」 野梨子の言っているのは、何だっけ? 確か、サムシング・フォーってやつ? 可憐曰く、欧米で花嫁さんが結婚式の日に身につけると幸せになるんだってさ。 野梨子の結婚式なのに、俄然張り切っているロマンチストの可憐があたいにこう言ったんだ。 「悠理、叔母様からグローブを借りてきて」 「何で?」 「四つの中の一つに、Something Borrowっていうのがあって、幸せな結婚生活を送っている人から何か一つ借りるのよ。世界一幸せな叔母様から借りれば、間違いないわ!」 そして、今日持ってくることになったんだけどさ。 あたしはリュックの中に入れた手袋を取り出した。 「ごめん、ちょっと皺になっちゃった……」 可憐は眉を顰めていたけど、野梨子はニッコリと笑顔で受け取ってくれた。 「有難う、悠理。叔母様にも宜しくお伝え下さいな」 「っていうか、行く気満々だからな。覚悟しておけよ」 「ええ」 そんな話をしながらリュックの蓋を閉めようとした時、清四郎宛の手紙が目に入った。 そうだった。 来る時に出そうと思っていたんだっけ。 あたしは苦笑いしながら白い封筒を見つめた。 どうせ又、返ってくるんだろうけどさ。 でも、出さずにはいられなかった。 今度こそ届いて欲しい、そう願いながらあたしはリュックの蓋を閉めた。 テーブルでは、式の段取りや二次会の事について、話し合いを続けていた。 可笑しいのは、野梨子と魅録も式なのに、やたら可憐が張り切っていることだった。 美童も興味津々という具合に、野梨子達がもらってきたパンフレットをパラパラと捲っている。 ま、仲間の初めての結婚式だから、可憐が張り切るのも仕方ないけどさ。 その当の二人はというと、二人仲良く顔を寄せ合っては、ああだこうだと話合っている。 ホント、お似合いだよ、この二人は。 あたしも次から次へと運ばれてくるご飯を食べながら話に参加していたんだけど、食べ物の匂いに野梨子の気分が悪くなったので、あたし一人離れた席でご飯を食べていた。 気の毒に思ったマスターが、カウンターの席に呼んでくれた。 「あの二人、結婚するのかい?」 「うん。来月の第二日曜日に教会で式を挙げたあと、和貴泉倶楽部所有の洋館で披露宴をするんだってさ。 もう、人の結婚式なのに、可憐なんかめちゃくちゃ張り切ってさ。料理はどこぞのシェフに出張で来てもらうだの、生バンドがどうのって凄いんだぜ」 「ははは、彼女らしいねぇ」 そんなたわいも無い話をしながら、ピザトーストとナポリタンを平らげたあたしは、オムライスの皿へと手を伸ばした。 ふわふわの卵に幸せを感じながら、スプーンをせっせと口に運んでいた。 その時、カランカランとドアの開く音がした。 「いらっしゃい、おや、ずいぶんと久しぶりだねぇ」 あたいは入り口に背を向けていたので、誰が入って来たのか解らなかった。 ここの常連さんだろうか? あたしはそんなことを思いながらも、休むことなくオムライスを口に運び続けていた。 「みんな、もう来ているよ」 マスターのその一言に、あたいのスプーンが止まった。 みんなって、あたい達しかいないはずだ。 なのに、来てるって…… まさか……だよな? 「やっぱり、ここでしたね」 その、まさか、だった。 聞こえてきたのは、五年ぶりに聞くあいつの声。 清四郎の声だった。 あたいは驚きのあまり、動くことも声を上げることも出来ずに、その場で固まっていた。 そんなあたしに向けられた声は五年前とちっとも変わってなくて。 ただ、ずいぶんと楽しそうな声だった。 「相変わらずの食べっぷりですね、悠理」 嘘だろ? たった今、手紙を出そうとしていた所だったのに。 何にも連絡がなかったのに、突然現れるなんて。 ずるいよな、お前。 やっぱり、ずるいよ。 あたいは、固まっている身体を無理矢理動かし、ゆっくりと振り返った。 やっぱり清四郎だった。 大好きで、大好きで、今でも大好きな清四郎。 あいつが目の前に立っていた。 「清四郎!!」 瞬間、あたしは清四郎に飛びついて、あいつもあたしを抱きしめてくれた。 「悪かった、待たせて」 あたしは黙ったまま首をプルプルと振った。 「清四郎がいてくれたら、それでいい」 もう言葉なんかいらない。 目の前に清四郎がいれば、それだけで良かった。 離れていたこの五年が、あたしに教えてくれた。 「悠理……愛してる」 嬉しくってポロポロと涙が毀れた。 あいつの腕がぎゅっとあたしを抱きしめる。 あたしは清四郎にしがみ付き、あいつの胸の中で泣いた。 帰って来てくれた。 あたしのところへ帰ってきてくれたんだ。 もうこの腕は放さないからな、清四郎。 「悠理」 あたしは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、清四郎の掌がそっと頬に添えられた。 親指で涙を拭い、見つめ合う。 清四郎がそっと顔を近づけたので、あたしも目を閉じた。 これから始まる恋はSecond Love。 実らないFirst Loveは終わりを告げた。 たむらん様画 いつものことですが、私の書くものはやたら長く、フロさまにも大変ご迷惑をおかけしました。 又、稚拙にお付き合い下さった皆様にも感謝申し上げます。 今回は、純粋すぎるが故の苦しい恋をした悠理視点のお話でした。 その為、清四郎の言動が理解し難いものもあったかと思われますが、それも彼なりの理由があります。 何故アメリカ滞在が3年から5年になったのか。 何故彼が音信不通になったのか。 全てに理由があるのです。 この辺のことは、機会があったら清四郎の物語として書いてみたいと思っています。 しかし、これもまた『First Love』並に長編で、イタタなお話になること必死ですが(苦笑) 企画部屋TOP |
フロです。一番最初にこのお話を読ませていただき、ひとり枕を濡らしました。読み終わった後も、「くぉの清四郎ーー!5年も音信不通ぶっこいてんじゃねーー!」と怒り収まらず。 しかし、ふと。 ひょっとして悠理よりも清四郎の方がこの別れはつらかったんじゃないか?と思ってしまいました。だって大切な人間に自分のせいでリストカットされるなんて、最悪じゃないですか。それも、天真爛漫さで、咲子さんを失った後凍りついていた清四郎の心を溶かし癒してくれた悠理が、ですよ?・・・あうあう。今度は清四郎の心情を思って涙涙となってしまいました。 突然もどってきて、皆の前でガバチューかました彼の背景ドラマをぜひぜひ読みたいです。たとえそれが、今回以上にイタタな内容でも。 nero様、なんの権利でかましたか今となっては不明な(いや、もともと権利なし/滝汗)私の傍若無人なリクに応え、こんな大長編を、本当にありがとうございました!皆の前でガバチューかましたいところをぐっとこらえ、投げキッスをお送りしますvv(返品可) |