「蛍狩り」



綿飴、射的、金魚すくい。

いつもは、祭りは仲間たちみんなとはしゃいで過ごす。
だけど、今日は初めてのふたりきり。
いつになくシックな柄の浴衣で現れた悠理に、清四郎は眩しそうに目を細めた。
見慣れているはずの清四郎の浴衣姿なのに、悠理もなぜか面映かった。

店の人が泣き言を漏らすほど二人競って掬った金魚は、二匹だけ残して返した。
赤い金魚と黒い金魚が、悠理の手にした袋で寄り添う。
人ごみの中、はぐれないように繋いだ手。
そんな些細なことが、とても嬉しい。
いつものようで、いつもと違う二人。

人波が次第に途切れ、屋台も店じまいを始めた。
もう帰り始める人の群れに逆行しながら、まだ繋いだ手を放せない。
もっと、こんな時間が続くといいと思った。

「悠理、寄り道しましょう」
清四郎が繋いだ手を引いた。
まだ帰りたくなかった気持ちは同じだと、悠理も嬉しくなった。
だけど、清四郎は行く先も告げず、通りを外れ、どんどん夜の林の中を進む。
提灯の明かりも終了間際の祭りの喧騒も遠ざかる。
なんとなく嫌な予感。
人気のない暗がり、体育倉庫や仮眠室に連れ込まれた記憶があるものだから。
恋人は、無粋な男だったと、改めて思い出した。
「おい・・・清四郎?」
悠理は清四郎を思いっきり不審げに睨みあげた。
涼しい顔をした清四郎は、憎らしいぐらい落ち着いている。
下駄に山道の小石が挟まる。歩きにくい暗がりの中を、清四郎はまだ進む。
「ちょっと、目を瞑っててください」
清四郎が悠理の後ろから、大きな手で目隠しをした。
「な、なに?」
「しっ」
悠理の疑問を制するように、清四郎は耳元で囁く。
「このまま、ゆっくり。歩いて行ってください」
そんなことを言われても、目の見えない状態で?
「僕が、信用できない?」
背後から抱きすくめられているような状態のまま。クスクス清四郎が笑う気配。
くそぅ。
なんだか悔しくって、ずんずん足を進めた。
恐くなんかない。暗闇も、清四郎も。

「悠理、ここでいいです」
清四郎が手を放した。

悠理は目を開ける。
最初に目に入ったのは、暗闇。そして星。
――――違う。
淡い光がちらちらと舞い踊る。
それは、蛍だった。

「ここら辺りの清流に蛍が戻ってきたと、聞いていたもので。やっぱりいましたね」
「すご・・・」
悠理の手の中で、ちゃぷりと金魚が跳ねた。
淡い光がゆらゆら飛び交う。

「綺麗だ・・・・」
思わず呟いた悠理に、
「今日の、おまえもね」
そう言って、清四郎はふわりと柔らかく微笑した。

ちゃぷり。
金魚が跳ねる。

いつものようで、いつもとは違う二人。
無粋な男と御転婆娘も、今夜はロマンチックに。
幻想的な蛍の光の中で、口付けを交わした。

寄り添う金魚が、恥ずかしげにまた跳ねる。

ちゃぷり、
ちゃぷり。





もうひとつの蛍狩り

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