7月の第2日曜日。
夏休みを待ちきれず、悠理たち有閑倶楽部の6人は、森林浴を兼ねたバーベキューをするべく遠出をしていた。
梅雨も終盤。幸運にも天気に恵まれ、気温も上昇。キャンプ場に併設されたアスレチック・フィールドでひとしきり騒いだ後は、お待ちかねのバーベキュー。初夏の眩しい陽射しを浴びて食べる最高級和牛はこの上なく贅沢だ。
4回目の高校生活という事実さえなければ言うことはない。そんな完璧とも言えるほど充実した一日を過ごした帰り道の、出来事。
外の景色が薄墨に染まる頃、6人は魅録の運転するワゴン車に乗っていた。
朝からはしゃぎまくりの食べまくりで、目的地を出たときは賑やかだった車内も、いつのまにか静かになっていた。
「眠いんなら寝てもいいんだぜ」
運転席に座る魅録は、横に座る女性にちらと目をやる。
18歳の誕生日を迎えてすぐに運転免許を取った魅録は、運転は出来るけれど免許がない17歳までとは違い、正々堂々と公道を走れることが嬉しくて楽しくて仕方がない。当然皆が眠っていても運転が苦にはならず、遠出をする計画を立てては車で行くことを提案する。もちろんハンドルは魅録のものだ。
「大丈夫ですわ。魅録こそ眠くないんですの?」
刻々と暮れてゆく外の景色を見ていた野梨子は、微笑みながら、ゆっくりと魅録の方へと向き直る。
「あぁ。昼間、ちょっと寝たからな」
「そういえばそうでしたわね」
バーベキュー後、食後の運動と称して再びアスレチック・フィールドへと駆け出していった悠理。そういう場合、お目付け役の意味も含めて、悠理の相手をするのは魅録の役目になることが多い。ところが、今回はその役を清四郎が積極的に買って出たのだ。
「帰り道に備えて軽く寝ておいた方がいいと思いますよ」ともっともな理由までつけて。
全くもって素直じゃない清四郎の顔を思い出して、魅録はひとり笑みをもらす。
同じようなレジャー帰りの車が多いのだろうか、高速道路は思いのほか混んでいて、今や流れが完全に止まってしまっていた。
気分転換を兼ねて魅録は背筋を伸ばし、ついでにミラーで背後の4人の様子を見る。
今日乗っているのは、8人乗りのワゴン(剣菱所有の車だ)。運転席は当然魅録。助手席には野梨子。真ん中の列に悠理と清四郎が、後方に可憐と美童が座っている。
4人ともすっかり眠ってしまっているようだ。(悠理に言わせると)基礎体力があまりない可憐と美童は、帰り道に軽く眠ることもある。悠理は、常人をはるかに超えた体力を持ってはいるが、食欲と睡眠欲には忠実なので、これまたよく寝る。いつもと違うのは清四郎。
「それにしても、清四郎まで眠っちまうなんて珍しいよな」
素直な感想を口にする魅録。
「朝方まで何か実験をしていたと、言ってましたわ」
後ろをそっと振り返りながら野梨子が言う。
「なるほど」
ろくすっぽ寝ないで悠理の相手をすれば、さすがの清四郎でも眠くなるわけである。
会話が途切れた車内は、エアコンの音がするだけ。
6人揃っているのに4人が寝てしまっているので、何だか野梨子と2人きりのような状態になっている。
少し前から、魅録は、野梨子にとある人物の話をしたいと思っていた。6人が揃ったところで話すのは少し気が引ける話題。かといって、改めて野梨子と2人きりになって話すことでもないような話題。
今のこの状態はその人物の話をするのにうってつけだ。そう考えた魅録は、裕也の話を持ち出した。
「…裕也さ、頑張ってるらしいぜ。おふくろさんもだいぶ良くなったって聞いた」
「そう…ですの。何よりですわ」
思いがけない名前を聞いて、軽く目を見開いた野梨子だが、すぐにふわりと微笑む。
初恋の痛みが消えたわけではないけれど、その痛みを経験として持つことの価値を今の野梨子は知っている。
「しかしさ、野梨子が裕也に惚れるとはね」
顎をハンドルの真上で組んだ手の上に乗せて魅録が言う。
常に清四郎の隣にいて、男の基準は清四郎であるはずの野梨子。そんな野梨子が惚れたのは、幼馴染みとは全く異なるタイプの男。
「あら。意外でしたかしら」
「まあね」
昔からお嬢さんはあのタイプに弱い、と言ったのは清四郎だ。
「…最初はびっくりしましたけれど、裕也さんと魅録って似てますでしょう?そんなに抵抗はありませんでしたわ。きっと魅録のお陰ですわね」
「“お陰”じゃなくて“所為”だろ」
自分と似てると言われると、まるで自分が野梨子の基準を狂わせたかのようで居心地が悪い。
「お陰、ですわよ」
「…そりゃ、どうも」
居心地の悪さは変わらないが、何だか少しくすぐったい。
妙な気分を味わっている魅録に、今度は野梨子のためらいがちな声がかかる。
「…魅録は、どういう方がお好きですの?」
「はあ!?」
予想外な話題の展開に、声を裏返させながら、勢いよく野梨子の方を向いた。
「やはり、悠理のようなスポーツ万能な方?」
小首を傾げて尋ねられ、何故だか上がる心拍数。美童が見たら可愛さのあまり抱きつきそうなくらい、その仕草が似合っている。
「やー…別にそういうのは関係ねぇよ。強いていえば、曲がったことが嫌いな奴だな」
野梨子の視線を外すように前を向きなおし、考えながら言う。
「イヤーマッフルを作った人のセリフとは思えませんわね」
くすくすと笑いながら言う野梨子。
「あれは悠理のために…!」
「やっぱり悠理なのではないですの?」
悠理と魅録の関係に恋愛感情が絡んでないとわかっていても、その仲の良さは特別だから。つい、勘繰ってしまう。
「野梨子…勘弁してくれよ。大体、悠理は…」
清四郎が、と続くはずの魅録の声は、ゴンッ!という鈍い音に止められた。
びっくりした2人が振り向くと、おそらく窓に頭をぶつけたのであろう。悠理が右側頭部を窓にくっつけたまま寝ている。
その音に、清四郎がぼんやりと目を開けた。
つと自分の右側に視線をやり、身体を大きく右に傾けたまま眠っている悠理を見ると、おもむろに手を伸ばす。悠理の肩を抱いて体勢を立て直したかと思うと、そのまま強引ともいえる力で抱き寄せ、自分の右肩に寄りかからせた。
挙げ句、悠理の髪が当たるのを楽しむかのように、清四郎は自分の頬を悠理の髪に寄せる。
普段の彼ならば絶対しないであろう行為の一部始終を目の当たりにして、野梨子と魅録は固まっていた。魅録などは、自分が車の運転をしていることも忘れるくらいに。
野梨子と魅録が固まるその少し前。
美童は、静かに静かに2つ折りの携帯電話を開いた。メール機能を立ち上げ、余計な音を立てないように文字を打つ。
打ち終わった文を送信することはなく、携帯電話ごとするりと可憐の方へと滑らせた。一方の可憐は、自分の手に当たった携帯電話を疑うことなく取り上げ、その画面を見る。もちろん視線は限りなく下向きに、いわば寝たふりをしたままで。
青白く光る液晶には、“なあんか、イイ感じじゃない?あのふたり”とあった。
確かに。下手に邪魔をするまいと思って寝たふりを続けていた可憐は、迷わず美童の文に返答を打つ。“案外、あの2人の方が先にくっつくかもしれないわね。あんた、実は結構ショックなんじゃないの?”と。
音もなく戻ってきた携帯電話の画面に苦笑しつつ、美童がさらなる返答を打とうとしたその時、ゴンッ!という音がした。
そして美童と可憐も目撃してしまう。後ろからでもわかる、清四郎の仕草の意味するところ。
野梨子と魅録の“イイ感じ”っぷりを微笑ましく思っている場合ではなかった!と半ば興奮しつつ、美童は目の前で繰り広げられた行為の感想を打つ。そして再び可憐の元へ携帯を滑らそうとしたとき、美童の打った文を見たかのように野梨子が呟いた。
「…愛が、溢れてますわね…」
野梨子が思わず呟いた一言に、魅録ははっと我に返り慌てて前を向く。止まっていた流れが少し動き出していた。
美童は頃合いだろうと口を開く。
「いい加減、お互い気付いても良いのにねえ」
「ホントよぉ。少し背中押した方がいいんじゃない?」
可憐もたまらず口を挟む。
恋だの愛だのに疎い2人だから、下手に外野が動くと気まずくなるかもしれないと、仮眠室の一件の時に4人で確認しあい、黙って見守ってきているのに。
疎すぎて歯痒いくらいその関係は進展しない。
「あら。美童、可憐、起きてましたの?」
自分と魅録の会話が聞かれていたかと思うと、野梨子は知らず知らずに頬が赤らんでくる。
そんな野梨子の心中を察し、美童は「悠理のぶつかる音で目が覚めた」とにっこり微笑んで嘘をついた。
車が少しずつ動き出し、ゆるく外の景色が流れていく。
規則正しく置かれている高速道路の照明の色が温かく感じる。
完璧とも言える一日の締めくくりにふさわしい、そんな帰り道。
フロでっす。トモエさんはサイト開設なさったのに、ファイル消去でガックリへこんでいた私に、元気付けの新作をプレゼントして
くださいました♪
このお話にはかわゆい「おまけ」もありますよぉ。むふふ。そちらはトモエさんのサイトでご覧あれ♪
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