文: あき様/絵:ネコ☆まんま様 「ねえ、とーちゃん。さんぽいこう。さんぽ。」 庭先で悠希の声がした。 文章を追っていた視線を、彼に向けた。今すぐにでも飛び出して行きそうな、好奇心いっぱいの目をしている。 西の空には、大きな入道雲。 「途中で、雨が降るかも知れないぞ」 無駄だとは思うが言ってみる。 「それでもい〜から、いくの〜。」 母親そっくりの彼はちょっとした暴君だ。 東京にいる時は、仕事仕事であまり構ってやれない負い目もあって、 ここに来てからはついつい甘やかしてしまう自分がいた。 「雷が鳴ってもおんぶも抱っこしないぞ。」 最近重くなってきた悠希を抱えるのは腰に来るので、これだけは約束させないといけない。 「わかってらい」 悠希が唇を尖らせて言った。その表情が、悠理の拗ねたときの表情によく似ていたので笑ってしまった。 折りたたみ傘と悠希のレインコートをスーパーのレジ袋に入れた。 リュックやポーチに入れることも考えたが、悠希の拾った訳の分からぬものを入れるのにもちょうどいい。 少し遅い昼寝をしている悠理に、メモを残して別荘を後にした。 林を抜け、牧草地で虫を追いかけた。農道の脇を流れる小川で喉を潤した。 普段、分刻みで行動している僕にはなんとも贅沢な時間だった。 小川の冷たい水で悠希と2人、スニーカーを脱いでバシャバシャやっていると、後で軽トラックの止まる音がした。 「坊や、トウモロコシは好きかい?」 窓から顔を覗かせた、人の好さそうな地元のおじさんが悠希に声をかけた。 「うん、大好き!」 悠希は声の主のほうに駆けて行った。 「もぎたてだから旨いよ。」 そう言って、日焼けした大きな手で悠希に立派なトウモロコシを4、5本持たせてくれた。 僕もそばまで行ってお礼を言った。 「おや、お父さんがいいもの持ってるね。」 僕の持っていたレジ袋を指しておじさんが笑った。 「だったら、それも好きなだけ持って行きなよ。」 おじさんが後の荷台を指差した。そこにはバケツいっぱいに真っ赤に熟したトマトが載っていた。 「じゃ、お言葉に甘えて。頂きます。」 レジ袋の中の傘とレインコートを脇に抱えると、真っ赤なトマトを6個入れた。 「わ〜、おいしそう。」 袋を覗き込んだ悠希が大きな声で言った。 おじさんはその声に満足そうな笑みを浮かべると、トラックをゆっくりと前進させた。 「おっちゃん、ありがとう。」 悠希の声は、きっとおじさんにも届いたことだろう。 空は晴れていたが遠雷が響いた。 「もうすぐ降りだすな。帰ろうか。」 悠希の手にしていたトウモロコシを受け取ると、トマトを傷つけないように袋に入れた。 小川に戻ってスニーカーを履いた。 別荘に向かって歩きだして暫くすると。向こうから雷がやってきた。 「清四郎のバカ!雨降りそうなんだから、長靴持ってけよぉ。悠希のスニーカー洗うの、あたしなんだからな!」 そう言って、僕を睨みつける悠理の足元もスニーカーだった。 「お、旨そうなトウモロコシ。どうしたんだ?」 悠理が目ざとく袋からのぞくトウモロコシを見つけた。 「さっき、おっちゃんに貰った。」 悠希が得意満面で悠理に告げた。 「おっちゃん?」 悠理が怪訝そうな顔をした。 「通りがかった農家の人に、頂いたんですよ。」 僕の説明に納得がいったのか、悠理は笑顔で悠希の話の続きを聞いている。 ゴロゴロゴロ・・・・・・・・ また、雷が鳴った。さっきよりも音が近づいていた。空もかなり暗くなってきていた。 途中で降り出してもいいようにと悠理は、暑いからと嫌がる悠希にレインコートとレインパンツと長靴を履かせた。 「暑い〜、歩きにくい〜、やだ〜」 ブツブツ言いながら歩いている悠希の頭に雨が当たった。 「あ、降ってきた〜」 さっきまでのブツブツはどこへ行ったのか、悠希ははしゃぎだした。 「おい、帽子!」 悠理が、悠希に向かって大声で叫んだ。 僕は傘を広げて気が付いた。 「悠理、自分の傘は?」 「へっ?・・・・・・忘れた!」 悠希のスニーカーの汚れは気にするくせに、自分が濡れることまで考えが及ばなかったらしい。 悠理は、あたりを見回すとサトイモ畑のほうへと駆けていった。そして大きな葉っぱを傘代わりにして戻ってきた。 それに気が付いた悠希が騒いでいる。 「悠希にやったらどうです?」 「あたしはどうするんだよぉ。」 悠理が膨れている。 「じゃ、こうして歩いていきましょうか。」 僕は悠理に傘を預けると、空いた手で彼女の腰を引き寄せた。 悠理から葉っぱの傘をもらった悠希が、楽しそうに水溜りを蹴散らしながら走っていく。 「走るな!滑って転ぶぞ〜。転んだら、痛いぞ〜。」 子どもの頃、さんざんそうやって遊んだであろう悠理が、母親の顔で注意するのが何だか可笑しかった。
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