チリーン、チリーン。 縁側に吊るしてあった鉄の風鈴の澄んだ音が、涼を運んでくる。 南部鉄だろうか? 灯篭型の何とも言えない重厚な味わいが、この老舗旅館の離れには似合っていた。 部屋で見つけた団扇を手に縁側へと赴き、腰を下ろす。 所々灯りがともる夕暮れの庭を眺めながら、僕は団扇で湯上りの火照った身体に風を送っていた。 後ろから微かな畳の軋む音が聞こえ、彼女がやってきたことに気が付いた。 畳から木の板へと音を変え、彼女、悠理は僕の隣で僕と同じように胡坐をかいた。 当然浴衣であろうと想像していた予想は見事に裏切られ、悠理は入浴前と同じ肩紐の細いタンクトップとショートパンツのまま。 おまけに湯上りで相当暑かったと見え、首からタオルをひっかけている。 そんな所が彼女らしいといえばらしいのだが、ほんのりピンクに染まった肌が艶かしく感じられた。 これで浴衣ならば、言うことないのだが。 ついでに首のタオルも外して。 「着替えなかったんですか?」 つい聞かずにはいられなかった。 旅館で浴衣を着ないなんて、誕生日にケーキがないようなもの。 ビールに枝豆。 納豆にネギ。 ご飯には味噌汁。 僕には悠理。 それ位、旅館と浴衣は無くてはならない、切り離せないものだというのに。 これでは旅館にした意味が無い。 僕はそんなことを考えながら、悠理を見つめた。 「だって、今から着てたら夕飯が腹いっぱい食えないじゃないか。それに、あたいが着てると直ぐ開けるし」 それが良いんじゃないですか!と言いたくなるのを必死で堪え、僕は苦笑いを浮かべた。 ま、仕方がない。 今回の旅行で宿泊先を旅館に決めた時点で、悠理の旅館での目的は食事であると言っても過言ではない。 大きな溜息を吐きつつ、ほぼ諦めの境地にいた僕に、天使の声が聞こえた。 「食後、ひとっ風呂浴びた後に着替えるよ」 神様、仏様、イエスにアッラーにアフラ・マズダー様。 やはり、神は僕を見捨てていなかった。 僕は拍手を打ち、十字を切った。 次にメッカにあるカアバの方向に頭を下げようとしたのだが……方向が解らない。 おまけに、ゾロアスター教の聖火もない。 感謝の気持ちを表したかったのだが、ここは一つ、心を鬼にして省略しよう。 そう、僕の旅行の目的は、ズバリ、『悠理の浴衣姿を襲う』ことなのだ。 先日皆で行った祭りでも、悠理は浴衣を嫌がった。 動きづらいし、足は痛くなるし、何よりも腹いっぱい食べれないとのこと。 僕もかなり粘ったが、絶対嫌だと言い張る悠理に渋々折れた。 そして祭りの当日。 野梨子と可憐は勿論浴衣、悠理はいつもどおり半袖パーカーとポケットの沢山ついた膝丈のズボン。 魅録と美童はニヤニヤ、僕はしょんぼり。 はぐれたふりしてそれぞれに別れ、再び合流した男二人は妙にスッキリとした顔をしていた。 何をしていたんだ!ってきっとナニだろう。 僕達だけだけであろう、夜店の周遊ツアーをしていたのは。 あの時の悔しさを、僕は決して忘れはしない。 そう、今日こそ願いを成就させるのだ!!! 「おーい、清四郎!帰ってこーい!!」 悠理の声で僕ははっと我に返った。 いかんいかん、僕はちょっとした小宇宙へと旅立ってしまったらしい。 「すみません、ちょっと考え事していました」 「お前のことだからな、きっとスケベな事でも考えてちゃんだろ?」 悠理の冷たい視線に、僕はムッとしながら口を開いた。 「いつ僕がスケベな事を考えていたというんですか!悠理、言ってごらんなさい!何時です?何月何日何時何分何秒?さあさあ!!」 「お前、小学生か?」 悠理の呆れ声に、僕は少し冷静さを取り戻す。 向きになったのは本当にスケベな事を考えていたから。 脳内では、悠理にあんなことやこんなことをさせていたのだ。 つまりは、悠理の指摘は間違っていなかった訳で、心の広い僕は直ちに自身の非を認めた。 「すみませんでしたね、悠理。つい向きになってしまって」 いいけどさ、と悠理は笑いながら言った。 チリーン、チリーン。 僕達は並んで庭を眺めていた。 不意に悠理が立ち上がり、彼女の真っ赤なリュックの中をかき回した後、再び戻って隣に腰を下ろした。 「夕食、何時にしたんだっけ?」 「7時です」 「あと三十分か。ちょっと時間あるなぁ」 腹がへったのか、口をへの字に曲げた。 「しゃーない、寝る」 悠理はそう一言呟くと、ゴロンと縁側で横になった。 僕の足を枕代わりにして。 「そんなことしたら、僕が動けないじゃありませんか」 本当は嬉しいくせに、つい反対のことを言ってしまう自分の性格が恨めしかった。 かといって、本当に悠理が離れてしまったら寂しいくせに、言葉が止まらない。 「それに、普通は女性が膝を貸すもんですよ」 すると、悠理は閉じていた目を開け、僕を見上げながら面倒臭そうに答えた。 「いいじゃんかよ、別に。それに、あたい達ってフツーだと思っているのか?」 うーん、そうきたか。 確かに普通とは言いがたい。 悠理自体、普通の女ではない。 剣菱の名をとっても、普通じゃない、極上の女だ。 「確かに普通とは言えませんね」 「だろ?だからいいんだよ、お前が枕で」 そう言って微笑み、悠理は再び目を閉じた。 チリーン、チリーン。 風鈴が涼やかな音色を奏でている。 そこへ、悠理の寝息が混ざり始めた。 どうやら本格的に寝入ったらしく、僕は庭から悠理へと視線を移した。 長い睫毛、すっと通った鼻、ほんのりピンク色の唇。 目を閉じた悠理の寝顔はとても綺麗で、僕は暫く見惚れていた。 暑いのだろうか、額に汗が浮かんでいる。 僕はタオルで汗をふき取った後、団扇を扇いで悠理にも風を送ってやった。 風と共に、膝の上の金茶色の髪がふわりふわりと揺れた。 ちりーん、ちりーん。 スー、スー。 ふわり、ふわり。 夏の夕方の縁側で、僕は膝の重さの分だけ幸せを感じていた。
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なんだかなぁ、清四郎くん、いっちゃってますね(爆) ちなみに彼が言う肩紐の細いタンクトップはキャミソール、ポケットの沢山付いた膝丈のズボンはカーゴパンツのことです。 清四郎くんは、こういうのは知らなさそうなもんで(笑) おまけに、旅行の目的がちっさ過ぎ! 清四郎くん、もっと大きな目標考えてくれ(笑) でも、性少年なお年頃なら仕方ないっすかね? 悠理ちゃんの方が男前でカッコイイのは何故かしら?(笑) それにしても、同じ『縁側』なのに、魅×野のしっくりぽっくりと違って、何故にギャグ風味になってしまうのだろう? 本当はね、この二人も色っぽくしようと思ったのですよ。 でも、いざ書き始めたらとんでもない方向に。 清四郎たん、やっぱりお笑いに突っ走っちゃいました。 いい男な筈なのに、何故でしょう? うちの清四郎ちゃんらしい、ってぱらしいんですけど。 ま、いいか(笑) |
フロでっす♪nero様、素敵な暑中お見舞い、ありがとうございました!未見の方、nero様んちに展示されている「縁側」魅×野編と
読み比べてくださいまし。いっそう楽しめるかと。ほんと、ここまでカプによって違うとは。お流石!(爆) 魅×野編のオリジナル絵師様であるネコ☆まんま様をまんまと担ぎ出したのはワタクシのお手柄ですわね!(←殴) ネコ様、いつも無理無体強奪しまくりでごめんなさい〜〜!でも頼んで良かったv ありがとうございましたvv 実は、最初は偽絵師ながら自分で描いてみようとチャレンジしてはみたんですよ。膝枕のふたり。 ところが、いくら直しても「アヤシイ妄想中の清四郎くんのデンジャラスゾーンに顔を埋める悠理たん」になってしまって。(笑)恐るべし、nero様のお馬鹿パワー!(責任転嫁) |