ビオトープ  タイプS
         by hachi様




 小等部の校庭にある、小さな池。

 見覚えのないそれを見つけたのは、悠理だった。

 「な?こんな池、あたいらが通っていたときにはなかったよな。」

 僕と魅録をわざわざ連れ出してまでも、彼女はそれを見せたかったらしい。


 小さな池の周囲は、草叢になっている。
 自然に覆われているようで、あちこちに人工的な細工が覗いている。
 悠理は、それが妙だと言って、僕らを小等部まで連れてきたのだ。
 面倒臭がる魅録と僕の手を引いて、半ば強制的に。
 嫌がりながらも、それにつき合う僕たちは、結局、悠理に甘いのだ。
 

 「ビオトープですよ。」
 僕がそう答えると、悠理と魅録は、同時にきょとんとした。

 「生物が自然な状態で生息できるよう造成された、自然観察池です。」
 「はあ?」
 悠理が頓狂な声を上げる。
 僕は子供に言い聞かせるように、ゆっくり、はっきりと発音した。
 「人工的に、小さな生態系を作り上げているんです。」
 つまり、人間が作り上げた、自然の形である。

 動物、植物、微生物。
 それらが織り成す、生命のサイクル。
 通常ならば、自然な状態で行われる循環を、人間の手によって再現したものなのだ。

 その説明で、魅録は納得したようだが、悠理には理解し難かったようだ。
 「それってさ、つまりは自然じゃないんだろ?」
 「ええ、そうですよ。」
 人間が作ったものに、自然、など在り得ない。
 「じゃあ、自然って言葉を使うの、おかしくない?」
 「あんまり拘るなよ。生態系を勉強するために人間が作った装置だと思えば、それで良いだろ?」
 悠理のしつこさに呆れたのか、魅録が肩を竦めて言う。
 「それなら、自然って言葉を使ったら駄目だろ?」
 桜色のくちびるが、蛸のように尖る。
 ルージュも塗っていないのに、艶めいて輝くくちびるに、自然と視線が吸い寄せられる。
 しかし、彼女に魅入っていたのは、僕だけではなかった。
 
 「人間って、ワガママだよな。勝手に自然を壊しておいて、新しく自然を作ろうなんてさ。」
 悠理はどうしても納得がいかないらしい。
 「不自然な自然を作るなんて、何を考えているんだろ?」
 子供みたいにそう続ける悠理を、魅録が暖かな眼差しで見つめている。
 「不自然なものなんて、いっそ壊しちゃったほうがスッキリするのに。」
 悠理が独り言のように呟く。

 そんな彼女を見て、魅録は眩しげに眼を細めている。
 「戒めの意味を籠めて、子供に自然を勉強させているのですよ。」
 僕は、魅録の視線に気づかない振りをして、悠理の肩に手を置いた。

 引いてもいないのに、彼女の身体がこちらに傾く。
 僕を見上げる瞳には、明確な恋心が滲んでいた。

 「それに、いくら不自然でも、せっかく作り上げたものを壊すのは気が引けるでしょう?」
 優しい微笑で悠理を見下ろす。
 恋人というには遠すぎるけれど、親友にしては近すぎる距離に、彼女はいる。
 「だから、このままにしておくのが一番なんです。」

 「・・・不自然な、自然か。なかなか奥の深い言葉だな。」
 魅録が僕らを眺めながら、自嘲気味に笑う。
 「そうですね。」
 僕は同意しながら、悠理の肩から手を離した。


 魅録は悠理が好き。

 悠理は僕が好き。

 僕は―― 悠理が好きだけれど、心地よい現状を壊したくはない。
 
 
 僕らの関係は、自然なようで、とても不自然だ。


 「いっそすべてをぶち壊したほうが、自然なのかもしれないな。」

 魅録が空を見上げて呟く。

 悠理がつられて空を見る。

 「そうだな。作った自然なんて、自然じゃないし。」

 ついでに僕も空を見上げる。

 そのとき、悠理の指が、僕の指にそっと絡んできた。

 魅録からは、見えない角度で。

 「壊したほうが幸せなら、それでも構わないんですけどね。」

 
 僕はそう呟くと、華奢な指を絡め取り、その手を力いっぱい握り締めた。





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