ぷつん、ぷつん、と男の、彼女のものよりは太いが繊細な指が、背中のボタンを一つずつはずしていく。 胸の鼓動が頭に響いて眩暈がしそうだ。 「なんで、自分で着たり脱いだりできないんだよ、コレ。」 沈黙が息苦しくて、何か言わねばと思って出た彼女の問いともつかぬ問い。 「こうして脱がすためですよ。」 徐々に現れる白い背中に目を奪われながら口に乗せる彼の答えともつかぬ答え。 その声音に潜むものに、彼女は何かが全身を走り抜けるのを感じた。
BY もっぷ様
するり、と背後に立つ清四郎の手が彼女自身が見ることのできぬ背中の肌に触れ、そのまま前へと滑ってくる。 鎖骨の辺りを指で撫でられ、悠理は喉もとを撫でられる猫のように顎を上げる。 いつもはキスからそのまま唇で触れられる場所(もちろん二人きりのときだけだったが)。 その感触を思い出して、ぞくり、とした。
彼のもう片方の手は彼女の腹部の柔肌を、つ、となぞる。 臍の縁を指先でたどる。やわやわと何度も何度も。 そして臍の中に指先を埋める。 同時に首筋に温かな唇が寄せられた。
普通であれば一生で一番幸せな日に着るはずの白いドレスは、だが彼女にとって義務のために着たお仕着せでしかなかった。 それも今は上半身剥かれ、肩からウエストまで下着姿が露わとなっていた。 いや、肩紐のないボディースーツのようなコルセットすら、背後から手を差し入れられた結果、もうほとんど用を成していなかった。 彼女の唯一の女性としてのコンプレックスの源であるささやかな乳房が外気に触れ、震えた。 だが彼の手はまだ彼女の肩と腹部とを辿るだけ。 背中に当たる彼のタキシードのごわごわとした服地の感触がやけにリアルだった。
これからされるだろうこと。これから起こるだろうこと。そのすべてが怖い。 そしてただ背後から触れられる、その行為が怖かった。
「怖いんですか?」 からかうように耳元で囁かれる。聞きなれた声。 彼には彼女の震えなどすべてお見通しなのだろう。いつだって彼に隠し事などできた例はないのだから。 「怖くなんか、ないやい。」 よく知る声と、その口調に、ほんの少し勇気を取り戻す。 こいつには怖がってるなど知られたくない。それが彼女の負けん気なのだから。 でも─── 「───っや!」 突如として彼女の腹をさまよっていた彼の手が、胸のほうへと上ってきた。 その丘のふもとのあたりをさらさらと撫でる。 時折、親指とで柔らかな膨らみを挟み込む。 その間も唇は彼女の首筋に押し当てられ、時に耳たぶを食んだ。
悠理は唇をかみ締め、こみ上げてくる甘い疼きに耐えていた。 怖い、怖い。 だけど、逃げるなんてできない。逃げることは、この怖さに負けること。 だからせめて─── 「清四郎、顔、見せて。お願い。」 もっと毅然と言うはずだったのに、掠れた声しか出なかった。 瞬間、耳元で息を呑む音が聞こえた。 「・・・どこでそんな可愛いセリフを覚えてきたんですか、あなた。」 びくり、と思わず体を震わせてしまうような、男の声。怖い。 不意に肩を掴まれて、体を彼のほうに向けられた。 露わになった体を見られることに一瞬羞恥を覚えたが、男の目はまっすぐに彼女の瞳を覗き込んでいた。 「ああ、やっぱり、こういう時のあなたの顔は、とても可愛い。」 目を細めてそう言う彼に、かあ、と彼女は己の頬が熱を持つのを感じた。 「な、なに言って・・・。」 と、意地を張ろうとした唇は、だが最後まで言うことはできずに塞がれた。 大好きな、彼の唇。 慣らされてしまった、彼の腕。 ぎゅうっと包み込まれ、唇を唇で覆われる。 やがて侵入してきた舌に、己の舌を絡め合わせる。キスを返すとか交わすとか、そんな意味もわからぬまま、自然に彼女が覚えてしまったその動き。 世の恋人たちが人目もはばからずに街中でもキスを交わしたくなる気持ちが少しだけわかる気がする。 愛がない(はずの)相手とでもこれだけ気持ちがいいものなのだ。そこに愛があればなおさらであろう。
「そう。この顔ですよ。いつも僕をあおって、だけど許してくれなかった意地悪な顔は。」 ベッドの上に座り込んでいたはずなのに、いつの間にやら仰向けに転がされていた。上から覗き込む男は彼女の両頬を両手で挟みこみ、じっと彼女の顔を見つめてくる。 「自分じゃわかんないよ。」 憎まれ口をたたきたいのに、出てくる言葉がそうなっているかどうかさえ彼女には怪しい。 ただ、うっすら開けた目の前いっぱいに広がる彼の黒い瞳だけが、彼女を捕らえていた。 「そのうち余裕があるときにでも鏡で見てください。」 にっこり笑むと、男は愛撫を再開した。
唇は唇から顎へ。喉元を辿ってそして鎖骨へ。 熱い熱い舌が鎖骨をつ、となぞる。 胸の丘をやわやわと揉んでいた手は徐々に頂へと近づく。 そしてとうとう男の指が、頂を捉えた。 きゅ、と両方同時に摘まれ、悠理は「んん・・・」と呻いた。 その声が聞こえてくるのを待ち構えていたように、男の頭が移動する。 男の熱い息が肌を撫で下ろし、悠理はまたびくり、と体を震わせる。
かぷり。
「あん・・・っ!」 頂に鎮座する果実を齧られ、甘い声が漏れる。 男の頭をどけてしまいたいのに悠理の手には力が籠もらず、ただいつもいつもきっちりまとめられている髪を乱すだけしかできなかった。 くちゅり。ぱくり。 清四郎は悠理の羞恥を知ってか知らずか、わざと大きな音を立てて左の果実を貪る。 唇で甘噛みされ、舌で存分に味わわれ、歯がそっと頂に触れる。 ちゅ─────、ずず・・・。 「んん───っ!」 思い切り吸い上げられ、軽い痛みさえ感じる。
最後に熱い舌でぺろ、と舐めると、清四郎は次に右の頂へと頭を移す。 その間も彼の指は悠理の二の腕の柔肌をそっとそっと撫でさすっている。 左と同じように丹念に、だけれどリズムは微妙に変化させて、右の頂にも刺激を与えると、また少し清四郎の頭の位置が上がった。 だが肩までは上らず、彼女の腋の下に顔を埋める。 ざらり、と舌がまるで独立した軟体動物のように彼女の腋をなぞる。 「甘い匂いだ・・・。」 くぐもった声で言われ、悠理は彼の髪に埋めていた手をぱたり、とシーツの上に投げ出した。 もう、力が入らない。 「あつ・・・。」 と、小さく呟く。 「どうしましたか?」 と、彼女の顔を覗き込んで訊ね返す清四郎の声は憎らしいくらいにはっきりとした調子を崩していない。 悠理は軽く眉をしかめながら言った。 「あついよ。清四郎。」 赤く染まった顔で体を投げ出しそう言う悠理に、清四郎は思わず目を細めた。 「では涼しくしてあげましょう。」 と、残るドレスのウエスト部分に手をかけた。
悠理はショーツとガーター吊ストッキングだけという姿にされたところで、大腿を撫であげられた。 触れ合わされた清四郎の上半身はすでに素肌だ。彼の着やせする胸筋の堅さが改めて感じられる。 思わず投げ出していた手を上げる。 「やっぱおま・・・脱ぐとすごい・・・。」 熱い目でそう言われておずおずと触れられ、清四郎の体も一気に熱を増した。 「おやおや。まだまだ今からというところなのに、お前も案外スケベだな。悠理。」 「だ、だれが・・・!」 と抗議しようとしたが、またも唇でその言葉を飲み込まされる。 彼女の唇をふさいだまま、清四郎の手は性急に悠理のガーターベルトをはずす。 閉じようとする脚の間に体を割り込ませ、それを阻む。 そのまま足の付け根を指先でつ、となぞる。
悠理はただ、天地がひっくり返りそうなほどの眩暈に身をゆだねた。 清四郎の熱に、浮かされた。 目を瞑った向こうで、彼の一挙手一投足に全神経を傾けた。 だって彼女にはそうすることしかできなかったから。
何も考えられなかった。 考えることをまるで頭が拒否しているかのように。 ただ、翻弄される。 勝手に体が、清四郎の前に無防備に開かれる。 その理由を覗き込むとか、考えるとか、そんなこと欠片も思いつきもせず。
そして、清四郎の指がそこに直に触れる。生まれたままの姿が、すでに夜気の中に曝されていた。 彼女が今まで自分でまじまじと見たことすらない場所。 自分でそこに触れ慰めるのは体によいことだとか、そんな風に雑誌やテレビで言っていたのを見たことはあっても、彼女はそうすることはなかった。 無意識になのか、意識的になのか、これまで避け続けてきた、場所。 ましてや誰かにこのように触れられることなど想像もできなかった場所。 よく知っているはずのにまるで知らない顔を見せるこの男が、いま触れて、見つめている。 じわり、と熱が零れるのがわかる。 つぷ、と彼の指先がもぐりこんできた。 「っつ。」 軽い痛み。 けれど一番痛んだのは、触れられている場所ではなく、胸。 どうして? わからない。何もわからない。
胎内をかき乱され、なぜくちゅりと自分の体が音を立てるのか。 そこよりも少し前のほうにある場所に親指で触れられて、どうして体が跳ね上がるのか。 ────なぜ、先ほどから黙り込んで彼女に触れ続ける彼の言葉を聞こうと、耳を澄ましてしまうのか。
けれどただただ瞼をぎゅっと閉じたまま、彼女はただ翻弄されることしかできなかった。 彼の与える刺激にあわせて声を上げることしか。
すでに彼女の熱は上がりきっていた。とろとろに溢れ出るものが、それを証明していた。 清四郎がふと顔を上げて彼女の顔を見ると、彼女は泣きそうな顔で力いっぱい目を閉じていた。 「この、顔だ。」 「え?」 だけど清四郎は小さく問い返した彼女には答えず、彼女の胎内に入れた2本の指をぐるり、と動かした。 「ああ・・・っ!」 体を精一杯にしならせる彼女に、清四郎はゆっくりと、笑む。 そうだ。子供の頃から、彼女のこの顔が見たかったのだ。 中学時代に彼女と仲間になって以来、何度彼女を苛めただろう。お化けに怯える彼女が浮かべる表情を何度見たいと思っただろう。 きっとあれは擬似セックスだったのだ。 彼女に蹴り倒された初対面。あれからずっと、彼女をこんな風に征服したかったのだ。
一方で悠理は、一瞬薄く開けた目に映った清四郎の意地悪な笑みが焼きついていた。 胸が、痛い。でも、甘い。 何度も何度も、あの目を見たことがある気がする。 彼と仲間になってから、いや、子供の頃から。何度も。
何も、考えられない。胸が、痛い。 熱い塊があてがわれたときも、悠理にはそれが何かなんて考える余裕は残されていなかった。 「悠理。目を開けてください。」 ほんの少し掠れた声で耳元に囁かれる。 「悠理。貴女の目が、見たい。」 それは半分懇願のようだった。 その声音に促され、悠理はそっと瞼を開けた。 今夜、何度目だろう。彼の黒い瞳をじっと覗く。 そこには彼女が知らぬ光が宿っていた。 先ほどのような意地悪な瞳ではなく。理知的な外面の静かな瞳でもなく。彼が試合のときに見せる鷹のように鋭い瞳でもなく。 熱い瞳だった。 「悠理。」 彼女の名前を呼ぶだけで浮かんだ彼の笑みに、悠理はすべてを忘れた。
怖いだとか、悔しいだとか、胸が痛いだとか。 そんな感情すべてが、消えた。
ただ、熱かった。 ただ、甘かった。
そして胸の痛みの代わりに、身を裂かれる痛みに襲われる。 痛い。熱い。 世の中の女すべて、こんな痛みを越えていくのか。 この痛みの向こうに何があるのかなんて、知らない。わからない。 ただ初めて触れ合うはずなのにしっとりと馴染む彼の肌が。 ただ彼女を穿つ熱い彼自身が。 ただ彼女を抱きしめる彼の腕が。 ただ耳元で切なく漏れる彼の吐息が。 ただ彼女の鼻につく彼の汗の臭いが。 彼女に感じられるすべてだった。
清四郎ももう何も考えられなかった。 彼の頬に触れる彼女が切なげに喘いだ吐息がリアルだった。 無意識にだろう、彼の肩を掴む彼女の指がリアルだった。 彼自身をぎゅうぎゅうと包み込む彼女の胎内の熱がリアルだった。 彼女の甘い汗の臭いがリアルだった。 そしてやはり無意識にだろう、彼の腰に絡まりつく彼女の脚の形が、リアルだった。 ずっと、こうしたかった。それだけだった。
リズミカルに二人の身体がぶつかる。 肉を打つ音がする。 同じリズムで二人の口から吐息が零れる。 「んっ、んっ、んっ」 と次第に悠理の喉の奥から鼻にかかった声が漏れ始めた。 「悠理。悠理。悠理。」 と清四郎が何度も呼ぶ。 融点が、近い。
溶ける。 融ける。 とろける。
痛い。 熱い。 とろける。
溶ける。 融ける。 ───とろける。
もっともっと追い詰めたい。 清四郎はそう思う欲望を感じはしたが、だが限界だった。 彼女の身体の中へ、白濁した液とともに溶け込む。
そして悠理はそのあまりの熱さに、己も身体の中から融けていった。
気だるい空気の中、いつもの調子を取り戻して憎まれ口をたたきあう。 だけど触れ合う肌はそのままに。 痛みも、恐怖も、悔しさも。すべて忘れて。 ただ気だるくとろけたままに。
もしも悠理が痛みを感じた理由を追求していれば。 もしも清四郎が彼女を求め続けた理由を追求していれば。 二人の関係ももっと違っていたのかもしれない。
だが蕩けた気だるさの海をただただたゆたう二人は、それらから無意識に目を背けた。 そうして長い長い迷路へと、足を踏み入れたのだった。
(2005.10.1) |
フロでっすv 拍手コメントで「ららら夫婦の初夜の詳細」というリクをいただきまして。それは、ぜひにぜひにもっぷさんに書いていただきたい!とチョーシのいいことをブログで発言したら、なんと棚からぼた餅!いやぁ、言ってみるもんですねぇvv もっぷさん、本当にありがとうございます〜〜!リクしてくださった方にも感謝!もちろん、私がいくら悪辣でも自作自演じゃないっすよ?うはうはvv おさすがのお初描写もエロくて萌え狂いましたが、”清四郎の悠理イジメは擬似セックス”に、魂を貫かれました〜〜♪ |