「かあちゃんの、ばかっ!おれは、いえでするぞ!!」 リビングで簡単な資料の整理をしていると、悠希の声が響いた。 「なぁ、悠希?悠希くん?そんなに怒らなくたっていいじゃん。今のは、かあちゃんが悪かったからさ〜。機嫌直してよ〜。」 また、悠理が悠希のおやつを盗ったようだ。母親のプライドの欠片も無い情けない声が聞こえた。 「もう、いい!」 悠希はバタンと力任せにドアを閉めると、ドスドスと足音をさせながら子ども部屋に戻っていった。 「せいしろ〜、どうしよ〜。」 悠理が情けない顔で、こちらを見ている。 「子供の脅し文句を真に受けもしょうがないでしょう。それより、もう少し大人になったらどうです?」 「・・・・・・・・」 僕の言葉に、悠理が唇を尖らせた。
暫くして、乱暴にドアが開かれ、大きく膨らんだリュックを背負った悠希が現われた。 「とうちゃん、かあちゃん、おれはいえでするからな。とめるなよ。」 「『可愛い子には、旅させろ』って言いますからね。止めません。」 僕の言葉が予想に反したのか、悠希の顔が赤くなった。悠理がオロオロと僕と悠希の顔を見比べている。
「ところで悠希。そのリュックの中に何を詰めたの?」 僕は好奇心で聞いてみた。 「パンツと着替えとお菓子と歯ブラシ。」 悠希が、不貞腐れた声で答えた。 「もしかして、菊正宗のおじいちゃんの所か、魅録や美童の所に行くつもりなのか?まさか、そんなことは無いな。それじゃ、いつもの『お泊り』だ。」 「あ、あたりまえだろ。『いえで』だからな。」 僕の意地悪な言葉に、図星を指されたらしい悠希は意地になって『家出』を強調した。 「ほう・・・それは感心。じゃぁ、今夜はどこに寝るつもり?」 「うっ・・・・。ふ、ふとんにきまってるだろ!」 悠希が真っ赤になって答えた。 「それなら、布団も持っていかないと困るね。でも、悠希には重くて無理だろうなぁ。」 「だいじょうぶだい。おれは、ようちえんで1ばんのちからもちだぞ。」 悠希はそう言うと、ガッツポーズをしてみせた。 「それは、頼もしい。でも、『家出』だから、名輪に頼んで車で行くわけにもいかないし、そんな大荷物を担いで歩いたら、喉も渇くしお腹も空くだろうね。」 食いしん坊の悠希が、リュックに入っているだけのお菓子では腹の足しにさえならないことを承知の上で、僕は言った。 「・・・・・すいとうも、もってくもん。・・・・・おかしも、いっぱいもってくもん。」 悠希の目が潤んで、鼻の頭が赤くなってきた。 (本当は止めて欲しいくせに、悠理に似て頑固なんだから・・・)
「清四郎、いい加減にしろよ。それ以上からかったら、悠希が可哀想じゃないか。」 そろそろ宥めようかと思ったところに、事の発端は自分だということを棚に上げた悠理が、いいタイミングで割って入った。 「酷い言われ様ですね。僕はただ、悠希が大した覚悟も無く、簡単に『家出をする』なんて言うから、その心得を教えてやっただけですよ。親を脅すなんて、10年早い。」 本当は悠理の言うとおりからかっていただけなのだが、バレたら父親の威厳は丸潰れなのでもっともらしい理由をつけて正当化しておいた。 「そうか、そうだよな。ごめんな、清四郎。」 悠理が照れたような顔で僕にそう告げた後、悠希に向かって笑顔を向けた。 「悠希の分のおやつまで食べちゃってごめんね。母ちゃんが悪かった。今度から、絶対にやらないから許してくれる?」 「うん。ほんとうにもう、やらないでよ。やくそく。」 悠希が小さな小指を差し出し、悠理がそこに自分の小指を絡めた。
♪指きりげんまん 嘘ついたら 針千本の〜ます 指切った 天の神様 預かった♪
小指が離れると、悠理が悠希を抱き寄せて小声で何かを告げた。悠希がコクリと頷き、悠理から離れると僕の前にやってきた。
「とうちゃん、ごめんなさい。」 こちらの機嫌を伺う上目使いが、悠理にそっくりだった。 「分かればよろしい!」 そう言って僕は、悠希の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「さて、無事仲直りも済んだことだし、どこかに美味しいケーキでも食べに行くとしますかね。」 僕の提案に、悠理と悠希の顔が輝いた。
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あとがき ある日の子供とダンナのやり取りを元にSSにしてみました。因みに、お菓子を食べてしまったのは私ではありません(笑)。 このお話は、くらら様が展開されているシリーズと同様に、「清四郎と悠理と悠希」の3人が登場しますが、別物として読んでいただかないと混乱されることと思いますので、ご注意くださいね。
*くらら様、『家出』というキーワードが「龍樹と悠希の大冒険」と重なってしまいました。ごめんなさい。 m(_ _)m |