水底 ーみなそこー 

                     BY hachi様

 

 

 

 4.

 

 

 

清四郎は、混濁した意識の中で、悠理の泣き声を聞いた気がした。

 

夢か、現か―― それすらも、区別がつかない。

 

でも、悠理が泣いているならば、抱きしめて、慰めてやらなければならない。

 

清四郎は、悠理の笑顔を守るために、彼女の傍にいるのだから。

 

混濁した意識の中、懸命に手を伸ばす。 悠理の声が聞こえる方向に向かって。

 

「・・・ゆ・・・う、り・・・」

 

腕が凍えて、上手く伸ばせない。腕だけでなく、全身が凍えて、感覚が麻痺していた。しかも、得体の知れないものが、身体じゅうを這い回って、清四郎をきつく束縛している。下腹部に絶え間なく与えられる快感も、苦痛を倍増させる要因になっていた。

 

でも、それでも。

 

泣いている悠理を、何としてでも、守りたかった。

 

 

「・・・悠・・・泣く、な・・・」

 

 

渾身の力を振り絞って伸ばした腕に、ぞっとするほど冷たい手が絡みついた。

 

 

 

 

瞬間、覚醒した。

 

まず、清四郎の眼に飛び込んできたのは、泣きじゃくる悠理の姿だった。

 

全身から雫を滴らせ、酷く震えながら、大粒の涙を零している。

肌に貼りついたシャツ。清四郎が愛して止まない、伸びやかな足は剥き出しで、冷たげな岩を裸足で踏んでいる。

「ゆ・・・」

言葉は、途中で切れた。

何かが、強い力で清四郎の首を絞めたのだ。

 

「清四郎!!」

悠理が叫ぶ。

叫びは岩洞に跳ね返り、わんわんと残響を引いた。

 

首への束縛を外したくても、左手は身体と一緒に縛られ、右手は何者かに押さえつけられている。全身の動きを封じられ、自分がどういう状態かも確かめられない。

 

「止めて!止めてよ!清四郎は何もしてない!お願いだから放して!!」

悠理が必死の形相で叫ぶ。

「悪いのは、全部あたいだ!緋砂さんの気持ちも知らずに、弱いなんて言った、あたいが悪いんだ!」

 

緋砂―― その名を聞いて、記憶が甦った。

 

途切れ途切れの意識の中、清四郎は、緋砂に抱かれ、湖の底まで連れてこられたのだ。

 

そして―― ずっと、彼女に弄ばれていた。

 

屈辱に、覚醒した意識が、また、遠のく。

気道を塞がれ、酸素が不足しているせいかもしれないが、確かにその瞬間だけは、屈辱感に意識が眩んでいた。

 

緋砂は、清四郎の身体を玩具にしながら、楽しげに笑っていた。

好きな男を奪われる口惜しさを、思い知れ、と繰り返し呟きながら。

 

緋砂は、悠理を苦しめるために、清四郎を―― 

 

「清四郎!清四郎!」

悠理が血を吐きそうな声で叫んでいる。

その、悲痛な叫びを聞いていたら、脳が命令を下す前に、勝手に身体が動いていた。

 

出来うる限り身を捩り、僅かに空いた隙間から、捕縛された左腕を抜く。

同時に右腕を肩から動かして、強引に束縛から逃れた。

そして、塞がれた気道を開放すべく、首と、首を圧迫するものとの隙間に手を入れ、渾身の力で酸素の補給路を確保した。

 

肺腑いっぱいに空気を送り込み、何よりも先に、まず、叫んだ。

 

「悠理!!」

 

「清四郎っ!!」

 

悠理が涙に濡れた瞳をいっぱいに開き、こちらに向かって駆け出した。

 

 

「来やるなっ!!」

 

 

鋭い声に、悠理の足が止まった。

 

その瞬間、束縛が、僅かに緩んだ。

清四郎は、素早く眼を動かして、自分が置かれている状況を確かめ、愕然とした。

 

一糸纏わぬ身体に、真っ白い大蛇が巻きついている。

 

尋常な状況ではない。

いつ絞め殺されるかも分からないのだ。とにかく一刻も早く脱出しなければ。それに、このままでは、悠理にまで危害が及んでしまう。

悠理が死ぬほど嫌いな蛇と対峙しているのも、清四郎が捕まっているせいだ。

どうにかして、ここから逃げ出さなければ―― 

 

ばさり。 視界の半分を、黒いものが覆った。

続けて、白い手と顔が、清四郎の目の前に現われた。

白い手は、手首まで白銀の鱗に覆われており、緋砂らしき横顔にも、同じ鱗がちらほらと生えていた。

 

記憶を組み合わせ、ひとつの答を導き出すまでに、そう長い時間はかからなかった。

 

緋砂―― 朱砂の名を持つ、この女こそが、伝説の。

 

 

「申したはずだ。お前は、決して許さぬと。近づけば、お前の愛しい男の命は、ない。」

 

「清四郎は関係ない!あたいが憎いなら、あたいにぶつけろよ!代わりにあたいが行くから、清四郎だけは助けて!!」

悠理が泣きながら必死に懇願する。

震えているのは、寒さのためだけではないだろう。彼女は、蛇以上に、物の怪が嫌いだ。それと、暗い岩屋でひとり対峙しているのだ。恐ろしさも半端ではあるまいに、清四郎を助けるために、必死で恐怖と耐えている。

 

「悠理!僕に構わず逃げろ!!」

 

気がついたら、勝手に叫んでいた。

「悠理!逃げろ!早く逃げるんだ!!僕は大丈夫です!だから早く逃げろ!!」

「嫌だ!清四郎を置いていくなんて出来ない!」

悠理は泣きじゃくりながら、何度も頭を左右に振った。

「清四郎が一緒なら、どんな場所だって平気だもん!何があっても平気だもん!」

「馬鹿を言うな!本当は、死ぬほど怖いんでしょう!?僕は大丈夫だから、早く逃げるんです!」

 

乗り出した身に、ふたたび蛇身が絡みつく。

絡め取られ、沈められそうになるのを、全力で防ぎながら、清四郎は叫び続けた。

「お願いだから逃げてくれ!悠理!悠理!」

「やだ!清四郎と一緒じゃなきゃ嫌だ!あたい、あたい・・・どんなに怖くても、どんなに辛くても、清四郎と一緒にいたい!死ぬほど辛い目に遭っても、清四郎が一緒なら、それでいい!」

 

「―― その身を他の男に穢されても、愛しい男と共にいると申すのか?」

 

低い声が、岩屋に響いた。

 

「愛しい男の前で、他の男に辱められても、それでも共にいたいと、そう断言できるのか?」

 

悠理の涙に濡れた眼が、ゆっくりと見開かれた。

 

負けん気の強さを表わしたかのような口が、きゅっと結ばれ、そして、解ける。

 

「あたいは、何があっても、清四郎といたい。そんな目に遭ったら、清四郎のほうが嫌がるかもしれないけど―― でも、あたいは、一緒にいたい。ずっとずっと、一緒に生きていきたい。」

 

その言葉を聞いて、清四郎は微笑んだ。

自分の置かれている状況を忘れている訳ではない。

ただ、悠理のために、微笑んでいたかった。

 

「僕も、何があろうが、悠理と共に生きていきたい。他の男が何をしようが、貴女の心までは犯せません。僕が好きになったのは、何ものにも犯せない、その、心です。」

 

「誠に、そう思うか?」

緋砂が、恫喝するような声音で問うた。

 

清四郎は、静かに、しかし、はっきりと頷いた。

悠理も、泣き顔のまま、頷いた。

 

悠理が清四郎を見て、泣きながら微笑む。

その笑みに応え、清四郎も、微笑む。

 

 

ふっ、と、蛇の身が、緩んだ。

 

 

 

 

岩屋の奥から、ごう、と、何かが激しい音を轟かせながら、迫ってきた。

 

それが水だと気づいたときには、清四郎と緋砂の姿は激流に呑まれていた。

 

「せ・・・!!」

叫ぶ間もなく、悠理も圧倒的な水に呑み込まれた。

 

激しい水流に、身体が錐揉みになり、上下どころか、前後左右も分からなくなった。

縋るものを探して伸ばした手も、すぐに水圧に押し戻される。

それでも通常の状態ならば、何とか岩を掴んで水上に顔を出せただろうが、芯まで冷え切った身体は、動かすこともままならない。

 

肺から空気が逃げていく。

激流に揉まれ、身体が木の葉のように舞う。

このまま死ぬのだと、そう思った。

 

 

怒涛ごとき流れの中で、何かが、悠理の腕を掴んだ。

 

水圧に負けぬ強い力で引き寄せられる。

 

悠理は、動かぬ手を無我夢中で伸ばし、相手にしっかりとしがみついた。

 

 

周囲は闇、しかも、目を開けることすら出来ぬ激流の最中である。

それでも悠理には、相手が誰か、すぐに分かった。

 

慣れた肌。腕の感触、その逞しさ。

無条件で安心できる、悠理の大事な居場所。

 

密着した部分が、肌の温もりを取り戻す。

全身が冷えているから、余計に、熱く感じた。

 

 

突然、水圧から解放された。

 

しかし、そこは、まだ水の只中だった。

清四郎と離れぬようにするのが精一杯で、身体を動かす力は、もう、残っていない。

きっと、清四郎も同じなのだろう。

逞しい腕も、肉食獣のように締まった足も、水を掻こうともしない。

 

二人、抱き合ったまま、ゆっくり、ゆっくりと、暗い水底へと沈んでいく。

 

死ぬのは怖い。

思い残したことも、いっぱいある。

でも―― 清四郎と一緒なら、それでいい。

 

悠理は麻痺しかけた腕に力を籠め、清四郎をいっぱいに抱きしめた。

清四郎も、力を籠めて悠理を抱く。

繋がった部分が、熱い。

互いに冷え切っているのに、どうしてこんなに熱を感じるのか、不思議だった。

 

見えてはいないのに、清四郎が微笑んでいるのが分かる。

もしかしたら、ただの願望かもしれない。

それでも悠理は、暗い水の中で、清四郎に向かって、微笑んだ。

 

 

 

 

 

何かが、悠理たちをふわりと包んだ。

 

そして、そのまま、ゆっくりと浮上していく。

 

徐々に青みを増す、水。

 

緩慢な動作で首を動かし、天を仰ぐ。

 

天上で、青い光がきらきらと輝いていた。

 

ああ、湖面だ―― 霞んだ意識の中、ぼんやりとそう思った。

 

青く輝く天上が、流れる黒髪に隠れる。

その後ろに見え隠れする、鈍い朱色の衣と、白い肌。

 

それだけ認識すると、悠理は、ゆっくりと眼を閉じた。

 

もう、何も、考えられなかった。

 

 

 

 

彼岸花の咲き乱れる湖畔。

薄明に、別荘のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。

木々も、水も、風も、空気も、ぴくりとも動かない。

 

何もかもが停止した景色の中で、絡まった四本の足が、湖岸の水に洗われていた。

 

 

息苦しさに、気絶している暇もなかった。

 

赤い花の中で、清四郎は身体をくの字に折って、激しく咳き込んだ。

身を反転させて、地面を向く。咳と一緒に、呼吸器官を詰まらせていた水を吐き出した。しかし、いくら吐いても、咳は止まらない。咳き込みながらも深呼吸をし、冷え切った腕で口元を拭う。そして、すぐに隣で横たわる悠理の頬を、両手で包んだ。

「悠理!悠理っ!」

自分が裸でいるのも忘れ、悠理の上に身を乗り出し、呼吸を確かめる。

肌はぞっとするほど冷えているが、息はある。

顔を近づけ、名を呼びながら頬を叩くと、悠理はゆっくりと眼を開けた。

 

「せいしろ・・・あたい、たち、生きてるの・・・?」

頷いてみせても、悠理はなかなか信じようとしない。

「本当に?そんなこと言って、実は、あの世にいるんじゃないの?」

あまりにも信じないので、その口を塞いで、いつもより乱暴に舌を絡め取る。

 

せっかく空気が吸えるようになったのに、またもや酸欠状態に陥って、さぞかし苦しいはずだろうに、悠理の咽喉から漏れるのは、堪らなく甘い喘ぎ声だった。

 

くちびるを解放し、波打つように上下する胸を、掌でそっと包む。女性特有の柔らかさの下に、乱れた心音を感じる。それは、彼女の命が確かに躍動している証拠だった。

 

「ほら、生きているのが分かったでしょう?」

くちびるが重なりそうな距離で囁くと、悠理がうっとりとした瞳を向けてきた。

ただ、乳房を掌で包んでいるだけなのに、甘くて小さな果実が、膨らんで固くなっていく。もともと温度変化に敏感な部分だ。冷え切ったところを人肌で温めたら、その刺激で自然と膨らむ。だが、悠理のそこは、男の掌に包まれたことによって、明らかに発情していた。

 

このまま一気に貫きたい衝動にかられる。

だが、いくら暗いとはいえ、東の山の端は、夜明けを前に輪郭を露わにしているし、二人がいるのは、彼岸花が咲き乱れる湖畔で、すぐ傍には林道が走っている。流石の清四郎も、いつひと目につくかもしれない場所で、悠理と交わるほど常識知らずではない。

 

名残惜しさを感じつつも、乳房から手を離し、悠理を抱き起こす。

そして、二人で顔を見合わせて、くすりと笑声を漏らした。

言葉を交わしたわけでもないのに、互いが何を思っているのか、手に取るように分かってしまい、可笑しくなってしまったのだ。

 

二人ともずぶ濡れで、身体は冷え切っている。加えて、悠理は裸の上に薄いシャツ一枚羽織っただけ、清四郎にいたっては、全裸である。夜明けの迫った屋外にいる格好ではない。

なのに、二人は、くすくすと笑い声を漏らしながら、もう一度、くちびるを重ねた。

 

ただし、今度は、触れ合うだけの、優しいキスを。

 

 

秋の黎明が、東の空を菫色に染めていく様を、寄り添ったまま、眺める。

眼前には、穏やかな色を湛えた湖が広がっていた。

 

清四郎は裸だし、悠理もそれに近い格好である。朝未きの空気は、それだけでも凍えるほど冷たい。本当ならば、早く別荘に戻って身を温めるべきだろうが、今は、とにかく二人で寄り添っていたかった。

 

「せいしろ・・・」

悠理が、細い声で呟く。

「ずっと、一緒に、いて。」

清四郎は、その肩を抱いて、くすりと笑った。

「当たり前じゃないですか。」

「囚われても、殺されそうになっても、絶対に生き延びて、あたいと一緒にいてくれる?」

「もちろんですよ。」

「皺くちゃの婆ちゃんになるまでだぞ?」

「悠理なら、幽霊になって出てきても、抱いて寝てあげますよ。」

そこで、清四郎が深々と溜息を吐く。

「僕が幽霊になって戻ってきても、悠理は喜ぶどころか一目散に逃げ出すでしょうねえ。」

「そ、そんなことないもん!たぶん・・・」

 

くしゅん、と悠理がくしゃみをする。

このまま明けゆく空を眺めていたい気もするが、悠理に風邪を引かせては元も子もないし、第一、眩しい朝の中を、裸で闊歩するわけにもいかない。

清四郎は、悠理の頭を掻き回してから、その手を引いて、立ち上がった。

「そろそろ帰りましょう。素っ裸で歩いているところを人に見つかったら、今度は岩屋ではなく、牢屋に入らなければなりません。」

 

頷きかけた悠理は、自分の身体を見て、あ、と声を上げた。

 

「あいつら、まだ部屋の中で伸びてるかも。怒りに任せてボコボコにしちゃったからな。」

「あいつら?」

清四郎の眉が、片方だけ上がった。

「そういえば、見慣れないシャツを着ていますねえ。いったい誰のシャツですか?」

不躾な視線が、シャツの裾から伸びた足を眺めている。彼の視線を追ってみて、悠理はぎょっとした。裾のボタンを留めていないため、下着をつけていない下腹部が丸見えになっている。

慌てて前を掻き合わせ、男の眼から、大事な部分を隠したが、既に手遅れである。

恋人から発せられる無言の圧力に、悠理は早々に根を上げた。

「お、襲われかかっただけだぞ。未遂だぞ。言っとくけど、指一本たりとも触らせてないからな!ちょっと・・・っていうか、かなり見られたけど、それは不可抗力だったし、見られた分はきっちり落とし前つけたし、その・・・」

悠理はしどろもどろになり、とうとう俯いてしまった。

 

「・・・あたいは、清四郎じゃなきゃ、イヤだもん・・・」

 

 

悠理は、気づいていない。

 

その言葉が、どれほど男心をそそるのか。

どれほどに―― 男が、愛しさを募らせるのか。

 

清四郎は、悠理を真正面から抱きしめて、濡れた髪に顔を埋めた。

「まったく、どうして貴女はそんなに可愛いんです?」

「・・・せいしろ、怒ってないの?」

鎖骨にかかる吐息すら愛しくて、胸が甘く痛む。

「怒ってますよ。僕以外の男に肌を見せるなんて・・・どれほど怒っているか、このあと、たっぷりと思い知らせてあげます。」

ぎゅ、と抱きしめると、腕の中の悠理がもがき出した。

ふくれっ面を上げて、恨めしげな瞳で清四郎を見る。

「清四郎のほうが酷いよ。撫で回されて、気持ちよさそうな声を上げてたじゃん。」

口では男を責めながらも、背中にそっと腕を回してくる。

意地っ張りなようで、とても甘えん坊な、清四郎の恋人。

「それも不可抗力です。それに、声を上げたと言っても、悠理がしてくれるときのほうが、ずっと大きい声を出しているはずですよ。」

清四郎が揄い半分でそう言うと、悠理の顔が、火を噴いた。

「スケベ!」

「そうさせているのは、何処の誰だと思っているんですか?」

 

相手に、自分の存在を知らしめるかのように、抱きしめて、素肌を合わせる。

重なった部分から、安堵を伴った温もりが広がっていく。

口では馬鹿ばかり言っていても、魂が互いを求めて止まないほど、想いは深い。

 

 

 

ふ、と秋の冷たい風が、水面を渡った。

鏡のようだった湖面に、溜息のような波紋が広がる。

 

「清四郎・・・」

 

胸に顔を埋めたまま、悠理が呟いた。

「・・・あたい、見たんだ。息が出来なくて、死にかけていたあたいたちを、水底から水面へ押し上げて助けてくれたのは、確かに緋砂さんだった。あたいのこと、絶対に許さないって言ってたのに、どうしてだろ・・・?」

清四郎は、大きな掌で悠理の髪を撫でながら、菫色に輝く湖を見つめた。

 

「誰かの気持ちを完璧に理解することは、不可能です。でも、想像するくらいなら出来ます。きっと、彼女は―― 自身に、悠理を重ねたのですよ。」

 

緋砂は、自分と同じ運命を、悠理に負わせることが出来なかったのだ。

だから、悠理を許し、二人を助けた。

それは、単なる清四郎の想像でしかありえないが、そうであると、信じたかった。

 

 

「そろそろ、帰りましょうか。」

 

清四郎が促す。

悠理が頷く。

 

二人は、夜明け前の青い空気の中、手を繋いで歩き出した。

 

 

「緋砂さん・・・首の傷、大丈夫かな?」

「彼女は湖の主ですから、あのくらいの怪我なら、蚊に刺された程度にしか感じていないのではありませんかね。」

「・・・あたい、緋砂さんにずいぶん酷いこと言ったから、きっと傷ついてる。」

「ちゃんと謝ったのでしょう?だから、きっと大丈夫ですよ。」

 

 

そうして二人は帰ってゆく。

 

暖かで、穏やかな日常へと。

 

二人で歩んでゆく、未来へと向かって。

 

 

 

 

水底から、緋砂は湖面を見上げていた。

 

今頃、あの二人は、ひとつの閨で、深い眠りに落ちていることだろう。

 

敵にさえ感情移入する、馬鹿で、愚直で、不器用な娘。

その、子供のように澄んだ眼を思い出し、くっ、と笑いを漏らす。

 

彼女と、自分を重ね合わせたから、救ってやったのではない。

ましてや、彼女の謝罪や涙にほだされたわけでもない。

 

ただ―― 似ていたのだ。

 

緋砂が、朱砂姫と呼ばれていた頃、愛していた男に。

損ばかりする性格や、呆れるほどに真っ直ぐな愛のかたちが。

 

そして、あの男は、自分に似ていた。

愛しいひとのためなら、自らすすんで破滅しようとする、静かな激情と紙一重の狂気が。

 

 

青き湖の水底は、沈殿した朱砂に覆われている。

暗い朱色の敷物は、恋人と歩いた、彼岸花の咲き乱れる湖畔を思い起こさせた。

 

 

―― 我ながら、物好きな。

 

 

朱砂の姫君は、明るい湖面から視線を外し、蛇体をくねらせながら、赤い水底へと消えていった。

 

あとには、青い静寂だけが残された。

 

 

 

 

 

―― FIN

 

 

後書き・・・というより、言い訳。

 

皆さま。いくらオカシイと思っても、決してツッコミを入れないで下さい。砂鉄は黒いだろうとか、彼岸花の時期はそんなに寒くないだろうとか、全裸で公道を闊歩する清四郎を想像したら笑えるとか、心の中では思っても、公の場では言わないで下さい。バックボーンとなるべき過去話も、大部分を割愛しておりますので、ひっじょーに薄っぺらな内容ですが、どうか許してやってください。後生ですから、ねっ?

 

裏話をばらしますと、ここの管理人さまに、「30万ヒットの祝いは何がいい?」と尋ねたところ「エロ!!」と即答されたところから、この話ははじまっております。本番バージン(自称)のワタクシに、エロを描けという管理人さまの非道っぷり。あんまりです。鬼はどっちだと、一度でいいから問いたいものでございます。

フロさまの非道リクに涙しながら、仕事の合間を縫って、突貫工事で描き上げておりますから、読まれた皆様も細かいところには眼を瞑ってやって下さい。

 

フロさま。人様のサイトで、またもや長い話を描いてゴメンなさい。いい加減に見捨てたい気分でしょうが、これからもよろしくお願いいたしますvv

(※今後は、エロ描きはすべてエロリーヌ麗に振ってください。)

 

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フロです。鬼・・・ことハチ子ちゃん、私のために清四郎を剥いてくれて、ありがとう〜!(←そこか?) 

エロリーヌと私が泣いて喜ぶエロ描写。おさすがです!(結局そこか?) 

しかし、人に振るなよ、エロを!(爆)

あなたらしい、鬼畜ロマンを、堪能させていただきました。好きよv チュッv************************************************

 

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