「あ〜ん!お兄ちゃんの馬鹿!!お兄ちゃんなんか大っ嫌い!!わぁ〜〜ん、ママ〜!」
これからオペを始めます
BY くらら様
大体、清香が悪いんだぞ? ほんとにうるさい奴なんだ。妹のくせにさ・・・
「お兄ちゃん、おやつの前には手を洗うのよ!」 「お兄ちゃん、宿題やったの?」 「お兄ちゃん、テーブルに足なんか乗せちゃだめ!」 「お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・」
母ちゃんだって何にも言わないのに、どうしてこいつはこんなにうるさいんだ? 歳だって5歳も下なのに生意気さ。
今日だってそうさ。 俺は散らかっている部屋の方が好きなんだ。 だって全部片付けると、欲しいものがすぐに出てこないじゃん? それなのに清香が部屋に入ってきて、またえらそうに言うんだ。
「お兄ちゃん、こんな散らかった部屋じゃだめよ?パパに言いつけるわよ?」 「あ〜もう、うるさいな!まだ幼稚園に行ってるくせにどうしてそんなに生意気なんだ? 妹のくせに、黙ってろよ!」 「お兄ちゃんこそ、もう4年生なのにどうしてそんなに子供なの?」 「4年生はまだ子供なんだよ!お前なんかまだチビじゃないか。 大人みたいなこと言うな。」 「私、お兄ちゃんよりは大人だも〜ん♪」
まっすぐの長い黒髪を後に振り払いながら俺を小馬鹿にするこの妹に、俺はちょぴり意地悪な気持ちになったんだ。
「言ったな!それならこんなものもういらないよな?捨ててやろうか?」
清香が寝るときもご飯のときも外出するときも片時も離さない黒猫のぬいぐるみ。 もう随分前に菊正宗のじいちゃんにもらったものだが、清香の大のお気に入りだ。 今もえらそうに俺に説教している間も抱きしめている。 これを取り上げてやったら、清香の奴、泣き出すに違いない。
「あ〜っ!だめっ!離してよ!私のネコちゃん返して!!」 俺と清香はぬいぐるみの両手を左右から引っ張りあった。 生意気なことを言ったって、5歳と10歳じゃ勝負は決まってる。 なのに清香は必死になって離そうとしない。
ビリビリビリッ!
黒猫の左手がもげてしまったぞ。
「ああ・・・ネコちゃん・・」 「お前がいい加減のところで離さないからだぞ?」 俺は焦って言った。 「うっ、うっ、うわぁ〜〜ん!!ネコちゃんが〜!お兄ちゃんひどい!!うわぁ〜〜ん!うわぁ〜ん!」 あれ?めちゃくちゃ泣き出したぞ?どうしよう?ちょっと泣かすだけだったのに・・・
「清香。清香。泣き止めよ。」 「いや〜っ!!ああ〜ん!!うわぁ〜ん!!」 「あ〜ん!お兄ちゃんの馬鹿!!お兄ちゃんなんか大っ嫌い!!わぁ〜〜ん、ママ〜!」
しまった・・・手が取れるとは思わなかった・・・ 「ママ〜ママ〜!!」
「なんだよ?声が庭にまで響いているぞ?どうしたんだ?」 「ママ〜!お兄ちゃんがネコちゃんの手を取っちゃった〜わぁ〜ん!」 「あちゃ〜完全に取れてるな。悠希がしたのか?」 「うん・・・」 「仕方ないな、どうしようか?」 「ママ〜治して。」 「え?あたしが?」
今、母ちゃんぎょっとしたぞ? あれ?今度は俺を見てにやっとしたぞ。
「そうだ、清香。これはお医者さんに見てもらおう!」 「お医者さん?」 「そうだよ、お医者さん。今日は先生お休みでうちにいるぞ?」 「パパのこと?パパはお医者さんじゃないじゃない。」 「いいや、清四郎はネコちゃんのお医者さんもできるぞ?お〜い菊正宗先生!!」
「なんですか、騒々しい。」 父ちゃんがやってきた。 母ちゃんが清香に見えないように片目をつぶってる。 「菊正宗先生、ぬいぐるみのネコちゃんが事故に遭って手が取れてしまいました。 診察をしてください。」 父ちゃんも母ちゃんのいうことがわかったみたいだ。 「よく見せてみなさい。う〜んこれはすぐ診察しましょう。看護婦さん、聴診器を持ってきてください。」 「了解♪」
父ちゃんは俺の椅子に座ると、聞いてきた。 「事故の状況を話してください。」 俺はさっきの出来事を隠さず話した。父ちゃんには嘘ついたってばれるもん。 父ちゃんはうんうんと黙って俺の話を聞いていた。 母ちゃんが聴診器を持ってくると、父ちゃんは俺にぬいぐるみを持たせて診察しだした。
清香は横でまだ泣いている。
ごめんよ、清香。 兄ちゃんが悪かったよ・・・
「う〜んこれはすぐにオペしましょう。看護婦さん、針と糸を持ってきてください。」
「もう用意してあります。」 「これは手回しいいでですねぇ〜なかなか優秀な看護婦さんだ。」 父ちゃんは針の穴に糸を通すと厳かに言った。 「これからオペを始めます。」
チクチクチクチク、チクチクチクチク
父ちゃんって凄いな、何でもできるんだな。 俺が驚いて見ていると、父ちゃんが顔を上げて俺を見てニヤッて笑った。
その夜。 父ちゃんのオペで元通りに手がつながった黒猫を抱いて眠りに行くに清香に、俺は思い切って謝った。 「清香、ごめんな。兄ちゃんが悪かったよ。」 清香はにっこり笑って言った。 「ううん、もういいのお兄ちゃん。でもこれからは部屋をちゃんと片付けるのよ。」
・・・あいつは全く・・・勝てねえよ・・・
そんな俺に父ちゃんが言ったんだ。 「悠希、姉妹なんてあんなものですよ。とてもじゃないけど勝てません。同情しますよ。」 と。
おしまい。
|