スリーピング・ビューティ

BY 千尋様

 

ゆるやかに、やわらかに。

金の木の葉が降り注ぐ。

 

音もなく、ただ深く。

落ち葉が辺りを埋め尽くす。

 

聖プレジデント学園中等部の中庭にある銀杏を中心に、色とりどりの枯葉たちが、降っては積もっていた。

そして落ち葉の絨毯は、学園の新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下をも、少しずつ金色に染めていく。

 

その渡り廊下を、清四郎は旧校舎へと向かって歩いていた。

その手には大きな地図を抱えている。

本日最後の社会科の授業で使った教材である。

 

授業終了後、「旧校舎に行くと職員会議に遅れるから、学級委員長、片付けておいてくれ」と担当教諭は言った。

今はめったに使うことがなくなった旧校舎だが、準備室などの特別教室は教材置き場として開けられているのだ。

単に自分で戻しに行きたくなくて、生徒に押し付けただけじゃないかと、学級委員長である清四郎は思った。

学級委員長なんて用はただの雑用係だなと、内心で毒を吐きつつ、それでも清四郎は笑顔で了承し、地図を受け取った。

実は、傍で見ていた幼馴染の副委員長の、「私、お手伝い致しますわ」と言うありがたい申し出もあったのだが、清四郎は「大丈夫ですよ」と丁寧に断っていた。

そんな経緯があって、今、清四郎は地図を抱え歩いているのである。

 

渡り廊下を抜け、清四郎は旧校舎内の廊下をゆっくりと歩く。

社会科準備室のドアを開け、地図を所定の場所に立てかける。

軽く身体を伸ばし、清四郎は何気なく、校庭側の窓に目を向けた。

 

渡り廊下とその脇に植えてある銀杏の樹が見える。

そして、先ほど渡り廊下を歩いている時には見えなかったものが、清四郎の目に映った。

 

一人の少女が、銀杏の樹にもたれかかるようにして座っている。

上から舞い落ちる銀杏の葉を避けようともせず、少女は微動だにも動こうとはしない。

今にも地面に崩れ落ちそうな姿勢になっているその少女のことを、清四郎はとてもよく知っていた。

 

「剣菱…悠理…さん?」

 

思いがけず、その少女の名が口から零れ落ちる。

次に気付いた時にはもう、清四郎は旧校舎の廊下を走っていた。

渡り廊下と校庭の境を示す形ばかりの低い塀を乗り越えるようにして、銀杏の樹の下に駈け寄る。

 

「剣菱さん?」

少女の肩に手をかけ、清四郎が名前を呼びかける。

 

―… 反応が、ない。

 

少女と目線が会う高さにあわせて、清四郎はその場にしゃがみ込んだ。

下から覗き込むようにして、少女の顔を見る。

 

安堵したように深く息を吐いて、清四郎が呟く。

 

「―… 眠ってる、だけ、ですか …―」

 

きぶんが悪くて座り込んでいるのだと勝手に思い込んでいたことが、何だかおかしくてたまらない。

「本当に人騒がせな人だ。剣菱さんは」

小声を立てて笑うことを必死で堪えながら、清四郎は彼女の髪に絡んだ落ち葉を払っていった。

彼女を起こさないように、慎重に、落ち葉を一枚一枚、丁寧に取り除く。

そうしながら、数時間前、隣のクラスから飛び出していた彼女の姿を見たことを思い出す。

今の状況からみて、授業をサボっていたのは明白だ。

 

「めったに人が通らないとはいえ、今までよく見付からなかったものだな」

清四郎の口から、思わず独り言がでた。

彼女は未だに、起きる気配はない。

 

伏せられた瞳。

少しだけ開いた唇。

あどけない、彼女の寝顔。

 

無防備なまま眠り続ける少女を、清四郎は見詰めた。

自分の右手を、彼女の頬へとすべらせる。

そのまま指先で彼女の唇をかすかに辿る。

 

ほんの僅か、少女が身じろぐ気配がしたが、その瞳は開かない。

 

「そんなに無防備なのもどうかと思いますよ?」

 

少女の顔に、清四郎の影が落ちる。

二人の唇が重なり合う。

 

ゆっくりと、清四郎が身体を離した。

着ていた制服の上着を脱いで、清四郎は、少女の肩にはおらせる。

「―… 剣菱さん、覚悟しといてくださいね?」

 

これ以上のものはないだろうというくらいの爽やかな微笑を残して、清四郎が立ち去って行く。

落ち葉を踏みしめる乾いた足音が遠ざかる。

 

再び、金の木の葉が少女に降り注いでいく。

色付いた落ち葉に抱かれた少女の瞼は伏せられたまま、開いてはいなかったけれど。

 

未だ眠っているはずの、その少女の頬は。

たった一人の少年によって。

空から落ちる木の葉よりも、地表を埋め尽くす落ち葉よりも、色あざやかに染まっていた。

 

 

 

― END ―

 


 

拙作をお読みくださった皆様、本当にありがとうございます。

 

「剣菱さん」に手をだして欲しかっただけなのに…―。

菊正宗君、キミ、中坊の言動じゃないよ、それは…―。

 

フロです。千尋様から30万打のお祝いにいただいちゃいました〜〜♪

清悠中坊萌えのアブナイ熟女の私としては、むふふふふっと奇声を発しながら踊ってしまいました♪ありがとうーーー!!

 

 

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