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BY 水猫様



 聖プレジデント学園の生徒会室−別名有閑倶楽部の部室の扉を開けて、清四郎は思わぬ先客に少しだけ驚いた表情をした。
「おや、今日は帰るんじゃなかったんですか」
 大きな窓辺でぼんやりと外を眺めていた悠理は、一つ伸びをすると椅子から立ち上がった。
「そうだけど。お迎えがあと30分くらい、来ない」
「そうなんですか」
「お前は?」
「この本がもう少しで終わりそうなので、読んで返してしまおうと思いまして」
 片手に持っている分厚い洋書を示しながら、悠理の横を通り過ぎて空いている椅子に座ると、そのまま読書に集中していった。
 何となく手持ちぶさたになってしまった悠理は再び窓辺の椅子に向かっていったが、不意に方向転換した。清四郎の座る、テーブルセットの方へ。
「…何ですか」
 清四郎の隣に座って横からのぞき込んでくる悠理に、本から視線を動かさないまま聞く。
「んー、どんな本なんかなっと思っただけ」
 小難しそーと呟いて、悠理はおもむろに清四郎に背中を向けて座る。
 椅子の上に足を乗せて膝を抱えると体重を後ろにかけ…ぽすんと軽い音をたてて、清四郎に寄りかかった。ちょっと収まりが悪くて頭も肩に乗せる。
 それで漸く落ち着いたのか悠理は目を閉じた。
 10秒…1分…3分。
「悠理…」
「ん?」
 本を閉じる音と呼ばれた名に反応して、目を開けて振り向こうとした時。その勢いを助けるように肩に手が回され、顎に手がかけられる。
 優しく重ねられる唇に悠理は再び目を閉じた。
 1秒…10秒…30秒。
 名残惜しげについばみながら離れていく唇と肩に回っている手の温かさに、悠理はつい笑みがこぼれてしまう。ゆっくりと開いた瞳の先には、ちょっと困ったような表情をしている清四郎の瞳。
「どうしてああいうことをするんですか。せっかく我慢していたのに」
「なんで? 別に我慢することないじゃん。あたいだって我慢しなかったし」
 だってやっと両思いになれたんだから。
 ずっと胸に抱えていた想いが通じたんだから。
 お互い忙しいのはわかっている、けど。
 ほんの30分でも一緒にいたくって。
 約束はしていないけど、少しでも会えればと思って。
「部室に来れば、もしかしたら清四郎来るかなって思ってたんだけど、ほんとに来てちょっと驚いた」
 にこにこと笑う彼女の腰に余っている方の手を回し、引き寄せて抱きしめた。
「こっちだって驚きましたよ。今日は大事なお客さんが来るって言うから、何もせずに帰すつもりだったのに」
「んー、でも…清四郎も同じ気持ちだって、わかってよかった」
 嬉しそうに笑う彼女に清四郎も優しい笑みを返してキスをする。
 本当は、1秒でも長く触れ合っていたい。
 本当は、1分でも長くキスをしたい。
 本当は、1時間でも長く笑いあっていたい。
 本当は、1日でも長く、一緒にいたい。
「30分の1万倍でも10万倍でも一緒にいたいんだけど、な」
「そんなに短い時間でいいんですか? 30万分と言ったら約200日ですよ」
「え、そんだけなの! んじゃ、30万時間!」
「悠理は欲がないですね。30万年というのは考えつかなかったのか」
「…ミイラになってると思うんだけど」
 その自分を想像してちょっと眉をしかめる悠理に清四郎は笑って言った。
「そのくらい、僕の気持ちは長続きするってことです」
「ずるいぞ! そんなんだったら、あたいだって…」
「はいはい」
 腕の中で暴れようとする悠理を宥めるように深く唇を重ねた。振り上げた手が縋るように清四郎の肩を掴んでいたが、その力すら抜けて膝に落ちる頃に漸く唇が解放される。
「やっぱ、ずるいぞ、おまえ…」
 上気した頬を肩につけながら言われて、清四郎は今度は意地悪そうなくすくす笑いをする
「そんな顔して睨んでも可愛いだけですよ」
 もっと強く抱きしめようとした清四郎の手を、リズミカルな音が止めた。
「あ、ケータイ」
 渋々といった感じで解放された腕の中で、悠理はポケットから携帯電話を出すと液晶を見る。
「メールがきた…あと5分くらいで着くって」
「もう来てしまいましたか」
 しょうがないですねと言って、清四郎は本を傍らに置いておいた鞄にしまう。
「清四郎、もう帰っちゃう、よね…」
 みるみるうちに曇っていく顔に苦笑して、清四郎は悠理の頭を抱き寄せた。
「悠理が我慢しなくてもいいと言ってくれましたからね。今日できるだけ一緒に居たいので、同行させてもらっていいですか?」
「ホントに! やったぁ!」
 今度はたちどころに晴れ上がったような空のような笑顔を見せる。
「よく変わる表情ですね」
「しみじみゆーな。誰のせいで変わると思ってるんだよ」
「さて誰のせいでしょうね」
 しれっと言って再び悠理を腕の中に閉じこめる。
「とりあえず、先にできるだけこうしておきましょう」
「うん…」
 肩口に頭をすり寄せて来る悠理を、今度こそ強く抱きしめた。
「ところで、自分で言っておいてなんですが…大丈夫ですか、僕が一緒でも」
「へーきへーき、今日のお客さん実は清四郎を気に入ってる人だから」
 何となく妙な予感がして、慎重に清四郎は言った。
「……その方の、お名前を聞いてもいいですか?」
「ん、フロさんって呼んでるけど…どうした、清四郎」
「いや、なんでも……こうなったらとことんまでお相手させて頂きますよ」
 接待に妙な意気込みを見せる清四郎を不思議な表情で見ていた悠理だったが、その言葉の裏ににある意味を理解していなかった。
 きっとお客さんのお相手をするのは夕食ぐらいまで。その後は邪魔は入らないでしょうから…
 そう思惑をたてる清四郎であったが、この時点での認識は甘かったと思われる。

 かくして、その日の夜の出来事が、来客によってこっそり記録されたとかされなかったとか…真相は、時の中に流されていった。

 



Fin?

 

フロさんです。(笑)水猫さまに30万打のお祝いに頂きましたv  

つーか、すっかり、ワタクシ清四郎フェチの登場人物として定着した気が・・・いえ、その通りのフェチなんすがね。このアト、ふたりのいちゃつきっぷりを指咥えてカメラ構えて見られるのね〜vv

  

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