シンフォニー・オブ・ライツ3

BY にゃんこビール様

 

山側に少し上がったところにある蘭桂坊は欧米人が集まるエリアである。

金髪の美童や、ピンクに髪を染めた魅録がいても違和感がない。

悠理と2人は窓側のテーブルに着き、グラスを合わせた。

「それにしてもそっくりだったな〜。」

話題は清四郎のそっくりさん・ショーンのことである。

「悠理はいつからショーンのこと知ってたの?」

美童に聞かれて悠理は飲んでいたジンフィズを下ろした。

「へ?今回初めて。」

「ふ〜ん。ショーン見てびっくりした?」

「びっくりっていうか… その、マジで清四郎かと思ってさ…」

清四郎が急にいなくなったと思って泣き出したことを悠理は思い出した。

黙り込んだ悠理を魅録は声を掛けた。

「どうした?」

呼ばれてはっと悠理は我に戻った。

「何でもない!でもさ、みんなにナイショにするの大変だったんだから。」

何とか話題をすり替えた。

「あー… 電話で清四郎に突っ込まれそうだったもんね。」

部室での一件を美童は思い出した。

「ま、悠理がばれないようにした分、勘違いしたけどな。」

魅録も思い出しながらバーボンを一口飲んだ。

「だっ、だいたいお前たちがおかしいんだよ!

どこをどう聞けばああいう展開になるんだよ。」

悠理はぽっと顔が赤くなった。

「だって清四郎に向かって『会わせたいヤツがいる』って言われたら

 恋人とか、婚約者とか紹介されるかと思うじゃないか。」

120%勘違いだったのにも関わらず、けろりと言ってのける美童。

「だって… 清四郎をびっくりさせたかったんだもん。」

どう考えても勝手な想像を膨らませた美童たちの方が悪い。

「でもさ、あの後、清四郎大変だったんだよ。」

美童はくすっと思い出した。

「みんなでさ、悠理の相手はどんなんだろうって話してた時、

 清四郎ったら冷静を装ってたけど焦りが顔に出てたよね。」

美童が言わんとすることが飲み込めない悠理は首を傾げた。

「焦るって…なにを?」

「ショックなんじゃない?悠理に婚約者ができた、なんて考えたら。」

「確かに。あんなに自信なくしてる清四郎、久しぶりに見たぜ。」

自分たちが勝手に盛り上がって清四郎をそんな目に遭わせたのにふたりは笑った。

「清四郎、元気なかったのって…?」

悠理は空港で見た清四郎を思い出した。

いつもと違って何だか沈んだ表情。いつも真っ直ぐ前を見据えている目も淀んでた。

「落ち込んでたんじゃない?結構、清四郎もかわいいところあるよね。」

そういうと美童は魅録の顔を見た。

「ま、寝不足ってのは本当だろうけど、原因はそれ、だろうな。」

魅録は悠理を指さしてニヤリと笑った。

「ふんっ。勝手にひとのせいにすんなっ。」

悠理は頬を膨らませてふたりを睨んだ。

「悠理〜。わかってないなー、男心を。」

美童はくいっとホワイト・ラムを空けた。

「あんな意味深なこと言われたら気になるだろう?」

「意味深?あたいのどこが?」

悠理には美童の言ってることが理解できない。

「自分が好きになってる女の子から他の男のこと言われたら気になるさ。」

あまりにも美童のストレートな発言に魅録はそっと隣の悠理を見た。

美童としては機内で受けた清四郎の妖気は二度と御免なのだ。

「…好き?誰を?」

シラを切っている…訳ではない。まだ悠理には自覚がないらしい。

魅録の方が顔が赤くなってしまう。

「清四郎も自覚なかったみたいだけど、悠理の方が重症だね〜。」

そういうと美童はため息をついた。

「悠理のひとこと、ひとことで清四郎が一喜一憂する、ってこと。」

悠理は眉をひそめて考えた。

美童の言わんとしてることをやっと理解したらしい。

悠理はポンッと顔が赤くなった。

「なんでそうなるんだよ!美童じゃあるまいし!

 清四郎は恋愛不適合者だって言ったのは美童たちだろ!」

美童は目を細めて反論した。

「だから男心をわかってないって言ってるんだよ。ねぇ、魅録。」

黙って聞いていた魅録は自分に振られて焦った。

「俺に振るなよ!」

「お互い好きなら好き、って言えばいいのにさ。」

美童は空いたグラスの中の氷を指で回しながら悠理に言った。

「誰が清四郎を好きなんだよっ!」

「まさか悠理、気が付いてないわけ?」

美童はテーブルに乗り出して悠理に顔を近づけた。

「ぐっ…」

悠理は顔を真っ赤にして黙ってしまった。

「まーまー、みんなそう美童みたいに簡単にいかねぇよ。」

魅録は美童の肩をポンポンと叩いた。

「ただ、あの冷静な清四郎が悠理の電話で動揺したってことは事実だぜ。」

美童は店員におかわりを頼んだ。

「清四郎も人並みに恋愛するってことだよ。」

悠理は美童を見た。

「ねぇ、美童。恋愛ってどういうこと?」

自分に聞かれなくって魅録はほっとしてバーボンに口を付けた。

「そうだなぁ…。いつでもいっしょにいたいとか、他とは比べものにならないとか。」

うーんと上を見ていた美童におかわりのホワイト・ラムがきた。

グラスを口に運んでから

「何をするにも一番にその人のことを考える、ってことかな。」

そう言うと悠理にウィンクを投げた。

少し悠理の表情が和らいで見えた。

 

清四郎はショーンと飲んだ後もラウンジで夜景を見ていた。

百万ドルの夜景と言われた香港も、一時期不況でライトアップが少なくなったが、

現在はまた輝きがよみがえっている。

きらきらと輝くネオンに清四郎は悠理の顔を思い出していた。

自分が香港で働き始めたと思って泣いた悠理…

自分がどこか遠くに行っても頑張ると言った悠理…

自分と必ず巡り会えると言ってくれた悠理…

「…清四郎」

清四郎が振り返ると悠理がたたずんでいた。

「おかえり。魅録と美童もいっしょですか?」

動揺を見せないように清四郎は笑顔を見せた。

「ううん、先に帰ってきた。」

そう言うと悠理は遠慮がちに清四郎の隣に歩いてきた。

(あいつら、何か言いましたね…)

まだふたりがいるであろう蘭桂坊の方に向かって目を細めた。

ぽすん、と清四郎の隣に悠理が座った。

手は膝の上に固く結んだまま。

「清四郎」

「悠理」

ふたりが名前を呼んだと同時に高層ビルから一斉にサーチライトがついた。

「うわっ、なに?」

突然の光の洪水に悠理は圧倒された。

「シンフォニー・オブ・ライツですよ。

ここは端だから湾仔に向かって見られるんですね。」

「わぁーすごい!きれい…」

ホテルがある中環から湾仔に立ち並ぶ高層ビルから色とりどりの

サーチライトが音楽に合わせて動く。

光のシンフォニーに感動して見入っている悠理の顔はキラキラと輝いていた。

こんな近くに何よりも代えがたい宝石がある。

どんなことをしても守り抜きたい大切なものがある。

清四郎は窓の外ではなく、隣の悠理を見つめていた。

「はぁ〜 すごかったね。清四郎。」

シンフォニー・オブ・ライツが終わり、悠理はくるっと顔を向けると

ばっちり清四郎と目が合った。

清四郎がこっちを向いてると思わなかった悠理はとっさに俯いてしまった。

「清四郎…」

消え入りそうな声で悠理が呼んだ。

「なんか…いろいろ心配かけて、ごめん。」

突然悠理に謝られて清四郎は驚いた。

「心配?何のことです?」

「その… 訳わかんないこと電話で言っちゃって…」

電話?ショーンに会わせるってこと?

「それで可憐たちが… 色々言ったんだろう?」

ああ、婚約者って話ですか。

「悠理が謝ることはないですよ。」

あいつたちが勝手に勘違いして人のことを暇つぶしにしたんだから。

「そうだけど。でもさ、あたい… そのぉ…」

下を向いてる悠理の顔が少し赤くなってきている。

「ショーンがどんなに清四郎にそっくりでも、清四郎は清四郎だし。

清四郎は清四郎でいて欲しいっていうか…」

清四郎は一生懸命言葉を探す悠理を黙って見つめていた。

「清四郎じゃなきゃだめっていうかさぁ。」

うまく言えないや、と悠理は頭をガリガリ掻いた。

清四郎はその手に触れ、悠理の頭を撫でた。

頭をなでられ、悠理は清四郎の方を向いた。

夜景に照らされた悠理はなんとも愛おしく、清四郎は微笑んだ。

「悠理」

「うん?」

悠理に難しいことは必要ない。

「レパルスベイに行ったり、香港の夜景を見たり…」

「うん。」

悠理は清四郎の目ををまっすぐ見つめた。

「こうやって、ふたりの思い出をどんどん増やしていきましょうね。」

そう、これからはふたりの思い出を作っていこう。

「うん!!」

悠理は満面の笑みで元気よく返事をした。

清四郎も微笑んだ。

決してこの笑顔を曇らせない。この笑顔を守っていこう。

そう清四郎は心に誓った。

 

ラウンジの入り口に人影が4つ。

「こんなシチュエーションなんだからキスでもすればいいのに!」

美童は唇を尖らせた。

「あの告白は悠理に通じたのかしら…」

ため息混じりに可憐が言う。

「いいんじゃありませんの?相手が悠理ですもの。」

そう言いながら野梨子は幼なじみたちに微笑んだ。

「ま、清四郎と悠理らしいんじゃねぇ?」

魅録はちょっと顔が赤い。

「立ち聞きとは悪趣味ですよ!!」

突然、清四郎の大声に4人は肩をつぼめた。

「あーっ!お前ら、いつからいたんだよっー!」

そう怒鳴る悠理は清四郎に見せた愛らしさの微塵もない。

「だって、ふたりとも部屋に戻ってこないから探したのよ。」

可憐は笑って誤魔化した。

「あら、ここはとっても景色がよろしいのね。」

ほほほと野梨子も話を合わせた。

清四郎はそばにきた4人をちらりと見た。

「ま、いいでしょう。

 今回のお詫びに御馳走になりましょうか。ね、悠理。」

「そーだ!そーだ!あたいたちをよくもだしにしてくれな!」

そういうふたりに美童は小声でつぶやいた。

「…僕たちのお陰でうまくいったんじゃないか。」

「何ですか?美童」

清四郎は目を細めて美童を見た。

「なんでもない!あー、ここからの夜景、きれいだねぇ〜」

美童も急いで席について、夜景をバックに飲み始めた。

 

可憐と野梨子と笑い合う悠理。

魅録と美童にからかわれて顔を真っ赤にしてる悠理。

いつもの仲間といつもの状況。

清四郎の前には悠理が座っている。

ころころ表情をかえる悠理を清四郎は見つめていた。

清四郎の視線に気が付いた悠理がにっこりと微笑んだ。

ちょっと照れながら。

でもとても可愛い笑顔で。

バックできらめく百万ドルの夜景にも負けないくらい。

 

清四郎と悠理にはふたりの道がある。

清四郎と悠理にはふたりの歩き方がある。

『清四郎は清四郎でいて欲しい』

悠理はそう言ってくれた。

『清四郎じゃなきゃだめ』

悠理はそう言ってくれた。

清四郎は香港の天空で大切な宝物を確かに見つけたのだ。

 

 

 

 

 

あとがき

どうしても清四郎のそっくりさんが書きたかったのです。
しかも同性で、温厚で、柔和な格好いいヤツ。
中国人か韓国人か…だったら大好きな香港にしちゃえ!ってな訳で。
清四郎は悠理のこと好きだって確信。
悠理は…やっと清四郎が好きだって気が付いたかしら。
随所にまたまた懐かしフレーズがありますが何卒ご容赦下さい。

 

作品一覧

お宝部屋TOP