<7>
BY hachi様 (原案&イラスト:ネコ☆まんま様)
「なあ・・・神さまって、本当にいると思うか?」 唐突な言葉に、清四郎は僅かに片眉を上げた。 「僕より貴方のほうが、その答を知るのに近い位置にいるのでは?」 質問の意図を掴みかね、当たり障りのない答を返す。 「死んでも分からないから聞いてるんだろ。頭のいいお前でも分からないんだから、俺みたいな馬鹿には、永遠に分からねえかもしんないな。」 悠理の姿をした明良は、くっくと笑うと、空を見上げた。 すっかり夜が満ちた空には、いつの間にか、雪雲が広がっていた。 「神さまがいるなら、願いを叶えて欲しかったんだ。今日はクリスマス・イブだろ?今日くらい、神さまも奇跡の大盤振る舞いしてくれないかなあ。」 「どうしても叶えたい願いが、吉野橋くんには、あるのですね?」 清四郎の問いに、明良は、空を見上げたまま、ああ、と頷いた。 「俺・・・どうしても、お前と話したい。最期くらい、悠理の身体を借りずに、自分の姿で、自分の声で、お前と話がしたいんだ。」 清四郎には、薄々ではあるが、明良の言わんとすることが分かった。 彼は、ひとりの男として、清四郎と向き合いたいのだ。 「もう、最期なんだ。クリスマスの奇跡くらい、起こしてみせたいじゃん―― 」 そのときだった。 ふわりふわりと、群青色の空から、白い妖精が落ちてきた。 「あ、雪・・・」 野梨子が、小さく呟く。 その声につられて、その場にいた全員が、空を見上げた。 最初に、異変に気づいたのは、清四郎だった。 大きな銀杏の木の下に、ひとりの少年が立っている。 その顔を見て、清四郎は、息を呑んだ。 清四郎が漏らした呻きを聞き、皆が、弾かれたように少年を見た。 誰の口からも、驚嘆の声が漏れた。 「優等生くん・・・じゃ、あんまりだな。おい、清四郎!聞こえるか!?」 想像通りの、ハスキーボイス。 ブリーチを繰り返して、すっかり傷んでしまった茶髪。 斜に構えていても、愛嬌がある、独特の雰囲気。 吉野橋明良は、くちびるをへの字に曲げて、清四郎を真っ直ぐ見つめていた。 「・・・聞こえていますよ。」 明良は喧嘩腰なのに、清四郎は、嬉しくて仕方なかった。 何しろ、ようやく会えたのだ。 この一週間、清四郎を散々に悩ませ続けた、見えざる友人に。 明良は、清四郎をびしっと指差した。 「俺、清四郎にだけは、礼を言わないからな!感謝なんかしてないからな!」 「素直じゃありませんね。礼を言うのが恥ずかしいだけでしょう?」 「馬ー鹿、違うよ。悠理みたいにイイ娘を悩ませるヤツには、礼なんか言えねえ、って言ってんの。」 悠理の名を出され、清四郎は言葉に詰まった。 そんな清四郎を見て、明良は、ふん、と鼻を鳴らした。 「お前、本当は分かってるんだろ?悠理が、誰を好きか、さ。」 そうだ。本当は、分かっていた。分からない振りをしていただけだ。 悠理は、ずっと清四郎を見つめていた。 そして、清四郎も、悠理を見つめてきた。 だが、それを認めてしまったら、きっと悠理しか見えなくなる。 だから、わざと自分の想いに気づかない振りをしていたのだ。 「俺は、いくら一緒にいたくても、悠理を守ることも、幸せにしてやることもできねえ。でも、清四郎は違うだろ?お前は生きてる。ずっと、悠理と一緒にいられるじゃん。」 明良の眼差しは、恐ろしいまでに真剣だった。 「お願いだよ。悠理を、幸せにしてやってくれよ―― 」 静かに、雪が舞う。 真っ暗な夜に、清浄なる白が降り積もる。 明良は、丸裸になった銀杏の木を見上げた。 「知ってるだろ?イブの夜、この木の下で告白すると、恋が実るって伝説をさ。」 清四郎は微かに頷き、同じように、大きな銀杏の木を見上げた。 「もちろん知っていますよ。この銀杏の葉は、他の銀杏に比べて丸っこいんです。中には、完全なハートの形をしたものまであるそうです。その葉を持っていると、恋のお守りになるとも言いますし、聖夜に、この木の下で愛を誓うと、ずっと一緒にいられるとも言います。いったい今まで何人の男女が、ここで愛を誓ったのでしょうね。」 「清四郎もさ、その中の、ひとりになれよ。」 「え?」 「だから、ここで、悠理に言えよ!」 「何をです?」 「ああ!鈍い男だな!悠理に告白しろって言ってるんだよ!!」 清四郎は、完全にフリーズした。 丸裸だった銀杏の枝に、雪が積もりはじめた。 音もなく、白いヴェールが、銀杏を覆う。 明良は、その様子を、眼を細めて眺めていた。 「まるで、でっかいクリスマスツリーだ。」 そして、まだフリーズしている清四郎を、呆れた顔で見る。 「駄目な男だなあ。まったく、先が思いやられるぜ。」 やれやれ、と首を振ってから、黙って成り行きを見守っていた四人に、笑いかけた。 「それじゃあ、俺、もう行くわ。母ちゃんに、一人ぼっちのクリスマスを迎えさせるのも可哀想だしな。」 じゃあ、と明良が手を上げた瞬間、少年の姿がぼやけて、その下から、悠理が現われた。 皆は、あっ、と息を呑んだ。 明良の姿と、悠理の姿が二重写しになり、幻灯機のように、光がくるくる回った。 「悠理に伝えてくれよ。俺からのクリスマスプレゼントは、あの男だって―― 」 ―― それで、俺は、お返しに悠理の笑顔を貰うから 最期の言葉は、雪よりも儚く、溶けて、消えた。 悠理が気づいたときには、明良だけでなく、仲間たちの姿も消えていた。 傍にいたのは、清四郎ただひとりだけ。 「気がついたのですか?」 清四郎の笑顔の先に、天空いっぱいに広がる、銀杏の枝が見えた。 悠理は、清四郎の腕に抱かれ、大きなコートに身体をすっぽり覆われていた。 「うぎゃ!」 とんでもない状況に、跳ね起きようとした。が、清四郎は解放してくれない。 「離せよ!」 「離れたら、寒いじゃないですか。雪が降っているんですよ。」 慌てて周囲を見回すと、いつの間にか、辺りは一面の雪に覆われていた。 よく見れば、清四郎の髪や肩にも、雪が付着している。まさかと思い、清四郎の頬に触れると、吃驚するくらい冷たかった。 「どうしてこんな場所でじっとしているんだよ!?風邪をひいたらどうするんだ!?」 「少し頭を冷やそうかと思いまして。」 「はあ!?」 たまに、この男の思考についていけないときがある。 頭を冷やしたいからといって、雪の夜に、屋外でぼーっとするなんて、どう考えても馬鹿ではないか。 呆れる悠理に向かって、清四郎は苦笑してみせた。 「自分でもどうかしていると思いますよ。でも、この銀杏の下で、考えてみたかったんです。」 「考えるって、何を?」 しかめっ面をした悠理の髪を、清四郎が、優しく梳いた。 「悠理が目覚めたあと、どうすればいいかを、考えていたのですよ。」 「は・・・?」 「別に、吉野橋くんの最期の願いを叶えてやろうと思ったわけではないんですが、このまま悠理と別れて、自分の家に帰ったら、きっと後悔するはずですし、本音を言えば、悠理の部屋のソファに居着きたい気分なんです。」 「何を言ってるんだか、全っ然分からない。」 「つまり。」 清四郎が、こほん、と咳をした。 「悠理が好きだから、ずっと傍にいたいんです。」 冷たい指が、悠理の頬に、触れた。 「悠理。僕は、お前を愛しています。そして、これからもずっと愛すると誓います。」 だから―― と、男は続けた。 「だから、悠理も、僕とずっと一緒にいると、誓ってください。」 白い妖精が舞う、聖夜。 悠理は、大好きな人の腕の中で、小さく頷いた。 それは、お調子者の幽霊がくれた、小さな、小さな、奇跡。 意地っ張りな少女と、鈍感な青年の恋を叶えるための―― ささやかな、奇跡。
木造の古いアパート。 二階の、端から二番目の部屋で、聖夜は、静かに明けた。 母親は、凍てついた空気の中、自分の身を抱きながら、布団から起き上がった。 カーディガンを羽織り、薄暗い部屋を見回す。 ツリーも、ケーキも、チキンもない、ひとりぼっちのクリスマス。 仕方のないことだ、と思う。そして、慣れなければ、とも思った。 これから先、正月も、節句も、何もかも、独りで迎えなければならないのだから。 まずは冷えないように靴下を履き、それから窓辺へと向かう。 カーテンを掴んで、開けるまでの一瞬に、この時期になると毎年悩まされる結露を思い出し、少しばかりうんざりした。 一気にカーテンを開けると、景色を染める雪の白さに、眼が眩んだ。 そして、母は、異変に気づいた。 最初は信じられないというふうに眼を見開き、やがて、わななきはじめた。 窓を見つめる眼から、大粒の涙が零れる。 水蒸気で白くなった窓硝子いっぱいに、メリークリスマスの文字。 その横に添えられた、笑顔の落書き。 自然現象を利用した、稚気に満ちた落書きである。 もちろん、部屋の外から描けるはずはなかった。 母は、涙を拭きながら、微笑んだ。 「・・・まったく・・・相変わらず、下手糞な字ね・・・」 今日は、クリスマス。 ほんの少しの奇跡なら、誰もが素直に受け入れられる、優しい日。
|
あとがき
またもやの長編で、お読みになったかたは、さぞかしお疲れでしょう(笑)
ネコさんとのメールの遣り取りから生まれた「お調子者の幽霊が悠理に恋をする」という原案に、クリスマスと母子のエピソードを絡め、フロ氏に叱咤激励(?)されながら、ようよう仕上げた、この話。皆さま、いかがでしたでしょうか?
このお話、文章力に著しい問題がありますが、ハチ子からのクリスマスプレゼントとして、皆さまにお贈りいたします。え?いらない?それは失礼をいたしました(笑)
では、皆さま、よいクリスマスを!! |