悠理がいない一日

BY りえりえ様

その日、悠理だけが生徒会室に来なかった。

「もう帰っちゃったのかしら。おばさまのオススメのスパを聞きたかったのに。」

可憐が雑誌をめくりながら、つまらなさそうに言った。

野梨子がお茶を取り替えながら、

「また授業中に居眠りして、呼び出されているんじゃなくて?」

と言うと、魅録が

「でも、今日は『一応』どの教科も起きてたぜ。」

と答えた。

その時、ガチャッと扉が開いて、美童が入ってきた。今日は、演劇部のヘルプで舞台稽古に出ていたのだ。

「なんだぁ、美童かぁ。」

可憐が思いを声に出していった。

「『なんだぁ』はないだろ、『なんだぁ』は。」

美童は少し口を尖らせて可憐に言った。

とうとう清四郎が聞いた。

「美童、悠理を見かけませんでしたか?」

「う〜ん、見てないなぁ。」

「おかしいですね、別に用事があるようなことは言ってなかったですがね。」

清四郎が何気なく壁にかかっている時計を見上げながら言った。すでに4時を過ぎている。

「悠理が来ないんなら、もう帰ろっかな。」

そう言いながら、可憐は身支度を整え始めた。

「俺も納車のバイクを取りに行かなくちゃ。可憐、途中まで一緒に行こうぜ。」

「いいわよ。それじゃあね(な)。」

可憐と魅録は生徒会室を後にした。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、いったいどうしたのさ。」

美童が野梨子に声をかけた。

「可憐が悠理に用事があったのに、悠理が来ないので、」

「みんなで心配していたってわけですよ。」

幼なじみが言葉を継いだ。

「ふぅ〜ん、そっか。そう言えば、今日はお昼にもここに来なかったよね。何か用事があったんじゃないかな?」

と美童が言えば、

「今日は用事があるとは言ってなかったんですけどね。」

と繰り返す清四郎。

「ヤケにこだわるね。」

美童が清四郎にウィンクしながら言った。

「いえ、来なければ、僕らももう帰るつもりですよ。」

美童のウィンクには何の反応も示さず、清四郎は幼なじみを促した。

「じゃあ、僕も帰ろうっと。」

美童も帰り支度をして、3人で生徒会室を出た。

 

 

 

 

校門の辺りにさしかかり、

「さすがに11月の半ばになると寒いですわね。」

ぶるっと身震いする野梨子に、ふわっと美童がマフラーをかけてあげた。

「だ、大丈夫ですわよ。」

頬を赤らめた野梨子が、美童にマフラーを返そうとすると、

「僕はこの後、彼女が車で迎えにきてくれるんだ。だから、野梨子に貸すよ。」

この後のことでも考えているのか、美童は顔を緩めている。

「でも・・・」

迷っている野梨子に、清四郎が苦笑しながら助け舟を入れた。

「野梨子、借りてもいいんじゃないですか?あの様子だとドライブデートなんでしょう。」

「じゃあ、お言葉に甘えてお借りいたしますわね。」

微笑んで、野梨子は言った。

 

 

 

もう少しで家に着くという所で、清四郎が野梨子に言った。

「やっぱり、悠理のことが気にかかるんですよ。学校に来ていたのに、部室に一度も来なかったなんて。」

「まあ、私も同じことを考えていたのですわ。もう一度学校に戻ってみます?」

「いや、一度家に帰って、悠理の家に電話してみますよ。帰ってきていないようだったら、僕はもう一度学校に行ってみます。」

「そうですわね。おうちに帰っていることも考えられるわけですし。じゃあ、清四郎、お願いできまして?」

「何かあったら、野梨子にも連絡しますよ。」

二人は、挨拶を交わして家に入っていった。

 

 

 

家に入ると、すぐに清四郎は剣菱家に電話を入れた。

「・・・そうですか。いえ、明日でも構わないことですので。それでは、失礼いたします。」

電話を切った清四郎は、少し蒼ざめていた。

(悠理がまだ帰っていない?なぜ?)

急いで、コートを引っかけて、学校へと向かった。

 

 

人影のない学校は、職員室以外に明かりが点いている部屋もなく、真っ暗だった。

(こんな暗い場所に、悠理が一人で居るだろうか?)

走りながら、頭の中では、ありとあらゆる不測の事態を考えていた。

まずは、職員室に顔を出してみた。

「菊正宗君、何かあったのかい?」

「いえ、生徒会室に忘れ物をしてしまったので、一言断りを入れようと思いまして。」

職員室にはいなかった。

生徒会室にもいなかった。仮眠室にも入ってみたが、そこにもいなかった。

ふと、思いついて、中等部の校舎にも行ってみた。中等部も、もう人気がなく、

清四郎の足音だけが響いていた。

「悠理、悠理。いないんですか?」

しかし、返事は返ってこなかった。

 

 

 

中等部の校舎を出て、校門に向かいながら、清四郎は考えた。

(もう、警察に連絡した方がいいんですかね。)

 

その時!

「もう食べないのか?」

という悠理の声が聞こえてきた。

「悠理!」

清四郎は声が聞こえた方に走っていった。そこは、体育館へとつながる通路のさらに奥の方で、しゃがみこむ悠理の姿が見えた。

「悠理!どうしたんですか?!」

清四郎が勢い込んで言った。

しかし、悠理は一人でしゃべっていた。

「あっ、逃げるな。大丈夫だよ。」

そして、振り返って唇に指を当てた。

「シーッ。びっくりしちゃうだろ。」

状況が飲み込めない清四郎は、ゆっくり静かに近づいていった。すると、悠理の膝元には聖プレジデントの上着をかけた一匹の子犬がいた。

もう一度、小さい声で尋ねてみた。

「悠理、どうしたんですか?」

「3時間目の体育の後、こいつがここの通路にいたんだよ。かわいいから、お昼ご飯もここで一緒に食べて、6時間目が終わった後も、お弁当の残りを持って来てみたんだ。」

満面の笑みを浮かべて、悠理は答えた。しかし、途端に表情が曇った。

「でもさ・・・、家に連れて帰れないからさ・・・。」

「とにかく、悠理が見つかってよかった。お昼も放課後も部室に来ないから、みんなで心配していたんですよ。」

「そっか、ごめん。」

悠理は泣き顔になった。

「ああ、もう、泣かなくても大丈夫ですから。」

悠理の頭をくしゃっとなでると、髪の毛が雨に濡れたように冷たかった。それもそのはず、この季節に上着を子犬に貸してしまっているのだ。冷えるのも当然だろう。

「こんなに冷えて・・・。」

清四郎は自分のコートを悠理にかけ、思わず悠理の体をひきよせて抱きすくめてしまった。悠理の冷たい頬に、自分の頬を当てた。

(こんな状況ですし、いいですよね・・・。)

悠理はちょっと驚いた顔をしたが、おとなしく清四郎の腕の中に納まっていた。

もっとも、寒さからか照れからか耳たぶが真っ赤になっていたが。

(無事でいて本当によかった。)

清四郎は、心の中で思った。

「で、この子犬はどうするつもりですか?」

「どうしたいいかわからないんだよぅ。」

悠理はまた泣き顔になった。

「ほら、泣かなくても大丈夫ですよ。じゃあ、早速、飼い主募集の張り紙でも作りましょうか。」

清四郎が提案すると悠理がにっこり笑って、子犬に言った。

「オマエ、もう大丈夫だぞ。清四郎は何でも解決してくれるんだからな。」

「頼りにしてくれるのはありがたいんですけどね、もう二度とこんな心配をかけないでください。」

清四郎は言いながら、ギュッと悠理を抱きしめた。

 

 

 

 

 


 あとがき

 

 フロ様やシスターズの方々の作品を見て、

憧れていた自作小説(短編ですが。。。)にチャレンジしました。

これを機会にどうぞご懇意によろしくお願いします。m(_)m

 

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