ハロウィンの夜に

           by 千尋様 

 

 

 

十月から十一月へと、月日が移ろうとするその夜。

かぼちゃオバケに悪魔に精霊、魔女と黒猫にランタン片手の死者の霊と、それはそれは数多の魔物が出没し、あの世とこの世を行ったり来たりするのでございます。

 

そう。

今宵は、ハロウィン。

早速、彷徨うモノに化けたケモノたちに、パーティへの招待状を届けてもらう事にいたしましょう ――。

 

ハロウィンの夜、剣菱邸の中に数ある部屋の、とあるゲストルームの一室が、大きく開け放たれておりました。

オレンジと黒を基調にした装飾に彩られた邸内は、すっかりハロウィン仕様に模様替えされ、屋敷の至る場所に、葉のついたままの立派な西洋かぼちゃがいくつも置かれていました。

この家の主人自ら丹精込めて作ったそのかぼちゃは、すべてランタンへと変貌を遂げ、間接照明となって足元を照らしています。

ゲストルームの扉の前に置かれた木製のウェルカムボードの足元にも、他と同じようにかぼちゃが置いてありましたが、このかぼちゃは、目も口もない、中身の詰まった単なるかぼちゃでした。

 

屋敷の入口となる玄関ホールでは、黒い蝙蝠の羽をつけたタマと、半透明の妖精の羽をつけたフクが、互い違いに徘徊し、その奥にある大階段の踊り場では、黒いマントを羽織ったアケミとサユリが、羽を羽ばたかせては、首のオレンジのリボンを揺らしておりました。

 

そのパーティ会場となったゲストルームの扉をノックして室内へ入ってきたゲストは、美童が一番最初でした。

タイトなデザインの長袖のロングドレスを着こなし、ツバの広い三角帽子を斜めに被った彼の全身は、黒一色です。

ただ一箇所、彼の瞳と同じ色をした翡翠のブレスレットだけが左の手首に色を添えて、彼の魅力を一層意引き立てているのでした。

 

「Trick or Treat!」

「あ。美童! いらっしゃ …… って、オマエ。何だよそのカッコ」

 

ノックの音に気付いて振り返ったのは、本日のパーティのホストである悠理です。

彼女の前には大きなテーブルがあり、その上には、六個の空のシャンパングラスとシャンパン、そしてクリスタル製のキャンディボックスが置いてあります。

 

少し上目になって美童をみる悠理の頭には、大小のジャック・オ・ランタンが二つ並んだ、小ぶりのヘッドドレスがついていました。

首元に巻かれた黒いチョーカーにはランタンを模したペンダントヘッドがついていて、ランタンの中央には、丸い琥珀の塊が灯火のようにはめ込まれています。

そして、ふんわりとした白いワンピースを身に纏った彼女は、オバケの形をしたクッキーが入っている籐のバスケットを右手に持っていました。

 

「だって今日はハロウィンだし。ボクに似合うし、綺麗だし?」

別にいいでしょ、と美童が微笑みます。

「だからって、何も女装する必要はないだろ」

 

美童は少し身体を屈めて、悠理の顔を覗き込みました。

 

「悠理。女装じゃなくて仮装。か・そ・う。わかる?」

さらに首を少し傾けて美童が悠理の顔を見つめると、悠理は黙ったまま、美童の口に向って勢いよく一枚のクッキーを差し出しました。

「オマエのバアイ、どっちでも似たようなモンだろ。これやるからイタズラすんなよ、美童」

「…… ふぁい ……」

 

自分の口の中に飛び込んできたシナモンの香りのするオバケを噛み砕きながら、美童は小さく返事を返しました。

 

その様子を見て、悠理はさっさとテーブルの前へと戻っていきました。

それから、キャンディボックスの蓋を開けて中のモノを一掴み取り出し、適当に、テーブルの上に撒き散らし始めたのです。

 

オレンジのテーブルクロスの上に転がっていく、色とりどりのキャンディやチョコレートの小包装を眺めながら、美童は一歩足を踏み出しました。

 

「イタズラするな、って言った張本人がイタズラするんだ?」

「イタズラじゃない。飾りつけだ」

「ああ。なるほど。ちゃんと入れ物に入ってるより、こっちのほうがハロウィンらしいよね」

「だろ? みんながきたら、カボチャのデザートとかのほかの食いもんも出て来る予定なんだけど。今はまだ飴とチョコしかテーブルの上にないから、何かさびしくてさ」

「だったらいっそ、こうしてしまえば?」

テーブルの上のシャンパングラスを一つ手に取って、美童はそれが割れないように横に倒しました。

それから無造作に転がるグラスのふちに赤い包装のチョコレートをのせて、美童はまた一つ、グラスを手に取り、今度は横に倒さず、倒れたグラスの足の向こう側にグラスを伏せて置きます。

残った四つのグラスは、一所にまとめて無造作に横倒しにして置いて、美童は静かに微笑みました。

 

「悠理は、テーブルの上を賑やかにしたかったんだよね? だったらこれもアリかな、って」

「あり! 全然ありだよ。さんきゅ、美童」

「グラスは、シャンパンを開ける時に別のモノを持ってきてもらうといいよ。出来る事なら、

 

伏せたグラスにも何か色を入れたいところなんだけどね。青とか緑とか、そういう色のもの」

「…… そこの父ちゃんのカボチャから葉っぱとるか?」

「それは流石に大きすぎるだろ……」

 

美童は口に手を当てて苦笑しようとしました。

その時、手首のブレスレットが目に付いて、当初苦笑いだった美童の笑顔は、次の瞬間、少しだけ晴れやかになりました。

 

「美童?」

「悠理。グラス装飾に手頃なものがあったよ」

 

そう言って美童は、自分の手首からブレスレットを外すと、伏せたグラスの足にそれを絡めました。

 

「うん。これでよし!」

満足げに頷いている美童の隣で、悠理がゆっくりと口を開きます。

「よし。って、美童、いいの?」

「うん。いいよ。―― 悠理は気に入らない? これ」

 

悠理は大きく首を横に振りました。

「ううん! 気に入らないどころかすごくカワイイと思う! けど ……」

「けど?」

「美童はいいの? ブレスレット、ここに使っちゃって」

 

悠理の不安そうな瞳とは裏腹に、美童の瞳は穏やかな光を湛えています。

「ああ。そんなこと気にしてたんだ」

美童は小声を立てて笑いました。

「いいんだよ。そんなこと気にしなくても。たいしたことじゃないからさ」

「ホントにいいの?」

「ホントにいいよ。だから、悠理はありがたくボクからブレスレット借りとけばいいの。わかった?」

「うん。……ありがと」

「どういたしまして?」

 

二人はお互い顔を見合わせて、それから、声を立てて笑いました。

「二人ともとても楽しそうですね」

不意に背後から声を掛けられて、二人は同時に後ろを振り向きました。

 

声のした方を見ると、黒のタキシードスーツ姿の青年と、黒のシフォンドレス姿の少女が並んで部屋の入口の前に立っています。

 

「清四郎。野梨子。二人ともいらっしゃ〜い」

バスケットをテーブルの上に置いて、悠理がにこやかに笑いました。

その隣では美童が、二人に向って小さく手招きします。

 

「悠理。Trick or Treat」

悠理の前まで歩いてきて、野梨子が微笑みました。

猫の耳がついたカチューシャをつけ、後ろに長い尻尾をつけたドレスを着た野梨子は、さしずめ黒猫でしょうか。

黒くて小ぶりのハンドバッグの持ち手を両手で持って、少し首を傾げるように立っているその姿は、仔猫のようにも見えます。

首元のレースのリボンのチョーカーには、丸い血赤の珊瑚がついていて、さながら猫の首輪のようです。

 

悠理は野梨子の左手を取って、晴れやかに笑いました。

 

「はい。野梨子には飴あげる」

キャンディボックスの中から飴を一掴みして、悠理は野梨子の掌に置いていきました。

「まあ。こんなにくださいますの。ありがとうございます」

野梨子が再び、たおやかに微笑みます。

 

その時、しみじみと清四郎が呟きました。

 

「キャンディボックスの中の飴、ですか……」

 

一見ハロウィンにしてはとても地味、というより、何も仮装していないかのように見える服装でしたが、彼の背中には大きな黒い翼が、そしてお尻には先の尖った細い尻尾がついていました。

「清四郎。残念だけどそれ、ダイヤじゃなくて普通の飴だから。―― 安心していいぞ」

美童を見て、悠理が笑います。

「…… イヤなこと思い出させないでくれる?」

「無理ですわね。キャンディボックスの中に飴がある限り、一生言われ続けますわよ、美童」

「野梨子。何気に一番酷くない?」

「事実を申し上げただけの事ですわ」

そう言ってから、野梨子はにっこりと微笑みました。

 

「そういえば悠理。僕はまだ言ってませんでしたね。と言う事で、Trick or Trick」

破顔一笑して、清四郎が言いました。

「ん? 何か今微妙にセリフが違わなかったか?」

「気のせいですよ」

「そうかなあ ……。じゃあ、オマエにはこれやる」

今ひとつ納得がいかないような表情を浮かべながらも、悠理は清四郎の掌にコイン型のチョコレートを一つのせました。

「一つだけですか。―― まあ、いいでしょう」

 

一つ息を吐いて、清四郎は、彼の右手を悠理の肩にのせました。

「…… せいしろ? なに?」

ゆっくりと身体を折り曲げて、清四郎は悠理の首筋に軽く歯を立てます。

その瞬間、悠理の頬が赤く色付きました。

 

「何って、勿論悪戯ですが?」

自らの唇を悠理の白い肌に吸いつけ、軽い痕をつけた後、清四郎は再び微笑みました。

「言ったでしょう? トリック・オア・トリックって。―― 選択肢は悪戯のみです」

「なっ……。引っかけやがったなぁ! 清四郎!!」

「こんな単純な手に引っ掛かる方が間抜けなんです」

 

彼の顔をめがけて飛んでくる悠理の拳を交わして、清四郎は優雅に室内を出て行きました。

それを追いかけていく悠理の表情は真っ赤に染まっております。

「―― またくだらないことを思い付いて。あの男」

ミントグリーンのセロハン紙の縒りを解きながら、野梨子が静かに口を開きました。

「アレは、悠理だから通用する手口だね。相変わらずセコイ手使うなぁ……。清四郎」

呆れた様子を隠そうともせず、美童が言いました。

「莫迦なんですわよ、結局清四郎も。―― そんなことより、美童」

四角いセロハン紙を手に持ったまま、野梨子は美童を見上げました。

彼女の科白の続きを促すかのように、美童は何も言わず視線を下げ、少しだけ首を傾けます。

 

「貴方が私にこの衣装を薦めた理由がようやく解りましたわ。私は貴方の使い魔ですの? 魔女さん」

「まさか。ボクはただ単に、野梨子と対になる仮装がしたかっただけだよ」

ゆったりと美童が微笑みました。

「それは解りましたけど、何故よりによって魔女と黒猫ですの? 対になる仮装なんて、他にいくらでも……」

 

野梨子の科白を遮るように、美童は、自分の人差し指を彼女の唇にあてました。

「うん。たくさんあるよね。でもね、野梨子。ボクは、ボクがキミに一番似合うだろうと思ったハロウィンの衣装を、まず最初に選んだんだよ」

 

だから、順番は黒猫が先で魔女が後なんだ、と、美童は野梨子に向って笑いかけました。

 

「美童。貴方、私を丸め込むおつもりですわね?」

「もちろん。―― ダメかな? こんな理由じゃやっぱり」

野梨子の表情を窺うように、美童は彼女の顔を見つめます。

「そうですわね。少し無理がありますわね」

 

でも、もうどうでもいいですわ、と、野梨子が声を立てて笑いました。

 

どこかで物が倒れる大きな音がして、二人は顔を見合わせました。

「なんか、まだ続いてるみたいだね。追いかけっこ」

「そろそろ、二人を止めに向います?」

「厭きたらそのうち戻ってくるさ。そろそろ可憐と魅録も来るだろうし、それまで放っておけばいいさ」

「そうですわね。…… それにしても遅くありません? 魅録と可憐のお二人」

「確かに少し遅れてるよねぇ、二人とも。―― 一体どうしたんだろ?」

 

その頃、魅録クンと可憐さんのお二人は、剣菱邸の玄関ホールの真ん中で、足止めをくらっておりました。

 

濃いグレーのローブを纏い、頭にフードを被った魅録は、大階段の下に座り込んでいます。

彼の膝の上では、フクが気持ちよさそうに香箱を組んで眠り、そして彼の足元では、タマが白いデス・マスクにちょっかいを出して遊んでおります。

顔の右半分だけしかないそのマスクは、タマが手を出すたびに顔の角度を変え、ランタンの間接照明を跳ね返しては、不気味に光って笑っておりました。

 

そして魅録の隣には、黒に限りなく近い紫のタイトドレスに身を包んだ可憐が立っておりました。

オニキスとガーネットで作られたピアスに、シルバーのネックレスを身につけた可憐は、背中に大きな襟のついている、裏布が緋色の黒いマントを羽織っておりました。

 

「…… 可憐」

「何よ?」

「お前、先に行って悠理呼んで来てくれないか。こいつらどうにかしてもらわないと、俺動けないし」

「もう。ホントにしょうがない男ね。―― 今呼んで来るから、そこでそうやって二匹と戯れてなさい」

 

そうして、生き物を愛する心優しい死神に助けを求められ、人を放って置けない姉御肌のヴァンパイアは、かぼちゃランタンに照らされながら、屋敷の奥へと消えて行きました。

 

パーティのホストである彷徨える魂が、ゲストの悪魔を追いかけ、邸内を彷徨っている事も知らずに ――

 

 

 

― Happy Halloween ?―

      

 

 

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 sozai:Pear box様