BY ルーン様
清四郎は、憂鬱だった。
何しろ、ずっと見られている気がするのだ。
人々の視線には慣れている。 羨望、嫉妬、期待。その他いろいろ交じり合ったものには、いつも遭遇してきた。 それが、むしろ快感でさえ、あった。
聖プレジデント学園高等学部の、生徒会長。 1年生だが、すでに学園内のすべてを牛耳っている。
すべての生徒からは、憧れの視線を。 すべての教師からは、期待と、一部、恐怖の視線を。
何しろ情報通であるから、恐喝まがいのことなどお手のもの。 それは「楽しい学園生活のための必要悪」なのだった。
それが一体いつ、狂ってしまったのだろう?
耐えられない視線というものに初めて遭遇した清四郎は、ひどく狼狽していた。 端正な顔を崩し、額にはタテ線を下ろし、脂汗を滲ませている。
あの、元南中の番長。
トイレにまで付いて来て、清四郎ハーン、と叫ばれるのには、いいかげんもう、うんざりだ。
もちろん、最初は蹴り倒した。 だが、蹴り倒しても蹴り倒してもむっくり起き上がって、こちらに向かって来る。
頬を染めて(まあ、顔を蹴るから腫上がって赤いというのもあるのだが)、背後には薔薇を背負って。 「清四郎ハン、わしはどこまででも付いて行きまっせーっ!!!」 と叫ぶ。 それも、30センチと離れていないところに顔を近づけて、唾を飛ばしながらそう叫ぶのだから、たまったものではない。
本当に冗談じゃない、と清四郎は思う。
ヤツは本当に人間なのか。 あの地球外生物め。 と、心の中で毒吐いた。
菊正宗清四郎、16歳。 青春は、まだまだまだまだまだまだ始まったばかりだ。
この自分には輝かしい未来が、待っているのだから。 そう、これは何かの、間違いである筈だ。
キーンコーンカーンコーン。
終業のベルが鳴る。
昼時だ。 清四郎は、学食に向かって歩いていた。 この、恐怖の時間。
授業中は、まだいい。 例の番長とは、幸いにもクラスが別だから。 これが同じクラスだったら・・・と思わず考えて、寒気が走った。思い直すように、頭をぷるぷると振る。
休憩時間や放課後が、たまらない恐怖なのだ。 昨日は、件の番長が、弁当持参で生徒会室のドアを叩き続けていたものだから、今日は学食に行くことにする。
そのころ生徒会室では、メンバーが揃っていた。
「あれ?清四郎は?」 両手に、自分を崇拝する女子生徒達からの弁当を5つ抱え、悠理が言った。
「そう言や、見てねえな」 魅録が、食べる箸を止め、辺りを見渡して言う。
「どうしたのかしら?」 お茶を注ぐ手を止め、可憐が顔を上げた。
「終業のベルと同時に、学食の方に歩いて行くのを見ましたけれど…」 野梨子が、可憐お手製のきゃらぶきを器に盛っている。
「昨日は例の番長がここのドア、叩き続けてたからなぁ。今日は学食行くんじゃない?」 心底気の毒そうに、美童が言う。
「清四郎、最近元気がないよなぁ」 と、悠理。弁当をほおばっている。
「そりゃそうだよぉ…あんなバケモノみたいなのに付きまとわれて…想像しただけで食欲落ちるよ」 美童は、手を口に当てている。
「食欲落ちるって…言い過ぎだろ」 魅録が苦笑する。
「まぁ、どっちにしろ、あの番長のせいで神経すり減らしてるのは確かな訳だし…気ぃ遣ってあげましょ!」 と、可憐。
「よっし!じゃああたい、これ食べたら学食行って清四郎の様子見てきてやるじょ」 早くも2つ目の弁当を平らげ、3つ目に手を伸ばす、悠理。
「悠理の場合、清四郎に気を遣っているのではなくて、学食に気になるメニューでもあるのでしょ?」 鋭い所を突く、野梨子。
「まあとりあえず…俺らもなるべく一緒に居てやるようにしようぜ。いくら清四郎が強いったって、無理やり押し倒されでもしたら…」 言いながら想像をして、気分が悪くなったのか、語尾が段々と弱くなる魅録。
美童は、清四郎の制服を嬉々として剥ぎ取る番長を想像し、サンドイッチのバスケットを前に、今日、昼いらない…と呟いた。
がんがんがん。 頭が痛い。 清四郎は無言だった。 最近、幻聴が起こるのだ。 どこを見てもあの番長はいないのに、…ハーン、清四郎ハーンと。 カレースプーンを持ったまま、カレーの中のじゃがいもやらにんじんやらを眺める。
「清四郎ハン…」
背後で声がしたので、勢いよく振り返った。慌てて構えの姿勢を取る。
と、同時に、熱いものがばらばらと降ってきて、一瞬何が起きたのか分からなかった。
顔を上げると、怒った顔の悠理。
「半分チャーハン食べるかって聞こうとしたのに、いきなり振りかえんなよ!!全部ひっくり返っちゃったじゃんか!!」
――――嗚呼…。清四郎、半分チャーハン食べるか、だったのか…。 清四郎は、河童のように頭に白い皿を載せ、チャーハンを被ったまま、頭を抱えた。
5時間目の終業ベルが鳴った。 清四郎は、使った教科書やらノートやらを整えていた。 5分休憩の間に、クラスの違う番長が来ることはないだろうとタカを括っていると、声がした。
「清四郎ハン…」
がたーん。
びっくりしすぎて、椅子ごとひっくり返ってしまう。 自分の両足が見え、あ、と思った時には、世界が反転していた。 後頭部をしたたかに打ち、霞みゆく天井をぼんやりと眺めて思う。
――――もう、駄目だ。何たる不覚。聖プレジデント始まって以来の秀才、文武両道と謳われたこの僕が、男に好きなようにされるなんて…。
頭の痛みと、口惜しさに涙を浮かべていると、心配そうに自分を覗き込んでいる、美童が見えた。
「清四郎…大丈夫?反語の例文作るの、放課後手伝って欲しかったんだけど…」
――――嗚呼!!清四郎、反語の例文…だったのか。 清四郎はひっくり返ったまま、起き上がるのも忘れて、涙をどうどうと流した。
放課後、生徒会室。
清四郎は、香ばしい玄米茶の入った湯のみを片手に、美童に国語を教えていた。 清四郎の後ろでは、可憐と野梨子が、1冊のファッション雑誌を見ている。 魅録と悠理は、ギターで曲を作っている。
「清四郎ハン…」
今度こそっ? 清四郎は、手にしていた湯のみを手で握り壊した。
ぐし、と音がし、美童のノートに玄米茶の海ができる。
「ぎゃっ、何するんだよぉ、清四郎」 美童は半泣きだ。
清四郎は、すごい形相で声のした方を向いた。 可憐と野梨子が抱き合って清四郎を見ている。
「な、なな、何よ。清四郎半ズボン似合わなさそうだわね、って話してただけじゃない!!」
――――嗚呼!!なんてこと。清四郎半ズボン…清四郎半ズボン…。
清四郎の頭の中に、いつまでもそのフレーズがこだましていた。
るーるる、るるるるーるる。
――――徹@の部屋のテーマソングが歌いたくなってきた。なんだか、悲しい。涙が出ちゃう。
「清四郎ハン…」
またかっ!? しかし、振り向く気力もない。
「…眼になったまま、涙流してるぞ」
魅録の、心配そうな声が聞こえる。
――――半眼ね、ああ。瞑想の時、やるよね。僕は別に瞑想なんかしてないけどね。瞑想なんて今する必要も、ないしね。…半眼。仏陀は物事深く考えるために、半眼にしたんだってね。あはは、どうでもいいけどね。清四郎半眼か。こりゃいいや。
「せ、清四郎、もう帰りましょう。わたくし、今日はお稽古の日だったのを、すっかり忘れておりましたわ」
清四郎の異変に気付き、野梨子が慌てて言う。
「え?あ、ああ・・・」
野梨子の声で、ようやく我に返った清四郎が返事をした。
「じゃあ、帰りますか」 清四郎が自分の鞄に手を伸ばした途端、遠くの方から、声がした。
ハーン、清四郎ハーン、と。
清四郎を除く、室内のメンバー全員の表情が曇る。 しかし清四郎は、落ち着いていた。
――――次は何だ?もう騙されない(いや、別に誰も騙していないのだが)ぞ。 半分チャーハン?反語の例文?半ズボンか半眼かっ?
清四郎は、顔に余裕の笑みを浮かべ、生徒会室のドアを開けた。
「あっ清四郎…っ」
皆が息を呑んだと同時に、室内に大きな物体が飛び込んでくる。 それは息を切らした、番長だった。
「どこ行ってましたんや!!探したんでっせ!わいは清四郎ハンを、愛してますのや!!」
構えもせず突っ立っていた為、番長に、ぎゅうと抱きすくめられてしまった、清四郎。
「○×△?□☆#$ж%!?」
「きゃ!!清四郎が泡を吹いてますわ!」 野梨子が叫ぶ。 「うわ、白目むいてる…」 と、美童。 「ちょっと…大丈夫なの?」 可憐が言う。
「このやろーっ、清四郎を離せよっ!!」
悠理が、番長の背中にとび蹴りを食らわせながら、持っていたギターで頭を殴った。
だぁん、と音を立て、うつ伏せに倒れる番長。 それはいいのだが、番長に抱きしめられていた清四郎も、仰向けに倒れてしまった。
「きゃ!ちょっと悠理、清四郎まで一緒に倒れちゃったじゃないの!ちょっとは物事考えなさいよね!」
清四郎は、途切れ行く意識の中、そう叫ぶ可憐の声を聞いていた。
番長が、かすかに動いた。
ぶっちゅうぅぅぅ。
「ちょ、ちょっと、何の音?」 可憐が、怖々言う。
「あ、わらべ歌でそんなんあったよなぁ。懐かしーい」 と、悠理。 「あーぶくたった、にえたった♪とんとんとん、なんの音?ってな。お前、食いもん系の記憶力だけはいいよな」 魅録と悠理が、あはははは、と乾いた笑い声を立てる。
「ちょっと!!怖いのは分かるけど、二人して現実逃避しないでよ!」 怒る可憐。 「だって、怖いんだもん!」 涙を浮かべて悠理が叫ぶ。
「と、とにかく確認をしませんと…」 えい、と野梨子が足で番長を仰向けに転がした。
番長の顔は、それは幸せそうなものだった。
清四郎が目を覚ますと、仮眠室のベットにいた。
周囲には、心配そうな顔で自分を覗き込む、5人がいる。
「ごめんなぁ、清四郎。元はといえばあたいのせいだよな。あたいを助けるために、お前があいつを蹴り倒して…」 しょぼんと、うなだれている悠理が言う。謝ることは、もうひとつある筈だが。
「いや、そんなことないですよ。自分でなんとかしますから、落ち込まないで下さい」 あまりにしょぼくれているのを見て、清四郎は悠理の頭を撫でた。
清四郎の記憶が、どうやら倒れたところまでであることに、一同胸を撫で下ろす。
「清四郎、俺のバイクで送ってやろうか?」 魅録が言う。 「いや、あたいんちの車で送るよ。あたいにも責任あるし」 悠理が言う。 「そうですか…じゃあ、魅録が野梨子を送ってください。僕は悠理の車に乗せてもらいますから」 別に清四郎としては送ってもらってももらわなくてもどっちでも良かったのだが、責任を感じている悠理の事が、なんだか可哀想になってしまったようである。
「おう。じゃ、帰るか」
窓の外は、すっかり暗くなっている。 のびている番長を踏み越えて、室外に出た。6人で踏んでいるのに、彼の表情は変わらず幸せそうだった。
「あ、一番星」 子供のように手を空に伸ばし、悠理が言う。
平穏で楽しい、学園生活のために。 麻酔薬を仕込んだ吹き矢を、今夜中に作ろう、と清四郎は思った。
そして。 この後、悠理がつい口を滑らして、番長の接吻について知ることになった清四郎。 仕込んだのは、当初の予定通り、麻酔薬だったのかどうか。 その次の日以後、番長を見た者はいないという。
終わりぃっ
某所で、麗さまの「南中番長のストーカー」発言に、妄想を回されて出来上がりましたのが、これでございます(なんかこんなのばっかりですね、私)。麗さま、素敵なネタフリありがとうございます!
皆様、新年早々下らなくってすみません。
でも、バカ話が大好き、というあなたに贈ります。
こんな話をアップして下さったフロさま、そして最後まで読んで下さった方、ありがとうございました〜!! |
背景:壁紙見本の部屋様