BY ルーン様
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ホテルのバーで、美童は一人飲んでいた。 今日デートするはずだった相手に、ドタキャンされてしまったのだ。
つまんないなぁ、と呟いていると、隣の女が近寄ってきた。 美しい、あとくされなさそうな大人の女。
――――ちょうど暇だし、いいか。
その女と、取っておいた部屋へ行き、一夜を過ごした。 またね、とは言ってホテルの前で別れたものの、もう二度と会うこともないだろう。
――――ああ、僕って罪な男だなぁ。
髪の毛をかきあげる。その仕草が、十分に女の視線を惹きつけると分かった上での行動だ。 そして歩き始めた、と、その時。
目の前にあった電信柱が、ぬぅ、と動いた。
そして、美童の前に立ち塞がったのだ。
???? 電信柱にしては太くて短いな、と思っていると、その電信柱は口を利いた。
「美童さま!オラを裏切ってどこ行ってただ!!言えるものなら言ってみるだ!」
そう言って電信柱…もとい、瑠璃子は美童にしがみついて、おんおん泣いた。 泣く、というより、ゴジラの遠吠え(?)のようだった。
「ぎゃ!る、瑠璃子ちゃん!?」
驚きのあまり、シェー、のポーズになる美童。 さっき格好をつけていたのも忘れて。 しかし、本当の恐怖は、これからだったのだ。
――――この、電信柱のような女から、立ち上ってくる匂い…いや、臭いはなんだろう?
彼自身、たくさんの香水をコレクションしているし、女たちに贈ることから、香水に関する知識は深い。
しかしこれは…と美童は思う。 知らない香水、とか、そういう次元の話ではない。
なにしろ臭い!! 例えて言うなら、地獄の汁のような臭いがする。 地獄の汁を嗅いだことはないが、きっとこんな臭いだろう、と美童は思った。
そして、髪の毛。 いや、髪の毛…らしきもの。 頭からぶら下がっている物は、一体…。 美童、未知との遭遇である。 海草のような、一番近いのは…ワカメ!?
「ひ、ひひ、久しぶり。瑠璃子ちゃん。変わったウィッグだね?」
どもってしまったが、一応、声は出せた。 出来れば、この場から今すぐ逃げ出したかったのだが。 立ったまま腰が抜けたような状態になり、走ることはおろか、歩くことも困難なのだ。
それに、と美童は思う。 ある意味、目の前の女から目が離せない。 頭から海草のような物を何本もぶら下げ、(おしゃれのつもりなのか)振袖を着て、ゴジラの遠吠えのような声で泣く女。
「ひどいだよ。美童さま、オラという許嫁がいながら…」 ウィッグの話は、さらりと無視された美童。
――――許嫁って…。
くらり、と眩暈がした。 しかしここで倒れる訳にはいかない。
「でも、いいだ。3年目の浮気ぐらい、瑠璃子大目に見るだよ」
――――ああそう。良かったよ、大目に見て貰えて…って、ちょーっと待てぇい!!
「る、瑠璃子ちゃぁぁん。僕が瑠璃子ちゃんという人(鬼)がこの世に存在しているって知ってから、まだ3ヶ月位しか経ってないと思うんだけどなぁぁ」 僕ら知り合ってから、という言葉だけは使いたくない、と美童は思った。 頬っぺたが、痙攣を起こす。
――――嗚呼、僕の美しい顔。可哀想に…僕。何故こんな目に?
「そんなことはどうでもいいだよ。ああ、瑠璃子の王子サマ。こんなに顔引き攣らして…でもいいだ、瑠璃子もう、怒ってないだよ」
目に星を飛ばし、瑠璃子は美童の顔に触れる。 …げに恐ろしきは、恋する乙女の大暴走。
「今日は瑠璃子、美童さまにプレゼントがあるだよ」
瑠璃子はそう言って、手に持っていた風呂敷を解いた。
――――てか、今時風呂敷包み!?…いやいやいや、もう止そう。突っ込み所が満載過ぎて、突っ込み死にしちゃうかもしれない、僕。
「ほら、これだよ!」 そう言って瑠璃子は、鉄製ベルトのようなものを取り出した。 美童が風呂敷に気を取られ、ワンテンポ遅れている隙に、瑠璃子はそのベルトを美童の胴体に巻きつけてしまった。 美童が我に返ったときには、かちり、と鍵を閉める音がしていた。 そして、そのベルトには…
「ぎゃあぁ!なんだよ、このベルト!しかもこのエメラルドって…」
「冨水文のエメラルドだよ」 にい、と誇らしげに瑠璃子は笑った。
「なんでこんなところにあるんだよぉ、文さんの墓に埋めた筈じゃ…」 涙声の美童。
「これは瑠璃子のもんだよ。墓を掘り返してきただ。そのせいで、一度井戸に引きずり込まれただよ」 ちっ、と舌打ちする、瑠璃子。
――――なぁんだ、やっぱりね。瑠璃子ちゃん、ワカメかと僕が思ったのは、もしかして苔かい?地獄の汁かと思ったのは、腐った水と腐った文さんが合わさったものなんだね?そーか、一度井戸に引きずり込まれちゃったか、あははははは…。
美童は、そのまま失神しそうになった。 が、ここで失神する訳にはいかない。 仰け反ってしまった身体をえいや、と起こす。 「瑠璃子ちゃんっ!そんな大事なものこんなところに嵌めて置く訳にいかないだろぉぉ。早く外してっ!!」
急に瑠璃子は、顔を赤らめ、もじもじとした。 「いつでもこれ見て、瑠璃子を思い出して欲しいだ。だから、外せないだよ」 それだけ言うと、きゃ、言ってしまっただ、と言いながら、スキップで去って行ってしまった。 後には、異様にでかいエメラルドを腰に嵌め、立ったまま白目を剥いて失神している美童だけが残された。
翌朝、生徒会室にて。
「で、これがそのエメラルドですか」 清四郎は興味深げに、件のエメラルドを覗きこんだ。 「瑠璃子さんは、幽霊の文さんに勝ったんですわね」 お茶を啜りながら、野梨子が言う。 「うわぁぁぁ、美童、こっち寄んなよ!なんかそれ見ると気分悪ぃんだ!!」 生徒会室の隅で、首を振りながら悠理が叫ぶ。 「悠理の態度で、そのエメラルドが本物だって証明されたようなもんだな」 と、魅録。 「こんな見事なエメラルド、あたしだって2つと見たことないわよ」 と、スコーンにジャムを塗りながら可憐が言う。 美童の顔には陰影ができ、黒目が若干、左右外に向いている。 「清四郎…どうにかして」 昨夜は一晩中、うなされたのだと言う。
「美童の今の顔、美術の教科書で見たことあるような気がする…」 ぼそ、と悠理が言った。 「お前が教科書の内容覚えてるなんて、珍しいな…そういや俺もどっかで…あ、ああ!」 ぽん、と手を打つ魅録。 「なんだっけ?あの絵のタイトル!」 悠理は自分のこめかみを、ぐりぐりと揉んだ。
「分かった!‘麗子像’だ!」 顔を見合わせ、うはははは、と笑う悠理と魅録。
「ちょっと!美童が可哀想でしょ!?」 と、可憐が怒った。 「可憐、顔が笑ってますわよ」 と、野梨子。野梨子自身も、肩を震わせている。 「…合鍵を作れないこともないですが…一番手っ取り早いのは、瑠璃子さんを捕まえることでしょうな」 清四郎は笑っていないし、肩も震わせていない。やはり、自分の恐怖体験が重なって、美童のことが気の毒なのだ。だが、清四郎の鼻の穴がいつもより膨らんで見えるのは気のせいか?
「清四郎!あれ使えば?あの、南中の番長に使った吹き矢!!」 悠理がパン、と両手を叩く。 清四郎は悠理の言葉に、右頬を引き攣らせた。 「南中の番長?知りませんねぇ。吹き矢って、なんの話です?」 清四郎にとってそれは、永久に葬り去りたい過去なのだ。 「ええっ?お前もう忘れたのかよ!ホラ、無理やり抱きしめられてキ…」 すんでの所で、魅録が悠理の口を押さえ込んだ。 「うん、清四郎、番長なんて知らんよな!俺も知らねぇ!」 「あ、あたしも」 「私も知りませんわ」 3人は引き攣り笑いを浮かべ、あはは、おほほと笑った。
「まあ、番長なんて僕は知りませんが、吹き矢というのは良いかも知れません」 清四郎はそう言いながら立ち上がると、私物を置いている棚がある、部屋の奥へと引っ込んだ。 それから手に、吹き矢を持って現れた。 「ああ!ちょうど良いところに吹き矢が落ちていましたよ!それに麻酔薬も!タイミングがいいですねぇ」 「素晴らしいタイミングですわね、清四郎」 幼馴染み思いの野梨子が言う。 ようやく魅録に口を解放された悠理は、わざとらしいじょ、と小さく呟いた。
吹き矢に麻酔薬を仕込み、準備万端となった。 「さてと。あとはどうやって瑠璃子さんを呼び出すかですね」 腕組みをして、清四郎が言う。 「美童、瑠璃子さんの携帯番号知らないの?」 と、可憐。 「知らない…携帯持ってるのかすら知らないよ」 美童はため息をつく。 「焦らなくても大丈夫じゃねぇの?放火魔なんかはさ、自分が火つけたところにまた戻ってくるんだよな。他人の反応見たさに。だから瑠璃子さんも一緒でさ、エメラルド付けた後のお前の反応見たさに、絶対戻ってくるって」 魅録は、美童の肩を叩いた。 放火魔と瑠璃子を、同列に置く魅録。何気に結構酷い。
「あ!あれ、瑠璃子さんじゃありません?」 野梨子が窓の外を指差し、言った。 瑠璃子は、きょろきょろしながら学校の中に入ってくる。
「美童!笑顔で窓から手ぇ振ってやれよ。さっさとベルトの鍵手に入れて、エメラルドどっかへやってくれ!文さんが、この部屋に来てるよ!!」 青ざめた悠理が言う。悪寒がするのだ。 「ぼ、僕、なんだか寒気が…」 美童も、がくがく震えだした。そのまま、倒れてしまう。 「「「「「美童!!」」」」」 「ちょっと、清四郎、早くこれ取ってあげないと…」 可憐が、焦った声を出した。 ウム、と考え込む清四郎。 そうだ、と叫ぶと、自分のロッカーからはんてんを持って来た。 「二人羽織作戦です」
「「「「二人羽織!?」」」」」
清四郎は自信たっぷりに頷くと、はんてんを着込み、倒れている美童を起こして、窓枠に凭れ掛けさせた。そして、後ろから覆いかぶさる。
「瑠璃子さ…ちゃーん!おはようござ、おはよう!!今日もいい天気ですね」 清四郎が、美童の手を後ろから持ち上げ、振っているように見せかけた。 そう。美童が倒れてしまっては、瑠璃子から鍵を取ることもできない。清四郎の、苦肉の策であった。 瑠璃子が気付いて、上を見上げる。 「美童サマ!!」 朝から、しかも学校で、はんてんを着込んでいる王子美童。 それでいいのか、という気もするが、瑠璃子には許容範囲であったようだ。 「僕は生徒会室にいますよ!早く登って来て下さい」
「なぁ、あれ、美童の喋り方じゃねぇよな」 と、魅録。 「しょうがないわよ。清四郎もいっぱいいっぱいなんじゃない?」 と、可憐。 しかし気が付かない様子の、瑠璃子。 「今行くだ!待ってるだよ!!」 ずどどどどどど、と砂埃を立て、走ってくる。
「早く!美童を椅子に座らせるの、手伝って下さい」 「お、おう」 清四郎と魅録と悠理で、美童を椅子に座らせる。 「瑠璃子さん、騙されてくれますかしら」 心配そうに、野梨子が言う。 「僕がテーブルの下で吹き矢を吹きますから、誰か、美童の後ろで二人羽織して下さい」 と、清四郎。 「悠理、お前やれよ」 と、魅録。 「なんでっ!?やだよ」 「俺はドアの陰に隠れて、万一吹き矢が失敗した時に、取り押さえる役やるからよ。可憐と野梨子は、もし美童の身体が倒れかかったとき、押さえられないだろ」 「あ、そうよね」 可憐と野梨子は、つつつー、と横に逃げた。 「〜〜〜っ!分かったよ」 しぶしぶ、悠理が言った。
「美童サマ、オラのエメラルド、付けててくれてるだか?」 はぁはぁ、と息を切らせて瑠璃子が現れた。
「ったりめえだろ!取ろうとしたって取れるもんじゃ…あ痛っ!清四郎、なにすんだよ、痛ぇじゃ…え?だ、大事につけてますよ?」 「そうだか…それは良かっただ。でも、なんか美童サマ、いつもと様子が違うだ…」 いやいや、様子が違うどころの騒ぎではないだろう。 「そんなことねぇ…い、いや、ないよ。それより、もっとこちらに来て、顔をよく見せておくれ。僕のプリンセス」 明らかに棒読みである。テーブルの下の清四郎が、紙に書いて読ませているようだ。 にこやかにテーブルの席に着いていた野梨子と可憐は、凍りついた。ぷぷぷぷぷ、と鳥肌が立つ。それはドアの陰にいる、魅録も同じだ。
「美童サマッ!オラ嬉しいだっ」 瑠璃子は、テーブルを飛び越え、美童に抱きついた。
「うわっ」 「ぎゃ!」 後ろにいた悠理は、素晴らしい反射神経で、後ろに飛びすさる。 テーブルの下の清四郎も、かさかさとごきぶりのような素早さで這い出した。 意識を失っている美童は、椅子から落ちた。 瑠璃子は、美童に覆いかぶさり…そして。
ぶっちゅうぅぅぅ。
お約束。 美童の唇は奪われてしまった。 「せ、清四郎、今のうちに」 と、可憐。 清四郎が瑠璃子の背後に回りこみ、吹き矢を吹いた。
見事、命中。 瑠璃子はばったりと倒れる。
「分かりきってますけど、確認を」 えい、と野梨子が足で瑠璃子を仰向けに転がした。
瑠璃子は、この上なく幸せそうな顔をしていた。
「まぁ、今回は女が相手だから。清四郎の時みたいな悲愴感はないよな」 ははは、と魅録が笑う。 「僕みたいな時ってなんです?おかしなことを言いますねぇ、魅録」 清四郎も、余裕で笑い返す。だが、魅録の足を黙って踏んでいる。 「清四郎って、陰険よね」 小さく可憐が呟くと、野梨子も黙って頷いた。
「ええと…鍵は、と」 悠理が瑠璃子のポケットを探ると、それらしきものがあった。 美童のベルトを外す。
「さて。今日すぐにでも、これを文さんのお墓に戻さないと。今から行きますか」 清四郎が言うと、他の4人は賛成、と手を上げた。 そう言った途端、美童の意識も戻る。 「あ、あれ?」 「あ、美童。目覚めたの?」 と、可憐。 「ねぇ…僕、気絶してる間に何かされた?」 気分が悪そうに、美童が言う。 「どうしてですの?」 「口の中…地獄の汁みたいな味がするんだけど…」
――――地獄の汁!?
清四郎は十字を切り、悠理は御幣を振り、可憐はホーマを焚き、魅録はモスクに向かって祈り、野梨子は経を唱えた。
「美童、これあげますから。身の危険を感じたらいつでも吹くんですよ」 清四郎は、美童に吹き矢を渡した。それと共に、小さなアンプルも。 それは麻酔薬だったのかどうか。 その日以後、瑠璃子の姿を見た者は、いないという。
お、終わり…
美童ファンの方、すいません!怒らないで下さい。
あきさまとトモエさまに優しく背中を押され、またもや書いてしまいました…。あきさま、トモエさま、ありがとうございます。
こんなものを快くアップして下さるフロさまにも、大感謝です!
最後に、バカ話第二弾を懲りずに読んで下さった方、本当にありがとうございました〜!! |
背景:壁紙見本の部屋様