BY お馬鹿シスターズ
聖夜である。 待ちに待ったクリスマス・イブ。 悠理と付き合いだして初めてのクリスマス。 しかし清四郎はこの日の朝、妙に清い気持ちで目覚めた。 朝の鍛錬のために庭に出る。 冬の朝の、身の引き締まるような寒さが彼の精神を冴えさせる。 心地よい汗を流し、熱いシャワーを浴びる。 ぱりっとアイロンのかかったシャツに袖を通し、ボタンを留める。 彼はまるで戦場に向かう前の武士のように、静かに凪いだ気分を味わっていた。 朝食の後、いつものように悠理にモーニングコールを入れ、昼過ぎに迎えに行くことを伝えた時も、彼の心は浮き立つどころか非常に穏やかな気持ちであった。 「フム。今日は悠理とのディナー&お楽しみの日だというのに、この落ち着き。やはり日ごろの精神修行の賜物ですかね」 清四郎はご満悦である。 ……何のことはない、涸れているのだ。 ここ数日、悠理と二人っきりのクリスマスの為の打ち合わせ中、ケーキやらキャンドルやらカクテルシュリンプやらに欲情し、散々に悠理を責め立てたのである。 いかに精力絶倫な彼とて、多少涸れてしまうのは無理からぬことだ。 そんなことにも気付かないまま、彼は非常によい気分で悠理を迎えに、剣菱邸へと向かった。 「おっはよ〜、清四郎っ!」 悠理の部屋のドアを開けるや否や、悠理が飛びついてきた。 「こらこら。もう”こんにちは”ですよ」 首筋に絡むしなやかな腕を解きながら、清四郎は恋人の様子を眺めた。 今日の悠理は、シャンパンイエローのふわふわモヘアのノースリーブニット(ハンドウォーマー付き)に、白いラム革のショートパンツ。 真冬だと言うのに、惜しげもなく露出させた長い足が魅力的である。 ―――かわいい。 お洒落をした恋人の姿に、清四郎は微笑を禁じえない。 ちなみに、今日の清四郎はオフホワイトのタートルにこげ茶のコーデュロイパンツ。コートはベージュのダッフルである。 昼間は、悠理に付き合って遊ぶ為にカジュアルで。 夜は二人でドレスアップすることにしているので、スーツは既にホテルに届けさせてあった。 「では、参りましょうか?お嬢様」 恭しく差し出された手を悠理が取り、二人は楽しい今日を過ごす為に出かけた。 ***** 午後6時、剣菱系列ホテルのエグゼクティブスィート。 その部屋の広いバスルームで、悠理は一人、何となくもやもやとした気分でシャワーを浴びていた。 昼過ぎにここへ着くと、二人で部屋のクリスマスツリーを飾り付け、その後は悠理の希望でスカッシュの3番勝負で軽く汗を流した。 ホテルの喫茶室でアフタヌーンティーを楽しみ、ホテルのプールでタイムを競った。 楽しい時間だった。悠理は全敗だったが、いつものことなのでさほど悔しいとも思わない。 何より、自分を軽く負かしてしまう清四郎が好きなのだから。 それにしても――― 悠理は、今ひとつすっきりしない気分にいらだっていた。 何かが違う、何かが足りないような気がする。 今日一日の清四郎の態度を一つ一つ、足りない頭で思い浮かべ、悠理はいつもと何が違うのかを考えてみた。 ―――わからない。 ドーブツ的な彼女の感覚が、何かが違うと告げてはいても、ドーブツ並の彼女の頭脳では答えは出なかった。 悶々としながらも、悠理は二人っきりのディナーの為に、用意してきたイブニングドレスを纏った。 深い葡萄色のシルクタフタのドレス。広く開いた襟ぐりには、同系色のオーストリッチがあしらってある。 正式なパーティに出るときは、頭に同系色の羽がピョンピョンとび出た髪飾りをつけるのだが、今日はそれは付けない。 悠理は鏡に向かって軽く髪を撫で付けると、バスルームを出た。 先にシャワーを済ませた清四郎は、部屋の壁一面の大きな窓の前にたたずみ、窓の外の景色を眺めている。 今日の清四郎は、濃紺のタキシード。白いドレスシャツには、クロス・タイ(リボンの端を前で交差させ、交わったところをタイ・タックで固定するタイ)を合わせている。 ズボンのポケットに片手を突っ込み、窓に軽く手を当てて立っているさまは、全く、惚れ惚れするほどの男振りである。 悠理に気が付くと、清四郎は彼女の様子に目を細め、「綺麗ですよ。じゃあ、お待ちかねのディナーにしますか」と言った。 部屋に運び込ませた丸テーブルの上には、二人がオーダーした料理の数々がセッティングしてあった。 フォアグラとプラムのテリーヌ、ロブスターのスチーム、キジのオレンジ風味、真鱈のロースト、前沢牛フィレ肉のソテー・アスパラガスとベビーオニオン添え、冷たいシーフード、ジンジャーブレッドのパルフェ……そしてもちろん、シュリンプカクテル。 二人だけの時間を邪魔されることがないよう、すべての料理を一度に持ってこさせたのだ。 「では、シャンパンを開けますか」 清四郎はそう言ってナプキンを持つと、、ワインクーラーからシャンパンのボトルを抜き取った。 清四郎がセレクトした今宵のシャンパンは、ドン・ペリニヨンのピンクなどというベタなものではなく、ヴーヴ・クリコのラ・グランダム。 フランス語で「偉大な女性」を意味する名のシャンパンは、もちろん、清四郎の悠理に対する敬意の現れである。 慣れた様子で、清四郎はシャンパンの封を剥ぎ取ると、ナプキンで栓を掴み、捻った。 キュキュキュ…ポン。 軽い音を立てて、シャンパンの栓が開く。 冷え方が完全でないのか、運び方が悪かったのか、ボトルの口からシャンパンが少し溢れ出た。 「おっと」 清四郎がとっさに舌を出して、それを舐め取った。 目を細め、薄桃色の舌を柔らかくボトルに這わす。 悠理の方を見ると、「お行儀が悪いですよね」と、悪戯っぽく笑った。 ―――ぞくり。 悠理の背中に、痺れが走る。 ふらふらと、座っていた椅子から立ち上がる。椅子がバタン、と後ろに倒れた。 「清四郎…」 「ああ、悠理。そんなに慌てなくっても、今グラスに注いであげますから」 笑顔で答えた清四郎の肩に、悠理の腕がまわる。 「それより、清四郎のシャンパンをあたいに飲ませて…」 「え?!」 軽く清四郎の唇にキスをすると、悠理はしゃがみこんで清四郎のズボンのファスナーを下ろした。 スーツに合わせた濃紺のボクサーパンツから、清四郎のボトルを取り出す。 まだ柔らかく、悠理の手にすっぽりと収まってしまうそれを、すっぽりと根元まで口に含んだ。 「あ、ああっ!悠理っ!」 舌を這わせながら強く吸うと、徐々に大きさと固さを増してくる。 先端にキスしながら、手で上下にしごくと、ボトルは完全な姿を現した。 「ああ…おいしそう…」 悠理は舌なめずりをすると、ボトルの先端から底までをゆっくりと柔らかく舐めた。 ボトルの括れに舌を回し、注ぎ口に舌を差し入れる。 じわり、と透明な液体が溢れ出した。 ちゅうぅ…と、それを吸い取る。 「ん…おいしい」 「あ…あ……」 清四郎が喘ぐ。 彼の脳裏で、シャンパンの栓がポンッ!と音を立てて抜けた。 「悠理っ!ゆうり〜〜!」 「ああんっ!せいしろお!」 激しく睦みあいながら、悠理は今日感じていたもやもやが何だったのか、やっとわかった。 普段なら、迎えに来た清四郎に抱きついた時点で、床に押し倒されていた筈だ。 普段なら、ツリーの飾り付けをしていたら、「こっちに飾った方が綺麗ですよ」と、裸体にイルミネーションを飾られていた筈。 プールに入っている時も、ふざけた振りで後ろから羽交い絞めにされ、水着の中に手を入れてきた筈。 そして何よりも、食前のシャワーは二人で浴びていた筈。 そう、今日は朝から一回もヤッっていなかったのだ。(←この行、太字) そうして、二人は愛のフルコースを堪能した。 窓の外は雪。聖なる夜が過ぎてゆく。 「悠理、ルイ15世の寵愛を受けたポンパドゥール夫人がね、「飲んだあとも女性を美しく見せるのはシャンパンだけ」と言ったそうですが…」 「んー?」 「僕のシャンパンは、それ以上に飲んだ後の悠理を美しく見せますね。お肌もつやつやですよ」
―――― 聖夜に乾杯!!
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