月の光

 

 BY りかん様

 

 

 

可憐と美童は生徒会室で思案していた。

「もうすぐお正月よねぇ。昨日のクリスマスイブも失敗しちゃったし。」

「新年へ向けて何とかしたいね。」

一方、向かい側の対角では野梨子と魅録のバカップルが、1月の連休の予定を立てている。

「こちらの温泉も素敵ですわ。離れで各部屋に温泉がついてますわよ。」

「お、いいな!。この広さなら二人で温泉に入れるな。」

「まあ。嫌ですわ。魅録ったら。ふふふ。」そう言って野梨子は赤くなる。

特に二人がくっついて何かをしている訳ではないが、会話の途中で見つめあい、楽しそうな笑い声を立てる。

そこの空間だけピンクでハートが飛んでいるように可憐と美童の二人には見えた。

「毎日、これだよな。」

「ええ。殆どこんな感じよね。…一昨日の23日は都内のホテルで、お正月はハワイだったわよね?」

可憐は二人を小さく指差しながら言う。

「確かね。」

そう言って美童は溜息をついた。

二人が付き合い始めてから当てられっぱなしだった。

「参っちゃうよね。」

苦笑する。

今年のクリスマスイブは美童も可憐も悠理と清四郎と4人で過ごしてしまった。それぞれ予定があり暇という訳ではなかったのだが、そちらをキャンセルして剣菱邸のクリスマスパーティに参加した。様々な思惑があったからなのだが。

また、相変わらずなんの進展もない悠理と清四郎に、彼等は心配していた。

くっつきそうで、全然くっつかない二人。

「あの二人、なんでくっつかないんだろうね。」

「そんなの決まってるわよ〜。あの二人、揃ってガキだからよ。」

可憐は目の前でいちゃつく魅録と野梨子を眺めながら言った。

二人とも、他人は視界に入ってない。

「まあねぇ。清四郎は気付いたかと思ってたけど、悠理はいまいち不明だしね。」

美童も目の前の二人に半ば呆れつつ言う。

するとバタンというドアを開ける音がして、どんよりした顔の清四郎が入って来た。

「あら。どうしたの?清四郎。暗いわね。」

「なんでもないですよ。」

眉間に皺をよせて深い溜息をつきながら上着を脱いで椅子に掛けた。そして茶をいれるとまた深い溜息をついて可憐の隣に座った。

「何でもないって顔、してないよ、清四郎。」

「ほんとになんでもないんですよ。」

笑うが顔がひきつる。

「あ、そう。」

美童はそういうとコーヒーのお代わりをしようと席を立った。

ふと窓辺をみると、悠理が下校していた。

しかも、見知らぬ男性と腕を組んであるいている。プレジデントの学生らしいが…。

(まさか、また雅央じゃないよな)

美童はどきどきした。以前若関と腕を組んでいた悠理とうり二つの雅央を思い出した。

「どうしたの?美童。」

可憐も窓辺に立つ。窓の外をみて、気が付いた。

「なるほど〜。だからなのね。」

美童に目配せする。

美童は可憐の合図に頷いた。

あんな姿目撃したら顔もしかまるだろうな、と可憐は思う。

しかも、隣の男性は結構いい男である。

(ちょっと幼さが残ってるけどね。)

おじさま好きの可憐には圏外だった。

その後、二人は清四郎に世間話を軽くしたあと早々に帰宅した。機嫌の悪い清四郎といるのはごめんだと。

そして野梨子たちも可憐達が帰宅後、清四郎の怪しげな雰囲気に気付いて退散した。

清四郎は生徒会室に一人になった。

ふと先ほどのことを考える。実は清四郎は生徒会室に来る前に悠理と一緒にいた。

一緒に生徒会室へ向かおうとしていた。

悠理は昇降口で彼の姿を見掛けると「帰るわ。」と一言いうとぴょんと跳ねるように飛び出していった。

「悠理」と止める間もなく。

今日は初詣を一緒にいこうと誘おうと思っていただけに、かなりショックだった。

たかが悠理じゃないか、とも思うのだが、その悠理に翻弄されて一喜一憂する自分がいて、そして男と腕を組んで歩いて行ってしまったという事実に衝撃を受ける自分がいた。その現実は地の底へと引きずり込まれてしまうようなくらい精神的な打撃をうけた。

(この僕がありえない。)

心に冷たい風がゴーッという音を立てて吹いているようだった。

 

可憐と美童は我が目を疑うような事実に戸惑いを隠せなかった。

帰り道、二人は複雑な面持ちで歩く。

「あれは悠理の彼氏なのかな?」

「どうかしら。でも腕を組んでいたわよね。」

「だよねぇ。清四郎、やっぱ無理かなあ。」

空を見上げながら美童は言った。

空はどんよりしていて、清四郎の心の中のようだと思う。

「でもさ。余り見掛けない顔だったよね。」

「確かにそうねぇ。私も知らないわ。何年生かしら?」

「調べてみようか。」二人は調べることにした。まずは相手を知らないと、ということで。

 

 

翌日。

学校に行きたくない清四郎は頭痛がすると言って学校を休んだ。

放課後生徒会室にいった可憐が野梨子からその話を聞いて大笑いした。

(きっと、昨日のことがショックだったのね。おかしぃー。)

ラブラブぼけして清四郎のことなんかどうでもよかった野梨子は意味が分からないという顔をした。

可憐は何も野梨子には説明せずに大笑いしていた。

そうしているうちに魅録が生徒会室に入って来て、帰りの待ち合わせをしていただけのラブラブな二人は楽しそうに帰って行った。

入れ違いに美童が入ってきた。

「可憐、わかったよ!」

嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「結論からいうと悠理の彼氏じゃないよ。本人たちに直接聞いたから間違いないよ。」

可憐は一瞬目が点になった。

「じゃあなんで腕なんか?」

「従弟らしい。なんでも違う学校に転校するはずだったらしいんだけど、まだそっちの学校が受け入れ準場ができてなくて、一時的にこっちに転校してきただけらしいよ。単に悠理が会えて嬉しくてまとわりついただけみたいだよ。いつものことじゃん。」

言われてみればそうね、と可憐は思う。

(と、いうことは。清四郎の勘違い?。)

そう思うとおかしくて改めて爆笑ものだった。

「何笑ってるの?」

「だってさー。今日清四郎休みでしょ〜。きっと仮病よ〜。悠理ショックで。つまり勘違いでしょ。」

美童は大笑いする可憐に苦笑した。

(そこまで笑わなくとも…。)

美童は少し清四郎がかわいそうになる。

「ねぇ、それよりさ。悠理に見舞いにいくようにいいましょうよ。」

涙を浮かべながら可憐はいった。笑い過ぎである。

「そうだね。早く誤解を解いたほうがいいね」

 

悠理は補習が終わり、帰途へつこうとしていた。携帯のメールをチェックすると可憐からメールが入っていた。”清四郎が大変なの!すぐに清四郎の家にきて!”

(清四郎が大変?。どうしたんだろ?。とりあえず行ってみるか。)

余り物事を深く考えない悠理は、お迎えにきた車にそのまま清四郎の家に向かうように指示した。

可憐の策略にまんまとはめられていた。

 

 

程なく、菊正宗邸に着いた。

清四郎の母がにこにことして玄関に迎え出る。

「あら、悠理ちゃん。どうしたの?」

「清四郎が大変だと聞いたから。」

悠理の緊迫した表情を清四郎の母は不思議そうに見ながら、「清四郎は何も大変じゃないのよ。朝、頭痛がしただけなのよ。殆どさぼりね」と言って笑った。

「えっ!?さぼり?あたしには学校はさぼるなというくせに!」

(自分がさぼるなんてずるい)

「おばちゃん、可憐たちは?」

「来てないわよ。」

「は?来てないの?」

(一体なんなんだよ。)

「でもせっかく来たんだからお上がりなさい。」

清四郎の母は悠理に家に入るように促した。

悠理は仕方なく中へ入った。

客間に通されて、お茶とお煎餅を出される。

「清四郎を呼んでくるわね。」

そういうと清四郎の母は清四郎を呼びにいった。

 

ボリボリおかきを食べながら清四郎を待つ。新潟の味のれん本舗のおいしいマカダミアおかきだった。

(うまいな、これ)

そんなことを思いつつ食べてると清四郎がきた。かなり脱力モードらしく、髪をおろしていた。服装も心なしかルーズである。

「おまえ、さぼりかよ。」

悠理は開口一番に言った。

「なんとでも言ってください。」

そういう清四郎は明らかに元気がなかった。

(やっぱ、調子悪いんだ。かわいそうに。)

清四郎は悠理の向かいに座った。自分で茶をいれて一口飲む。

「それで、なんの用なんですか?。」

彼氏のいる女なんか用はないさ、とばかりに清四郎は言う。投げやりである。

「いや。なんも用はないよ。可憐がお前が大変だというからさ。様子見にきただけだ。」

「そうですか。」

(可憐、一体どういうつもりで…。)

清四郎には意味がわからなかった。

悠理はおかきを食べながら続ける。

「とりあえず。お前何ともなさそうでよかったよ。」

(何ともなさそうって。可憐は一体何を悠理に…?)

清四郎もおかきを食べる。

二人ともむしゃむしゃ食べるだけで、会話が続かない。

暫く沈黙する。

「あのさ。あたし帰る。」

沈黙を破ったのは悠理だった。

すくっと立ち上がり、迎えの電話をかけた。

「そうですか。お菓子、持っていきますか?」

「いっぱい食ったからいい。」

「そうですか。」

清四郎は何も気の利いたことが言えなかった。

せっかく二人きりなのに。

でも悠理には彼氏らしき人がいるから、自分がなにか言っても迷惑だろう、清四郎はそんなことを考えていた。

諦めモードである。

でも一応、せっかく来て貰ったからと、悠理を玄関まで見送る。迎えの車に乗る直前に悠理から清四郎は言われた。

「んーとさ。お前、大晦日暇か?」

突然の誘いに驚く。

「あ、暇ですけど。」

「じゃあさ、剣菱会館に併設してる小ホールのテラスに7時に来いよ。」

にっこりしながらそういうと車を走らせた。

(デート…?)

悠理が去ったあと、清四郎の顔は自然に緩んでいた。

 

 

翌日の終業式、清四郎の足取りは軽かった。傍目にもみてわかるほど、上機嫌だった。

一方悠理はいつもと何等変わらなかったため、可憐と美童には二人に何があったか推測さえできなかった。

生徒会室で二人は校庭を見ながら話していた。

「昨日、何かあったのかしら?」

「さぁ…。悠理の態度が変わらないから、何かあったようにも思えないよね。」

「そうね。でも、清四郎の態度からすると、いいことがあったように思えるんだけど…。」

そんな会話をしているとき、悠理はこの日もあの少年と帰宅していた。またもや清四郎は目撃し暗い気持ちになっていた。

 

大晦日。

時間通りに清四郎は剣菱会館の小ホールのテラスに行った。誰もおらず、電気もついてない。ガラス貼りの天井から月の光が差し込んでいた。

その月の光があたる位置にグランドピアノが置いてある。

暖房が入っているらしく、暖かかった。

悠理が入って来た。いつもながらのラフな服装である。

「清四郎、ここに座ろう。」

そういうとグランドピアノが見える位置に置いてあるベンチシートに座ろうと手を掴んで引っ張るように座らせられた。

並んで座る。

二人の座っている席は月明かりが当たらないため少し暗い。

悠理が清四郎の手を握りしめた。

清四郎はドキッとした。

(何が始まる?)

清四郎は悠理を見ると、悠理はテラスへの通路のほうを見ていた。

同じ方向を見ていると、悠理と一緒にいた少年が入ってきて、ピアノの前に座った。

グランドピアノの蓋をあけて、そして、ひと呼吸置いて弾き出す。

ドビュッシーの月の光。

その音色は透明感があって、冷たい冬の空から注ぐ月の光とうまく調和していた。

(すごいな…)

掛け値なしに感心する。

そして2曲目はショパンの舟歌。3曲目はバッハの主よ、人の望みの喜びよだった。

珍しく悠理は寝ずに聴いていた。ロマンティックな音色にうっとりしたような表情を浮かべている。こんな表情をして音楽を聴く悠理も始めてだと清四郎は思う。

終わって立ち上がって二人とも拍手をした。

少年は立ち上がって、前へ出て来ておじきをした。

そして清四郎に握手を求めた。

「よい演奏でしたよ。」

清四郎がそういうと、少年ははにかんだ笑顔を清四郎に向けた。

「ありがと。悠理ちゃんが寝ない曲ばかりを選択したんだけど、満足出来たかな?」

(なるほど、だから寝なかったんだ。)

悠理が赤くなるのが月の光でもわかった。

「噂は…。悠理ちゃんから聞いてましたよ。やはり素敵な人だったんですね。」

そういうと清四郎に向けて柔らかい笑みを浮かべた。

すぐに、悠理のほうを向くと、「悠理ちゃん、楽しかったよ。またね。」といって、微笑んだ。

「今からうちで…。」

「また、今度。じゃあ、清四郎さん、従姉をよろしくね。」

そういうと少年は去って行った。

(従姉。)

清四郎は安堵した。

「悠理、今日はどうしてこんな?」

月の光の中グランドピアノに近づく悠理を追いかけるように、清四郎もそばに行く。

悠理は、ピアノの鍵盤をポロンと鳴らすと、鍵盤のほうを見ながら言った。

「いつもいろいろ連れてってもらってるお礼。ロックは聴かないだろうし、クラッシックはあたしがわかんないし。とりあえず聴ける曲、選んでもらったんだけどさ。」

悠理の顔に月の光があたる。

にっこりと微笑む顔があまりに綺麗で、清四郎は悠理をそのまま抱き締めたいと思った。

そして悠理に近づいて、肩に手をかけようとした。

「悠…。」

そのときだった。

「お嬢様〜。終わったなら締めますよ〜。」と言いながら警備員が入って来た。

「うん、じゃあ、お願い。清四郎、あたしんちにいくぞ。」

悠理抱き締めは敢え無く、断念。

その後、清四郎は剣菱邸で浴びるほど万作に飲まされた。

悠理とは、勿論何もなく、年越しは無事に終わった。

初詣も剣菱夫妻とともに…。

 

 

 

 

---

 

2005.12.27)わたしの中ではクラッシックがブームだったので。。。

作品一覧

背景:kotobukiya