卒業式

 

 BY りかん様

 

 

「…卒業生代表、菊正宗清四郎。」

清四郎の答辞が終わった。

悠理はぼんやりと清四郎の後ろ姿を見つめながら聞いていた。

あの日の電話に対する答えを清四郎には言ってなかったなとぼんやりと考えながら。

あまりに突然すぎて、何も言うことができなかった。

なんであんなに突然なんだろう…と思う。

本当は顔を合わせるのもこそばゆい感じがして嫌だった。

でも、こうして、彼が壇上を降りる姿を見て、悠理はちゃんとけじめをつけるために言わなければいけないのかもしれない、と思っていた。

 

「卒業式が終わったら、生徒会室に集合ね。2年から鍵は借りておくから。」

可憐にそういわれて、有閑倶楽部の面々は生徒会室に集まった。

皆、花束をたくさん、抱えている。

後輩から貰ったものや、ファンから貰ったものだった。

「こんなにたくさん貰うなんて…。予想外だったわ。」

可憐が嬉しそうに微笑んだ。

「僕のほうがたくさん貰っているよ。」と美童が張り合う。

その様子を見て、野梨子と魅録が微笑んだ。

「ほんとにいいコンビですわね。」

「ああ。…それより、やっぱり、変わってしまったな。全然、違う部屋みたいだ。」

魅録は野梨子を見ながら、言う。

「そうね。あの当時のままの形で写真撮っておきたかったわ。」

可憐がぐるりと生徒会室を見回した。

自分達が使っていたテーブルや椅子はかわらないが、すっかり、殺風景になっていた。

お茶のセットなどは無い。

「うん。そうだな」そういうと、魅録はカメラを設置した。「このあたりでいいかな。」

「ええ。そこでいいわ。」

逆光にならない位置に魅録はカメラを設置した。

6人は2列になって並んだ。

前に女性陣。

後ろに男性陣。

セルフタイマーをセットして、10秒前からライトが点滅し、写真を撮る。

「じゃあ、もう1枚。」

そういうと、急いでセットしてもう1枚写真を撮った。

そのあと、数枚写真を撮ると「じゃあ、俺たちはこれで。」「また来週。」と言って、魅録と野梨子が去っていった。

可憐と美童は苦笑して、「じゃあ、僕たちも。そろそろ行くよ。約束があるから。」と言って、清四郎に鍵を渡して去っていく。

清四郎と悠理はその場に2人、残された。

清四郎は告白のあと、全く会話をしていなかった悠理と二人きりになり、どうしていいかわからなかった。

悠理は居心地が悪そうにしていた。

「悠理…。」

とりあえず、声を掛けてみる。

「何?」

悠理は不機嫌そうな声を出した。

(あの告白、やっぱり、怒ってるんでしょうか…。)

いつも嫌いだといわれているだけに、清四郎はどんよりと暗くなってしまう。

「いえ、なんでもないんです。」

思わず弱気でそう言う。

悠理は困惑した顔で清四郎を見つめた。

“あたし、帰ってもいい?”そういいたかったのだが、そこでそれを言ってしまうと、本当に訣別してしまいそうな気がして、言えなかった。

沈黙が流れる。

「悠理。」

もう一度清四郎が声を掛ける。

「あの〜、せっかくだから、何か食べて帰りませんか。」

「…うん。昼も食べてないし、食べて帰る。…じゃあ、月島にいって、もんじゃ。」

「もんじゃ…、ですか?」

清四郎は驚いた。何故、月島のもんじゃなのかと。

こんな日だったら、フランス料理か何かのほうがいいんじゃないかと思っていたから。

悠理は清四郎の不思議そうな顔を見て、言った。

「そう、この前、一緒に行った月島のもんじゃがおいしかったから。」

「でも、もう少し近くにしませんか。わざわざ月島までいかなくとも。」

悠理はまた不機嫌な顔をする。

全く、わかってないんだから…。

そんな表情だった。

「じゃあ、お前と行かない。」

「えっ…。僕だって、別に悠理となんか…。」

しまった…。

清四郎は冷や汗が流れた。

売り言葉に買い言葉。やってしまった。

悠理は暫く清四郎を睨みつけるように見たあと、「じゃあ、帰るよ。」、そういって、生徒会室のドアを開けようとした。

「いっ、やー!忘れ物しちゃってさぁ。」

「わたしも〜。」

美童と可憐が凄い笑顔で入ってくる。ひきつっているが満面の笑みだ。

「あっれー!無いね。」

「そうね。どこにいっちゃったのかしら。」

二人は大仰にテーブルの周りを何か探し始める。

「何してんの?」

冷ややかな悠理の声。

「ちょっとね、ピアスをわたしは忘れちゃったみたいで。」

苦笑いしながら、可憐は言った。

「僕はさっき花を一つ落としたかもしれないな、なんて。ほら、杏樹に見せびらかさないといけないだろう。あっれ〜、無いなぁ…。」

ぶつぶついいながら、二人は探す。

3分くらいそんなことをやって、「やっぱり、なかった〜。」「ええ、あたしも。どこに落としたのかしら。」と二人は大げさに汗を拭うふりをして言った。

「ねぇ、そういえば、二人で写真撮ってないでしょ。わたしの携帯で撮ってあげるわ。」

可憐がいいことを思いついた!という顔で、二人に言った。

「そうだよ。とりなよ」

美童は清四郎と悠理の側に回るとペタッと二人をくっつけた。

「いいよ、こんなやつととらなくとも。」

悠理が不機嫌そうにそういうと、可憐は「駄目よ。あんたたち、一枚もまともに2人で撮ってないんだから。記念に1枚は撮らなくちゃ。」と言って、「撮るわ よ〜。」と強引に撮ってしまった。

「ん〜、でも、出来がいまいちだわ。もう一枚、とりましょうね。ちゃんと笑うのよ、悠理。清四郎もね。」

パシャ。

「今度はまぁまぁね。じゃあ、あとで送るわ。」

「そうだね、送ったほうがいい。じゃあ、僕らは行こうか、可憐。」

「ええ。」

二人はホホホと笑いながら、また嵐のように去っていった。

「一体、なんなんだ?あいつら。」

悠理がそういうと、清四郎はおかしそうに笑い出した。

きっと二人は自分たちの不穏な様子を窺っていたんだと。

「なんだよ、気持ち悪いな。」

「いえ、なんでもないです。二人の気遣いに感謝しないといけないな、と思って。」

「どういうこと?」

悠理がそういうと、清四郎は「何でもないですよ。」と言った。

基本的に普通に話すことが出来れば満足なのだし、いますぐにどうこうっていう話でもないので、あの件はなかったことに、しようか。

まだ、悠理に言うには早かったのかもしれない…。だから。

そう思った瞬間でもあった。

「じゃあ僕たちも行きましょうか。」と悠理の背中を押しながら、清四郎はドアの方に向かいつつ悠理に言った。

「悠理、この前は電話ですみませんでした。突然変なことを言ってしまって。」

なるべくさりげなく言ったつもりだった。

が、そういうと、悠理はくるりと清四郎の方を向き直った。

「あれは、変なことだったのか?!あたし、だいぶ悩んでいたんだぞ!」

パシッと清四郎の頬を殴る。

悠理の目には涙が浮かんでいた。

「あたしのこと、気の遠くなるほどのバカだからって、馬鹿にして…。」

悠理の体は小刻みに震えていた。本当に怒っているようだった。

「あたし…。清四郎のこと、好きなのに…。それを今日は楽しかった月島で言おうと思ったのに…。」

そういって、駆け出してしまった。

勿論、逃げ足はとても速い。清四郎も全速力で悠理を追いかけた。

(…悠理は悠理なりに考えていたんだ。

 月島はちょっと難しかったが、ずっと僕とここにいてくれたのも、悠理なりの考えがあったからなんだ…。

 なんて、僕は馬鹿なんだろう。)

つくづく思っていた。

清四郎は校門を出る前にやっと悠理を捕まえた。

もう生徒の殆どは帰宅していて、悠理のことを捕まえても、誰も寄ってきたりはしなかった。

「離せよ。」

そういう悠理の顔は涙の鼻水でぐちゃぐちゃだった。

「嫌です。」

「あたしだって、お前に捕まれるのは嫌だよ。」

「僕は離しません。お前のことが好きだから。だから、一緒に月島に行きましょう。」

清四郎はそういうと悠理を抱きしめる。

「こんなところで、何すんだよ!やめろよ…。」

「一緒に月島に行くっていうまで、離しません。」

「わかったよ。行くよ。だから、離せよ。」

悠理は観念したように言った。

やっと清四郎が離すと清四郎の制服は涙と鼻水でべとべとになっていた。

てらてらと制服が光る…。

悠理はそれを見て、思わず苦笑してしまった。

「それで行くの?」

「何か不満でも?」

清四郎は自棄だった。

こんな格好でも、なんでも、ここで悠理を離してしまったら、駄目だと思った。

「あたし、嫌だ。そんな服のお前と行くの。恥ずかしい…。それに、お前、生徒会室の鍵を返してないだろう?」

「あ…。そうでした。」

悠理に言われてはっとする。

「じゃあ、先に帰っているよ。」

悠理はいまだとばかりに、そういって去っていった。

清四郎は呆然と付けられた鼻水を見ながらたちつくす。

こんなにまでして、一体、なんだったんだ、と。

 

その後、鍵を返して剣菱邸に連絡をすると、悠理は百合子と出かけて不在だった。

卒業旅行まで、あと6日。

 

 

 

 

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2006.02.26)卒業式じゃなかったら、鼻水ですね。このタイトル…。

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