前途多難

BY りかん様

 
 
翌日、悠理は家に帰り、百合子の「電話繋がらなかったわよ。」の一言で携帯の
充電が切れていたことに気付いた。
携帯を充電し、タマとフクと風呂に入る。
ギャーギャー嫌がって逃げるタマとフク。
「お前らまで逃げんのかよ。」
悠理はタマを押さえ付けて洗う。
目には涙でかすむ。
「タマがあんまり暴れるから悲しくなったじゃないか。」
タマをお湯で洗い流すと湯舟に浸かる。
「酷いじゃないか。あたしと遊びに行く日に。」
悠理は口元までとっぷりとお湯に浸かる。
まさか、出掛けると言ってた直前に、あんな現場に出くわすなんて。
心がシクシクと痛んで悲しくて何かが胸に支えて、食欲もわかない。昨日から何
も食べてなかった。
そして今日も風呂を上がると、そのまま布団に入り込んだ。
 
 
翌朝、起きると10時を回っていた。
「やばい!」
二時限目の講義は必修で、全部出席すれば単位は取れる。ただでさえ単位取得が
危ないので出席で取れるものは取らないといけなかった。
急いで着替えて家を出る。携帯は電源を切ったまま、置き去りにして。
学校に着くと、ぎりぎり2時限目の授業に間に合った。
(セーフ。)
とりあえず、形だけノートと筆記用具を出す。
(!)
バッグの中を捜しても、ポケットの中を捜しても携帯がなかった。
(しまった。家に置いてきた。)
一瞬、清四郎から連絡が入っているかもしれないと思ったが、行動が制約されそ
うだったので携帯を持ってきてと貰うのは諦めた。
(でも、あたしの前で、キスするなんて、普通、ありえないよ。)
そう考えると、怒りと悲しみがぶり返してきて、今日一日携帯のことは、忘れよ
うと思った。
 
一方、悠理と連絡の取れない清四郎はどんよりとした気分で講義を受けていた。
そして悠理を追い掛けて戻ってきたときの千久紗の勝ち誇ったような微笑みは思
い出しただけで腹が立つ。口も利かず、引きとめる千久紗を振り切って家を出て
来たが、泣き叫ぶ彼女の声が今でも耳に残っている。
「悪夢だ。」
頭を抱えながら小さく呟いた。
 
昼休みになり、学食へ向かった。悠理の居そうな重た目の食事が置いてある方へ
向かう。定食をトレイに載せ、悠理がいないかと軽く確認する。が、やはり見当
たらない。
しかし、珍しく美童が一人でいるのを発見した。少し疲れた顔をしていたが清四
郎に気付くと笑顔を向けた。
「やあ、清四郎。」
「美童、珍しく一人ですか。しかも、こっちの食堂に。」
美童はいつも、女の子を引き連れてカフェっぽいところに行く。
「うん。というか昨日飲み過ぎて二日酔い。必修だから無理して来たけど、死
にそうだよぉ。女の子とも話す元気がなくて、こっちにきたわけ。そういう清四
郎は?。今日、雰囲気暗いよ。」
清四郎は苦笑した。
「悠理と何かあったの?その顔は図星だね。」
鋭い突っ込みに更に笑うしかなかった。
「まあ、いろいろ誤解がありまして。話しが出来てない状況なんですよ。」
深くため息を着いた。
話しが出来ないのは痛かった。
「ふうん。誤解は早く解いたほうがいいよ。」
「ええ、わかってます。でも悠理と話しが出来ないんだからしかたないでしょ。
いらつき気味に言う。話しさえ出来れば
「話しが出来れば、ね。いいよ、僕が協力してあげる。悠理を呼び出してあげる
よ。学校終わったら、うちにきて。」
美童はそういうとにっこりと微笑んだ。恋愛ごとが絡むと俄然元気になる。清四
郎は美童の好意に甘えることにしたが、ため息をついた。
 
 
清四郎は美童の家に向かった。美童の部屋に通され、椅子に腰掛けた。
「悠理は呼んだよ。携帯見てなかったみたいで、酷く落ち込んでた。」
「携帯通じたんですか?」
清四郎がそういうと美童は笑った。
「んー。悠理の受けてる講義を邪魔してきたんだ。そしたら今日は携帯を忘れて
きて、昨日は充電が切れてたって言ってた。無視するつもりがあって無視してた
訳ではないらしいよ。今頃携帯見てるかもね。来るって言ってたし。」
「そうですか。」
清四郎はその話しを聞いて少しほっとする。
「悠理が来たら、僕は席を外すから、うまく話しなよ。」
そういって清四郎に微笑んだ。
「でも、どうやって釈明したらよいのやら。」
深くため息をつく。ちゃんと話しを聞いてくれるかどうかが不安だった。
「大丈夫だよ。」
美童は清四郎の傍に立ち、清四郎と向かい合う。長い髪が座っている清四郎の肩
の部分に垂れ下がる。
「こんな感じでちゃんと悠理と向かいあって。」
「『君を愛してる』って言えば。」
「言えませんよ。そんなこと。」
照れもあるのかぶっきらぼうな口調で清四郎は言った。
美童が近くて嫌だなと思いつつ。
「じゃあ、このまま、顔を寄せてキスしちゃえば。」
美童の顔が更に近付く。美童は相手が清四郎だと言うことを忘れて自分の世界に
入ってるようだった。
段々近づいてくる。
嫌だ!
突き飛ばそうとしたその瞬間。
入口のドアが開き杏樹が入ってきた。ドアの傍にいた美童が押され、後ろから「
なんだよ、それ!」と絶叫する声が響いた。
杏樹に押されたその瞬間、二人の唇が触れてしまった。悠理はそれを目撃してし
まったのだった。
「今度は男かよ!最低だな!」
それだけ言うと悠理は駆け出して行った。
清四郎は呆然とし、美童は汚いとばかりに口を拭った。
前途多難。
 
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2006.6.11)前途多難です。ほんとに。

 

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