第三話
学校帰りに一度、菊正宗家に戻ろうとしたが、涙目の悠理と、忠義者の運転手から引き止められ、結局、剣菱家に直行する羽目になった。 新しく設えられた夫婦の部屋に入ると、いきなり巨大なベッドが眼に飛び込んできた。 キングサイズの、天蓋つきベッド。 その上に、まるでディスプレイされたように広げられた、艶かしい薄地のネグリジェ。 サイドテーブルにさり気なく、しかし、存在を誇示するかのようにでんと置かれたティッシュボックス(レースカバーつき)が、やけに生々しい。 そして、巨大な枕の陰にひっそり置かれた、レースの籠。 その中は、可愛らしくラッピングされたコンドームが山盛りになっていた。 ・・・もう、何も言うまい。 僕は天蓋から垂れたレースを捲ると、ベッドの上に腰を下ろして、深く息を吐いた。 「覚悟はしていましたが、まさか吊るし上げを喰うとは思ってもみませんでしたよ。お陰でクタクタですね。」 愚痴を零す僕の隣に、悠理が座る。 「ごめん、ぜんぶ母ちゃんのせいだよな。」 心配げにこちらを見上げる表情が、堪らなく可愛らしい。抱きしめてベッドに押し倒すと、胸の下から呆れたような声が聞こえた。 「こら、疲れているんじゃないのかよ?」 「オスは、著しく疲労すると、性欲が掻き立てられるようにできているんですよ。」 説明しながら、制服のスカートの中に手を入れる。 「きっと、太古の記憶がそうさせているんでしょうね。何が何でも自分の遺伝子を残そうとする、オスの本能です。」 悠理の口から、甘い喘ぎが漏れる。その声に、僕の分身がびくりと反応する。 いくら味わい尽くしても、悠理の身体に飽くことはない。 彼女の身体は、甘い、甘い麻薬なのだ。 瞼にキスを落とし、指でくちびるをなぞる。 可愛くて、愛しい、僕の悠理。 「悠理・・・愛してい―― 」 「若旦那さま!若奥さま!!各国から祝いの品が届いておりまする!!」 五代が叫びながら部屋に突入してきた。 僕は条件反射で受身の型を取り、ベッドの上をごろごろと転がった。 様々な宝石で彩られたベビーベッド。 豪華な金糸の刺繍が施されたベビーウエア。 どこぞの高僧が祈祷した安産守り。 純金のおまる。 「・・・誰が『できちゃった婚』をしたんですか?」 僕が低い声で呟くと、悠理は下品に、がはは、と笑った。 「あたいたちじゃないのは確かだよな〜。」 悠理の頭をどついてから、僕は五代に誤報の訂正を依頼した。が、今さら訂正しようが、手遅れの観は拭えない。恐らく、明日もまた、可憐たちから吊るし上げを喰うだろう。 半年前から付き合っていた、と話しただけで、こめかみに青筋を立てて詰め寄られたのだ。悠理が妊娠していると誤解されたら、それそこ石を抱かされる。 「あ〜、これ、可愛いっ!」 悠理がビラビラのベビードレスを手に取り、きゃっきゃとはしゃぐ。 ・・・一瞬、赤ん坊を抱く悠理を想像してしまい、僕は慌てて頭を振って、妄想を振り払った。 いくら達観していようとも、僕はまだ十九歳なのだ。新婚のうちに、あれやらこれやらしてみたいし、まだまだ二人きりの生活を楽しみたい。五代から邪魔をされたばかりなので、余計に思うのだろう。 いくら我が子といえども、悠理の乳首を取り合うのは、まだ先にしたいものだ。 「こんなに貰っちゃって、悪いよな〜。」 悠理の思考は意外にも庶民的だ。ベビードレスを翳して、子供のように小首を傾げる。 傾げた首の角度が妙な色香を漂わせているのに気づき、お預けを喰らった下半身がむくむくと動き出す。 「頂き物を無駄にしない方法が、ひとつだけありますよ?」 僕は悠理の背後に回り、細い腰に手を巻きつけた。 項にキスを落とし、ついでに耳朶を口に含むと、悠理は甘い声を上げて身を捩った。 「子供を作れば良いんです。」 彼女と付き合いはじめて半年。 彼女と肌を重ねはじめて半年。 手っ取り早く言えば、付き合いはじめたその日に肌を重ねた―― と、いうか、肌を重ねてから付き合いだした―― どちらが先かは、ニワトリが先か、卵が先か、のような無為な論争に発展する可能性があるため、あえて言及せずにおくが、とにかく僕たちは愛し愛される仲であり、互いの隅々まで知っている。 だが、そんな僕たちも、まだ経験していないことがある。 「悠理・・・晴れて夫婦になったことですし、そろそろ一緒に風呂へ入りませんか?」 悠理は恥ずかしげに俯きながらも、消え入りそうな声で、いいよ、と答えた。 その返答に、僕は内心狂喜乱舞していた。 そうなのだ。僕たちは、一緒に入浴したことがなかったのだ。 部屋に戻って、まずは扉にしっかり施錠する。 念には念を入れて、扉をサイドボードで塞ぎ、ついでに内線電話で人払いした。 そして僕は、恥ずかしがっている悠理の制服を脱がせ、バスルームへと導いた。 むろん、僕も下着一枚になっている。 「なんか、エッチもしないのに裸になるって、恥ずかしい・・・」 そう呟いて恥らう彼女は、まるで処女のように初々しく、なんだか後ろめたくも嬉しい気分になる。 湯船に湯を溜めながら、彼女の下着を脱がしにかかる。 ブラのホックを外し、背中から肩を撫でるようにして、邪魔な布を取り払う。 彼女が胸を気にしているうちに、パンティに手をかけ、足のラインをなぞるようにゆっくり下ろしていく。 最後に、彼女をこちらに向かせて、生まれたままの姿を、じっくりと観察する。 「あんまり見ないで・・・」 悠理はそう言うが、僕はすっかり彼女の裸体に見入っていた。 すんなりした手足。くびれたウエスト。小ぶりながらもむっちり張った乳房。子供のように淡い茂み。そして、恥らうあまり泣き出しそうに歪んだ顔。 その、処女のごとき様子に、僕の理性は呆気なく消えた。 「あっ!」 いきなり愛撫がはじまり、驚いた悠理は身をくねらせた。 「や、やだ・・・」 表面上は嫌がっているようでも、彼女は既に潤っていて、僕の指をすんなり受け入れる。 「見られただけなのに、もう、こんなに溢れさせるなんて、嫌らしい身体だ。」 耳に息を吹きかけながら囁くと、悠理は甘い喘ぎを漏らし、僕に身体を擦りつけてきた。 蛇口から噴き出す水音と、悠理の嬌声が、バスルームにこだまする。 湯船につかる前に、まずは一発決めようと、いきり立つ息子を下着の中から解放した。 悠理がうっとりとした眼で、僕の分身を見つめる。 小さなくちびるから、赤い舌が覗き、ぺろり、と舌なめずりした。 その妖しくも愛らしい姿に、背筋が熱く鋭く震えた。 「悠理・・・!」 立ったまま、彼女を壁に押しつけ、一気に貫く。 否。 貫こうと、した。 「悠理ー!!まだ嫁にいくなんて早すぎるだーー!!」 悲痛な叫びとともに、洗面台に設えられた巨大な鏡が開き、そこから万作おじさんの涙と鼻水に塗れた顔が現われた。 「ぎゃあああああっ!!」 「うわあああああっ!!」 「どひぇえええええ!!」 まさに合体しようとしていた僕たちと、それを目の当たりにしたおじさんは、三人同時に天まで届きそうな悲鳴を上げた。
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背景:壁紙工房ジグラット様