甘い生活

第四話

 

  

 

先端、それもほんの少しだけ入ってすぐに引き戻した僕の息子が、怒り狂って、限界まで反り返ったのは無理もなかった。

それを宥めすかして慰めて、何とか下着の中に仕舞いこんだが、泣きたいのは僕本人である。目の前に、僕の愛する妻の裸があるのだ。しかも、僕を受け入れる準備は万端に整っているというのに、何が哀しくて小太りのオヤジの介抱をせねばならぬのだろう?

 

万作おじさん、否、お義父さんは、眼に入れても痛くないほど可愛い娘が、立位で性交しようとする姿を目撃し、そのまま卒倒してしまったのだ。

 

まあ、気持ちは分かる。気持ちは。

十九歳ともなると、身体は完全に熟している。しかし、悠理の場合、頭の中身が年齢に伴っていないから、おじさんも、娘はいつまで経っても子供のままだと思い込んでいたのだろう。

そんな娘が、立ったまま、男と交わろうとしていたのだ。

正常位の現場を目撃してもショックだろうに、立ったまま、の状況を目の当たりにしたら、それこそ意識くらい簡単に吹っ飛ぶだろう。僕だって、妹同然の野梨子が立位でナニをしている現場に遭遇したら、ショックのあまり気絶するはずだ。

 

とんでもない想像にげんなりしながら、丸々と太ったおじさんを引き摺ってソファまで運ぶ。その予想外の重さに辟易し、最後のほうは、魚河岸のマグロよりも乱暴に扱ってしまった。いけないいけない。相手は義父という以前に、巨大な財閥を支える会長なのだ。彼に何かあれば、一族郎党が途方に暮れる。

 

一仕事終えてふうと息を吐いていると、悠理が泣きながら隣室から出てきた。僕がマグロ、否、おじさんを運んでいる間に、Tシャツとハーフパンツ姿になっていた。

そんな僕は、まだ下着一丁である。

僕はもう一度溜息を吐き、制服のズボンを穿いて、インナーウエア代わりにしていたTシャツを身につけた。

 

「父ちゃんに、あんな姿見せちゃった・・・あたい、恥ずかしくてもう生きていけないよお!」

「百合子おばさんにも、見られたでしょうが。」

「あのときは服着てたもん。それに、座ってたし。」

一理どころか九理くらいある。

「いくら後悔しようが、時間は元に戻せませんよ。それに、僕たち夫婦の部屋に、秘密の通路を使って侵入するほうが悪いんですから、何を見せられようと、自業自得です。」

「ナニを見せるって、いくらなんでもアレを見せるのは犯罪だろう!?」

「いいですか?僕たちは夫婦で、夫婦の部屋にいた。公衆の面前でヤッたならともかく、夫婦のプライヴェートな空間で、セックスを楽しむのは当然でしょうが!」

「そりゃそうだけど、晩飯前からずっこんばっこんヤルのはどうかと思うぞ!?」

「食事前にセックスして腹を減らすのは最高だと、前に言っていたのは嘘ですか?」

「確かに言ったかもしんないけど、今日は朝方まで何度もヤッたじゃん!お前のタンク、もう、空っぽだろうが!空砲なんて打ち込まれても、嬉しくないぞ!」

 

そのとき、ソファの上のトドが、さめざめと泣きはじめた。

 

「オラの娘が、ずっこんばっこん・・・オラの娘が、空っぽのタンクだの、空砲だの言うなんて、悪い夢に違いねえだ・・・」

 

僕と悠理は、同時にぎくりと肩を竦めた。

恐る恐る振り返ると、トド、ではなく、万作おじさんが、寝転がったまま背中を丸めて嗚咽していた。

後悔先に立たず。僕たちは、おじさんに止めを刺してしまったのだ。

 

悠理は顔を合わせるのも辛いのか、何も言わずに隣室へ逃げ込んだ。

ただでさえ気まずいのに、僕とおじさんの二人きりにされるなんて、拷問ではないか。

おじさんはこちらに背を向けたまま、しくしくと泣いている。

重苦しい空気が、室内を圧迫する中、僕は意を決して、おじさんに話しかけた。

「あの、おじさん・・・」

「お前にお父さん呼ばわりされたくないだがや!!」

いや、していないって。

しかし、否定する間もなく、おじさんがくるりと振り返り、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった、非常に見苦しい顔で、僕を睨みつけた。

「おめえ、いつから悠理と「ずっこんばっこん」な仲になった?」

「は?」

一瞬、何のことか分からなかった。

「だから!いつから悠理と、あんな・・・あんな・・・」

感極まったのか、おじさんは言葉を詰まらせ、ソファに突っ伏して、ふたたび泣きはじめた。

 

泣きたいのは、僕のほうだ。

百合子夫人に邪魔をされ、五代に邪魔をされ、挙句は先端を悠理に擦りつけたところで万作おじさんから邪魔をされ、立て続けにお預けを食らった僕の息子は、ストライキを起こしかけている。

連続して邪魔をされたショックでEDになったら、誰に責任を取ってもらえばいいのだろう?この若さで、バ@アグラのお世話にはなりたくない。

 

しかし、今は僕の息子の心配よりも、義父の心のケアが優先だ。

「悠理さんとのお付き合いは、半年前からです。おじさんから見れば、遊びのようでしょうが、僕たちは真剣な気持ちで交際しています。おじさん、絶対に悠理さんを幸せにすると誓いますから―― 」

「当たり前だがや!!」

おじさんが泣きながら振り返った。

「オラの大事な娘に、あんな破廉恥な恰好をさせておいて、幸せにしなかったら、オラは死んでも死に切れねえ!!第一、あんな恰好でヤッてる娘に、他に嫁の貰い手なんて、ねえだがや!!」

それは言えている。

 

そこで、疑問が湧いた。

「あの、おじさん。おじさんは、僕たちの結婚に反対だったんですよね?」

「どこの世に、娘とこそこそ隠れて卑猥なことをしている男に、喜んで娘をやる父親がいるだ?」

ちくちく厭味を言われ、耳が痛いが、今は本題が大事である。

「でも、百合子おばさんが持ってきた婚姻届には、おじさんのサインもありましたよ?」

僕がそう言うと、おじさんはソファの肘掛に横向きで凭れ、しくしくと泣きはじめた。

悩ましげなポーズではあるが、トド体型の中年男性がやっても気持ち悪いだけである。

「サインしないと、母ちゃんに離婚すると脅されたがや・・・」

離婚を迫られ、結婚を許す。何と哀れな身の上であろうか。

「おじさんも、大変ですねえ。」

心の底から同情すると、おじさんは涙に濡れた顔を上げ、そうだがや、と呟いた。

 

それから僕は、しばらく夫婦の悩み相談を受ける羽目に陥った。

 

しかし、そのお陰で、婿と舅のわだかまりは、綺麗サッパリ消えたのだった。

 

 

おじさんが去った後、悠理はようやく隣室から顔を出した。

「何とか上手く収まったみたいだな。」

僕にすべて押しつけて逃げたのだから、もう少し恐縮して欲しいものだが、悠理の辞書には15画以上の漢字は存在しない。

悠理がうんと背伸びをして、しなやかな肢体で見事な弧を描いた。

背中から腕へのラインが、絶妙な色香を漂わせる。

 

僕は、彼女を後ろからそっと抱きしめ、項に顔を埋めた。

「やん、くすぐったい。」

もがいて逃れようとする彼女の腰に手を回し、しっかりと固定する。

「おじさんのお陰で、酷く疲れました。頑張った僕に、ご褒美はないんですか?」

「スケベにあげるご褒美はない!」

僕が手を緩めた隙に、悠理はするりと抜け出した。

 

「あたい、風呂に入ってくる。あそこがぐちゃぐちゃで、気持ち悪いんだ。」

僕の前だと、悠理は何でもずけずけと言う。そのお陰で、僕はいつも悩ましい気持ちにさせられるのだ。

「なら、僕も一緒に入ります。」

はじめての入浴を邪魔されたばかりである。僕は嬉々としてシャツを脱ぎはじめた。

 

「やだ。」

「は?」

 

「お前と一緒に入ったら、どうせエッチするだけだろ?あたいは風呂に入りたいんだ。だから、駄目。」

「そ、そんな殺生な・・・じゃあ、せめて先ほどの続きだけでも・・・」

「やだ。風呂とメシが先。」

「すぐ終わりますから、ね?ちょっとだけ・・・」

「ちょっとって言いながら、延々とヤルつもりだろ?お前の行動パターンは分かってるもん。駄目ったら駄目なの。じゃ、ね。」

「悠理〜!!」

 

悠理は僕を残して、バスルームへと消えた。

可愛いヒップを、フリフリさせながら。

 

ひとりきりになった僕は、ズボンの中を覗いて、深々と溜息を吐いた。

 

息子がストライキを起こす前に、何としてでも悠理をベッドに押し倒さなければ。

そうだ。

 

この次、豊作さんから邪魔をされぬうちに、何としてでも。

 

 

 

 

 

 

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